56 龍の娘と半吸血鬼
「可愛い……」
「可愛いですね」
イリヤとエメラルドは恐る恐るアコに近づき、頭を撫でた。
「えっとね、いい子は褒められるってママが言ってた。
頭をなでてくれてありがとう」
素直なアコはまた頭を下げた。
「えへへ」
アコは撫でられて嬉しそうだ。
「アコ。
お前のママが、トゥヘイル砂漠に人と龍がともに住まう隠れ里があると言っていた。
準備ができたら、そこへ向かうが……それでいいか?」
そう尋ねると、アコは一瞬曇った顔をした。
「……うん。
だって、それしかないもんね。
王都では暮らせないってママが言ってた」
レイラが眉を動かした。
「ははは、アコ。
アンタ、可愛らしいお嬢ちゃんだけど、ちょっと察しが良すぎるようだね……」
レイラは苦笑している。
「そうか……そういうことか」
角の生えたアコは一目で異種族だと分かる。
しかも、龍族独特の立派な角は、詳しいものが見れば一目瞭然だ。
獣人が王都に住むのを許されているのは、獣人があばれたとしても人の力でなんとか制御できるからだ。
自分よりはるかに強いものが城門内に存在することを、きっと人間たちは認めないだろう。
それは、吸血鬼であるカーミラも同じことだった。
「なるべく早く隠れ里を見つけるしかないな」
「でも、トゥヘイル砂漠へは何もしなくても往復で半月はかかりますよ。
先生は一週間後、御前試合があるから動けないのではありませんか?」
「「あ」」
エメラルドの指摘にオレたちは頭を抱えた。
オレはアスラン一刀流の代表として、王宮で行われる御前試合に出場することになっている。
そして、その試合で優勝したものが、慣例として剣聖に選ばれている。
さすがに御前試合に出ないわけにはいかないな。
「アスランさん、ギルドで預かるのはこれ以上難しいよ」
レイラは申し訳なさそうにそう告げた。
「……一つだけ、預かってくれるかもしれないところがある。
オレの見立てだと大丈夫なはずだ」
「どこなんだい、そこは?」
皆がオレに注目していた。
「王都から東、ラングニーク高原とトルトナム湖との境あたり、だな」
皆は首を傾げていた。
「そんなとこモンスターしかいないと思うけど……」
イリヤはギルドに置いてある地図を眺めながら、そうつぶやいた。
★☆
「おい、カーミラいるか?」
ラングニーク高原とトルトナム湖との境あたりにある、土と湿気の匂いが満ちた洞窟を進む。
住むなら暗くてジメジメした洞窟じゃなきゃって種族がいる。
吸血鬼、いや半吸血鬼のカーミラがこの洞窟の主だ。
オレとアコ、イリヤとエメラルドの4名で洞窟を進む。
ややあって、洞窟の奥から声が聞こえてきた。
「フン、アスランか」
声の輪郭がぼけているが、こちらまでしっかり声が届く。
洞窟を声が反響しているのだろう。
「大声を出さずとも聞こえておるわ。
洞窟で立ち話するわけにもいくまい?
まっすぐ進めば、わらわの部屋がみえる。
ひとまずそこまで進んでくるがよい」
声のトーンからして怒ってはいないようだ。
「ね、先生。
ハーフヴァンパイアがいるってホント?」
イリヤが興味津々と言った様子で聞いて来た。
「ああ……そんなに悪い奴じゃない」
「……とは言ってもね。
私、一応、魔法防御を高めておくよ」
イリヤは双剣で器用に宙に魔法陣を描き、両腕から青い魔法力を全身にまとわりつかせていた。
――進むにつれ、ジメジメとした匂いから華やかな匂いに変わっていく。
きっと、カーミラが気を使ってくれたのだろう。
もう少しで開けた場所に来るというとき、パッと壁にあるランタンが光った。
「え……嘘。
かなり高度な技術だよ、これ」
イリヤは食い入るようにランタンを見ていた。
「自動発光の魔導具? 光らせるまではわかるけど、どうやって感知して光るんだろう?」
「おい、置いてくぞ」
イリヤを置いて先へ進む。
「あ、うん。
すぐ行く」
イリヤも後から走って追いかけてきた。
開けた場所――つまり、カーミラの部屋につくと一斉にランプが光った。
「「……綺麗……」」
前に来た時も調度品などは落ち着いた色で統一されていて、洗練された美しさを保っていたが……布や、壁掛けに刺繍が入ったものが新たに使われており、ところどころ生花も活けられていて、明らかに来客者を意識しているようだ。
「そうかそうか、綺麗か」
奥から浮遊しながら現れたカーミラは、嬉しそうに黒翼をはためかせた。
見ればポットを持っていて、テーブルに並んだカップにお茶を入れてくれていた。
「足音から判断したが、ピッタリ4人か。
ふふ、ちゃんとお茶は人数分用意してあるからの」
「……いい匂いだな」
「わかるか?」
ぐいっと顔を近づけてきた。
「これはな、ユトケティア産の茶葉を使っておるが、製法はガーファに近くての。
発酵期間を長くして、加熱は逆に一気にやって、フレッシュさを高めてあるのじゃ。
ほれ、みんな飲んでみろ。
話はそのあとじゃ!」
オレたちのために、気合を入れて用意してくれたお茶だ。
ありがたく頂くとしよう。
「みんな、テーブルについてくれ。
お茶をいただこうか」
「「はい」」
オレの合図でテーブルにつき、茶を飲む。
「……美味しい」
イリヤがよくガーファ産の茶葉で淹れてくれるが、それにも負けないほどの果実のような華やかな香り。
「そうか、美味しいか」
カーミラはオレの言葉を聞き、嬉しそうにくるくると浮遊していた。
「へえ……南国果実のような華やかな香りはガーファの方が強いけど。
生茶葉由来のみずみずしさがあって……これはこれで美味しい」
「おお、茶がわかるものがおるな」
ニコニコ笑ってカーミラはイリヤに近づいていった。
「どこのお茶なの?」
イリヤが尋ねた。
「これはな、ここラングニーク草原の一角でわらわが育てた茶葉なのだ。
よく月光があたる場所があっての、そこのお茶が、いい香りがでるのじゃ」
イリヤとカーミラはお茶について話していた。。
二人ともお茶に興味があるから話が合うのかもしれないな。
「おっと、お茶について話し込んでもわらわは構わないが……
アスラン、そなたはわらわに話があるのであろ?」
カーミラはふわふわと浮遊してオレの正面の椅子に座った。
さて、どう話を切り出したものかな。
悪い話ではないと思うが……
「カーミラ、この子をしばらく預かってくれないか?」
「……驚いた。
大人しい子だなとは思っておったが、その頭の角……龍ではないか」
アコは立ち上がって挨拶をした。
「私の名前はアコ。
火龍ヘスティアの娘なんだよ。
よろしくね、お姉ちゃん」
アコはぺこりと頭を下げた。
「……お、お姉ちゃん……わらわは、そんなこと言われたの初めてじゃから……」
カーミラは一瞬水蒸気になったかと思えば、すぐ人型に戻り頬を赤くしていた。
「わらわはカーミラ。
絶大な魔力を持つ半吸血鬼じゃ」
「よろしくね、カーミラお姉ちゃん」
「ああ……ア、アコ。
……よ、よろしく」
小さいアコよりもなぜかカーミラの方が人見知りをしているようだ。
カーミラは平常心を保つために咳ばらいをした。
「さて、アスランよ。
人であるそなたがなぜ、わらわに龍の娘、アコを託そうとするのじゃ?
いきさつを話してもらおうか」
カーミラは真剣そのものといった表情でオレを見つめていた。
ごまかしは許されないだろう。
アコの前で火龍を斬ったことは話しづらいが……今日のカーミラの様子を見るに、オレたちの来訪を少なくとも歓迎してくれている。
誠実に、今まであったことを伝えるほかないだろう。




