58 王都一の道場
石造りの頑健な作りの円形道場に、門下生がずらりと並んでいる。
元グレアス一刀流の門下生をはじめ、ウルザ魔法学院の生徒たち。
っていうか、グレアス一刀流の門下生、マリクたちが指導してたやつらもほとんど来てないか? 500人くらいか?
ウルザ魔法学院に至っては、あそこ定員が100名くらいだったはずだが……半分くらい来てるんじゃないか? 魔法使いの卵なのに?
ユイカとカンナがオレの視線に気づいて手をぶんぶんと振ってきた。
……手を振り返すと威厳がなくなるから無視するぞ。
ん? あの格好、トロサールだな。
冒険者ギルドの奴らもかなり来てるな、50人くらいか。
え……あれ、昼餐会で見たことある顔が、甲冑を着てやがる……騎士団の奴らじゃないか。
は? あの帽子とローブは王宮魔術師団だよな?
それに、鉄血十字団の連中もいるな。
命を助けるためだとはいえ、あいつらには国を裏切らせたんだ。
しばらく面倒は見てやるつもりだ。
おいおい、刺繍たっぷりのガーファの民族衣装来てるヤツすらいるんだが……
他国の奴らも来てるんだけど……
それに……フードを被ってるけど、尻尾が見えるからあいつら獣人だろ?
ざっと1000人を超える門下生が、新道場にひしめいていた。
「……多すぎないか?」
独り言をイリヤに聞かれていた。
「迷宮踏破だって十分偉業。
それなのに、龍退治した猛者なんて国に一人いるかいないかだから。
先生の剣を一目でいいから見たいって人、いっぱいいると思う」
イリヤは満足そうに頷いていた。
「……じゃあ、そろそろかな」
抜刀しようとしたオレを見て、エメラルドが皆に呼び掛けた。
「皆さん、整列!」
「「はい!」」
1000人を超える門下生が、一糸乱れぬ整列を見せてくれた。
だから、外国の奴らとか獣人とかもいるのにいつの間に整列を仕込んだんだよ……
「アスラン先生から……お話をいただきます。
集中して聞き、先生のお言葉を自分の明日の糧となさい。
よろしいですね?」
「「はい!」」
門下生は一斉にうなずいた。
ははは、皆の瞳のきらめきが尋常じゃないな。
……そりゃ、そうだよな。
オレだって龍を倒したヤツの話なんて、聞きたくてたまらないからな。
「……先日、火龍を倒した」
うちの門下生は行儀がいいから騒ぎ出したりしない。
ただ、喉をゴクリとならし、唾を飲み込む音が聞こえた。
「オレが火龍の元へたどり着くまでに、いろんなことがあった。
溶岩の海に飲み込まれそうになっていた冒険者を助けた。
エメラルドには特製の氷剣を作ってもらったおかげで、溶岩の上に氷の退路をつくることができた。
レイラとイリヤには、助けた冒険者たちをふもとまで連れ帰ってもらった。
彼らの働きがなければ、冒険者を救えなかったし、火龍と戦うことなんてできなかった。
あらためて、礼を言う」
傍らのエメラルド、イリヤに頭を下げた。
「「先生……」」
二人は瞳をうるませていた。
「……では、皆が気になってる火龍との戦いの話をしようか」
「「はい!」」
列は乱していないが、どことなく皆が身を乗り出しているように感じた。
「オレの足元で炸裂したエメラルドの【氷柱】によって、空高く跳んだオレは、火龍の高さを超え、【初太刀】の型から全力の一撃を、火龍の首に食らわせた」
皆は息を呑み、オレの話に耳を傾けていた。
「オレが学んだグレアス一刀流は、一撃必殺を掲げる剣だ。
もちろん、火龍にも……」
皆はぐいっと話に引き込まれているようだ。
「だが、振り下ろした剣は火龍の肉を断ち、竜骨にぶち当たった。
火龍の身体は近づくだけで火傷しそうな高熱を持っていたが、オレは剣を離しはしなかった。
なぜかと言えば、この時、火龍は完全に正気を失っていて、オレがここで仕留め損ねた場合、ユトケティア中に被害を及ぼす可能性があった。
だから、剣が龍骨にぶつかってからは、剣術も何もあったもんじゃない。
ただただ、剣から手を離さず、全力を込めて、竜骨を剣で引きちぎった。
……一撃ではあったが、一撃必殺なんて、かっこいいもんじゃなかった」
ゆっくりと思い出すように語った。
「人の助けを借りて、全力で剣を振るった結果、ようやく火龍が倒せた」
オレは皆の眼を見てそう言った。
「それでも、やっぱり思うよ。
剣を振るい続けて良かったと……振り続けた一撃のお陰で、火龍の首を落とせたんだから」
オレは抜刀した。
「火龍に挑む時も、やっぱりオレはこのように【初太刀の型】で挑んだ。
基本中の基本だ。
火龍と相対した時だって、剣士のすることは同じなんだ。
全力で振りかぶり、全力で振り下ろす。
相手がいくら強くても、いつもと同じことをするだけだ。
これからも無駄な力が入らぬよう、まっすぐ振り下ろせるよう、一撃一撃を大事に、剣を振るっていこうと思う。
できれば、皆も一撃一撃を大事に修練を続けて欲しい。
以上だ」
「「はい!」」
オレは顔を崩して笑った。
「かっこいいことを言ったが、実は火傷で剣を握るのすらシンドイ状況だ。
それでも勘が鈍るのが嫌で、剣を振るう。
オレの剣で良ければ、見ていってくれ」
ふう、と軽く息を吐き上段に構える。
全力で振りかぶり、全力で振り下ろす。
それが、グレアス一刀流の素振りなんだから仕方ない。
反動が来て、火傷がうずき全身に痛みが走る。
……それでも、剣を握る手は離さない。
5本ほど【初太刀の型】を振り、納刀の後、礼をして立ち去る。
「「ありがとうございました!」」
オレが道場から出ていくまで、門下生たちは顔をあげない。
はは、いつの間にこんなにお行儀よく仕込めるんだよ。
大したもんだよ、二人とも。
オレが道場から出ていくところ、フードを被った男と目が合った。
オレを見るときの怒りに満ちたそのまなざし……忘れるわけないだろ。
剣聖マリク。
あいつが、修練のためにオレの剣を見ていたとは思いづらいが……
「「先生」」
イリヤとエメラルドがオレの元に来た。
「指導はいいのか?」
「今は休憩にしてる」
イリヤが答えた。
「とはいえ、みんな先生の素振りを思い出しながら、自分の振りの動きをチェックして、結局練習してるんですけどね」
エメラルドは、くすりと笑った。
「練習熱心な門下生を持って幸せだな」
「ええ……本当に」
「……こんなに門下生がいるんだよ?
門下生の数も質も、アスラン一刀流がいまや王都ディオラで一番だよ。
ボク、何だか幸せ。
みんなが先生の剣を見て、一生懸命練習してる。
先生が剣聖になれば、ユトケティア中のみんなが先生の剣を見に来るよ」
うっとりしたようにイリヤは想像にふけっていた。
「その日が待ち遠しいですね」
休憩にも関わらず練習にふける門下生たちを見て、オレたちはちょっと感傷に浸っていた。
「ね、先生。
さっき、難しい顔してたけどどうしたの?」
オレのちょっとした表情の変化でも、イリヤには気づかれてしまう。
「ああ。
さっき、マリクがいた」
「え……何しに来たの?」
イリヤは舌を出し、露骨に嫌そうな顔をした。
「……嫌な予感しかしませんね」
エメラルドは腕を組んでいた。
「あ、あそこ見てください」
エメラルドの指先に視線を走らせると、そこにはフードを被った神経質そうな男。
「鉄血十字団のノイスではありませんか?」
「あ、ホントだ。
あいつ嫌な奴だけど、体力あるな。
ひどい火傷を負ってたはずだけどな」
エメラルドは耳打ちしてきた。
「それに隣……道場に似つかわしくない格好の人を見てください」
「確かに……正装かと思うほど華美な格好だな」
「あれでも、平服なのです。
アルス王子に限ってはのことですけど」
どうやら、オレとエメラルドの視線を感じたのか、アルス王子と目が合った。
顔立ちの整った華奢な印象のアルス王子だが、幾分こちらを見る視線に冷たいものが含まれていたような気がする。
すぐにお辞儀をしなければ失礼にあたるので、頭を下げた。
だが、オレ達に気づかなかったように背を向けて帰っていった。
「私を見つけては言い寄ってきていましたのに……無視ですか。
アルス王子はノイス達鉄血十字団を要するクライフ神聖王国と関係が深いと聞きます。
もしかすると、厄介な人を敵に回してしまったのかもしれませんね」
エメラルドは再び腕を組んで考え込んでいた。