55 英雄の帰還
エメラルドに全身の火傷を冷やしてもらい、痛みが引いてきたので帰り支度を始める。
先ほど討伐した火龍に近づき、その巨体を見上げた。
「……言葉を交わした火龍に、傷をつけたくはないが……」
討伐証明として、火龍の身体にある魔石や、爪や牙、鱗などを持ち帰るのは、いわば冒険者としての生業だ。
ギルドから討伐報酬が出るうえ、高く売ることが出来る。
そもそも火龍の素材など、そうそう出回るものではないから、かなり高価なはずだが……
傷をつけたくないというのは、ただのオレの感傷だ。
火龍の娘を思う気持ちに、胸を締め付けられた。
討伐した身としては、遺言は必ず守りたい。
「先生が取らなくても……きっと他の冒険者が剝ぎ取りますよ。
でも……私は情にもろい先生のこと、嫌いではありません。
良ければ、私がすべて処理いたしますが」
エメラルドの申し出はありがたいが……
「いや。
冒険者として生きるため、ここはオレが割り切るべきだな」
ゆっくりと頷いた。
「討伐者が素材を持ち帰る。
それが冒険者の生業だ。
火龍よ、ありがたくその身体使わせてもらうぞ」
物言わぬ火龍に一礼をして、胸部にある大きな魔石を身体から剥がし、爪や鱗や牙を剥いで持てるだけ袋に詰めた。
「先生、やったね」
イリヤが興奮冷めやらぬといった様子でオレの方へ走り寄って来て手を握った。
「迷宮踏破したんでしょ? 瘴気が晴れたから」
「ま、この通りだ」
手に持っていた魔石をイリヤに見せた。
「うわあ、綺麗……」
人の頭ほどもある大きな魔石は、時折淡い魔力を発し明滅していた。
「どんなモンスターを倒したの?」
オレは火龍を指さした。
「……え? えっと……龍倒したの?」
イリヤはあまりの驚きに眼を見開いていた。
「火龍だ、まあ強かったぞ」
「……こんなに早く功績をあげるなんて……」
イリヤはぶつぶつとつぶやいていた。
「これじゃ、爵位を授与されるのも時間の問題……嬉しい悲鳴。
計画の修正が必要かも」
「イリヤ、何か言ったか?」
「……何も言ってない」
イリヤはすました顔をしていた。
「……待ってくださいよ、イリヤ姉さん」
だいぶ遅れてトロサールが走り寄って来た。
トロサールの仲間たちもさらに遅れてきたが何だか増えていた。
「火龍だとは思わなかったけど、荷物もち連れて来ておいて良かった」
イリヤがくすりと笑った。
「いや、仲間のこと助けてくれたから荷物くらい持つっすけど、ちょっと休憩させてくださいよ」
トロサールは愚痴を吐いていた。
「ダメ。
火龍の素材、まだまだあるから削り取ってたくさん持って帰るからね」
「火龍?
うわー、ホントだー!」
――イリヤに支援術で強化されたトロサールの活躍もあって、オレたちはどっさり火龍の素材を持ち帰ることに成功した。
★☆
オレが扉を開けると、割れんばかりの拍手。
「英雄の帰還です!」
ジーナがギルド内に響き渡るような声で伝えてくれた。
冒険者があっという間に集まりオレたちを讃えてくれていた。
オレに続いてイリヤ、エメラルドもギルドに来た。
「やあ、アスランさん。
……まさか、火龍を倒してしまうなんてね」
レイラが拍手の音を聞き、奥から現れた。
オレはレイラの肩に手を回し、耳元で話しかけた。
内緒話がしたかったからな。
「おい、レイラ」
「おや、内緒話かい?
今日アスランさんがうちに来るなら、寝室のカギは開けておくけど」
こら、わざとらしく色っぽい表情を作るなよ。
流し目なんてしやがって。
「バカ言うな。
あの子はどこだ?」
「はは。
奥で見張りをつけて寝かせているよ。
迷宮帰りで手続きが多いだろう?
それが終わったら、声掛けてよ。
案内するからさ」
受付へ行き、火龍の素材をずらりと置いた。
「これが、火龍の魔石ですか……」
「まだまだあるよ」
イリヤの指示でトロサールたちがどっさりと魔物素材を持ってきて袋から取り出した。
「これ、全部でいくらになるんだろうな?」
なんとなしに聞いた質問だが、ジーナは青ざめていた。
「ほとんど、値付けしたことない素材です……正直、一週間寝ずに作業しないと終わりません」
ジーナは半べそをかいていた。
「ジーナ、気合入れてやりな。
冒険者には即日、現金をお渡しする。
それが、ギルドの基本だろ?
アスランさんが顔なじみだからって、甘えるんじゃないよ!」
「は、はい!」
ジーナはレイラに気合を入れられていた。
「アスランさん、ギルド総出で値付けをするからね。
おい、暇な奴ら……レイラの手伝いをしな。
臨時の給金あげるからさ!」
「「うおおおお!」」
金に目がくらんだ奴らが、ジーナの元へやって来て作業を手伝っていた。
「……後は、うまくジーナがやるだろ。
目利きに関しては、あの子が一番だからね」
そう言うと、レイラはオレたちをギルドの奥まで案内した。
――ギルドの奥にある会議室へ案内された。
ドアの前には屈強そうな戦士が二人ほど見張りとして立っていた。
物々しい警備だが、仮にも龍だ。
暴れ出した時に備えてこれくらいは必要なんだろうな。
レイラはドアをゆっくりと開け、オレたちに入室を促した。
部屋に入ると、会議室に置かれた簡素なベッドの上で、その少女は身体を起こしていた。
「何だ、アコ。
起きてたのか」
レイラは馴れ馴れしく龍の少女、アコに話しかけた。
「ママを倒したこと、あれだけギルドで大騒ぎしてたら私にも聞こえるよ」
「……うるさくしてすまなかった」
オレはアコに頭を下げた。
「剣士さんがママを倒したのよね?」
曇りのない真っ赤な瞳で見つめてきた。
……嘘を言うわけにもいかないな。
「ありがと」
「え?」
礼を言われるとは思ってなくて面食らった。
「ママは最近正気を保つのが辛そうだった。
そうすると、暴れて周りを壊しちゃうからね。
……邪魔が入らなかったら、一日だけママと過ごしたかったけど」
アコは残念そうにつぶやいた。
「正気を失った龍、狂龍はひどい時には一か月ほど暴れまわる。
それで、国を一つ滅ぼしちゃったりするんだって。
ママが教えてくれた」
「そうなのか」
アコはうなずき、ベッドから立ち上がった。
「迷惑はかけたくないって言ってた。
だから……ありがとう」
アコはオレの眼をしっかりと眼を見てお礼を言い、頭を下げた。
火龍に育てられた子は、こんなにいい子だった。
必ず、隠れ里を見つけ出すからな。
ひっそりとオレは心に誓った。