53 火龍との戦い(1)
火龍の咆哮とともに、頭の中へ声が注ぎ込まれてくる。
「な、何だ?」
頭の中で響く声に激しいとまどいを覚えた。
≪我は火龍。もうじき、寿命が尽きる≫
「先生、どうしました?」
急に頭を抑えたオレの顔を、エメラルドが心配そうにのぞく。
……その顔を見ると、お前にはこの声は届いてないのか。
「火龍が魔法で頭の中に直接話しかけてきてる」
「え?」
≪……我らは、人に怖い思いをさせぬよう、魔族領域の山奥で暮らしてきた。
だが、いざ我の生命が尽きるとなったとき、我の生まれた場所を娘に見せたくなった。
だから、ここに来た。
……剣士よ。
ここより東、トゥヘイル砂漠には人と龍の住まう隠れ里があると聞いた。
娘を、そこへ連れて行ってはくれまいか。
我の他に、友達も親族もこの子にはおらぬのだ≫
言葉とともに、火龍の悲痛な思いまで頭に流れ込んでくるようだ。
ぐらりと体がふらついた。
「先生、大丈夫ですか?」
エメラルドがふらつくオレを支えてくれた。
オレ一人ならまだしも、龍の娘を抱えているからな。
「ありがとう」
「ふふ、先生を支えてあげるなんて初めてかもしれませんね」
エメラルドは笑っていた。
オレとて、弟子を持つ身だ。
火龍の悲痛な痛みの少しくらいは、わかってやれるつもりだ。
「……約束する。
絶対に寂しい思いはさせない」
火龍の表情なんて読めなかったが、今口を開けた火龍は笑っているように見えた。
≪この子は怖がりでな、すぐにブレスを吐こうとする。
でも、そのままでは人と混じって生活はできまい。
もう少し大きくなるまで、龍の力を奪うぞ≫
火龍が叫ぶと、抱えている少女の額に紋章が現れた。
どうやら、龍の魔力を封印する紋章らしい。
≪剣士よ、もう一つお願いがあるのだが≫
「何だ?」
≪我を殺してくれ。
もはや正気を保ちきれぬ。
先ほどその男がアコを矢で狙っていた時、我を忘れそうだったからな≫
「……後悔はないか?」
≪もう少しアコと一緒の時を過ごしたかった。
フフ、贅沢と言うものだな。
この思いだけは、いつまでも消えはせぬよ≫
「アコというのは、この子の名か」
≪ああ≫
「いい名前だな」
≪私もそう思う≫
「……レイラ、話がついた」
今から、オレがこの火龍を斬る」
「え? ……火龍がそう言ったの?」
「ああ」
辺りは一気にざわめいた。
「この子を頼む。
母親の返り血など、浴びさせるわけには行かないからな」
「わかったよ」
レイラはアコと呼ばれた少女を抱え、少し後ろに下がった。
「エメラルド、オレがやり損なったら後詰めを頼むぞ」
「私は先生ならやれると信じています。
でも、先生の指示には従いますから、魔法陣を描いて準備はしておきます。
幸運をお祈りしていますね」
エメラルドも少し下がり、地面に大きく魔法陣を描きだした。
信じている、か。
愛弟子の信頼には、答えたいところだな。
ふう……抜刀し、剣を上段に構える。
火龍はオレが斬りやすいようにだらんとクビを下におろしていた。
「行くぞ」
オレは大きく息を吸い込んだ。
「はははは!
お前が親を殺すなら……オレは娘をもらうぞ。
成果をあげねば、国に帰れぬのでな」
「何するんだ!」
ノイスは少女を抱えていたレイラを弾き飛ばし、鉄血十字団団員たちに命令した。
「龍の娘にボウガンを放て! 一斉射撃!」
団員たちは、少女に向かって一斉に機械弓で矢を放った。
「やめなさい!」
エメラルドは氷魔法を詠唱し、氷嵐で矢を巻き取ろうとしているが間に合わないだろう。
オレは全速力で走り込み、少女の前に立つと地面に剣を叩きつけた。
【岩砕の型、地砕き】
地面から石つぶてが無数に飛び出し、少女めがけた矢への盾となった。
「お前は何もわかってないな、ノイス」
「な、何だよ……」
オレは少女を抱え上げると、ノイスを思いっきりぶん殴った。
「ぐはあっ……」
大岩に叩きつけられ、ノイスは痛みに顔をしかめた。
「鉄血十字団の団長なら、団員の命をまず一番に考えてやれ。
オレが何のために、火龍と話していたと思うんだ。
誰も死なせないためだろうが!」
火龍の咆哮が、地面を揺るがした。
火龍は眼の色を変え、地面に垂らしていた首を持ち上げ、飛翔した。
大きな翼をはためかすだけで、地面にいる人間たちは飛びそうになっていた。
「ノイス。
火龍に残った最後の正気を、お前がぶち壊したんだ」
「く、くそ……」
ノイスはオレから目を逸らした。
火龍は飛翔し、口から火のブレスを吐いた。
「「ぎゃあああああ!」」
鉄血十字団の団員が一部、ブレスに巻き込まれたようだ。
髪が燃え、装備は溶けて痛みに顔をしかめている。
「おい、火龍! オレの声が聞こえるか!
こちらが悪いのは重々承知してる、正気に戻ってくれ!」
火龍の正面に立ち、呼びかけてみたが――返事の代わりに全力のブレスをもらった。
「くそ、やっぱり無理か!
ハアアアア!」
氷剣で十字に斬り、ブレスを相殺、なんとかその場を斬り抜けた。
火龍はどうやら完全に正気を失ってしまっているな。
「……ちくしょう……」
ノイスはオレに殴られた頬を抑えながら、あたりの団員に向けて叫んだ。
「行け、今だ。
この日のために用意した氷の矢を、ボウガンに込めろ、一斉射撃!」
鉄血十字団は氷の矢を火龍に一斉に放つ。
……刺さってはいるが、焼け石に水とはこのことだろうか。
氷の矢に込められた魔力があまり高くないのだろう。
たいしたダメージは与えられないようだ。
「あ、ああ……くそ、エメラルドが仲間になっていれば氷の矢の威力をあげられたのに……」
射撃が効かないショックでノイスは膝から崩れ落ちた。
ノイス、お前はこの期に及んでまで、人のせいにするのかよ。
火龍は射撃してきた鉄血十字団員に、お返しとばかりに火のブレスを吐いた。
【氷壁】
ブレスに対して、防御魔法を用意していたエメラルドが叫んだ。
「早く逃げて!」
「「うわあああああ!」」
鉄血十字団員は叫び、逃げ出そうとした。
「逃げるな! お前ら! 子どもに食事を与えたいんじゃなかったか!
まずは鉄血十字団のオレ達幹部が先に逃げる。
その為に、お前らはここに残って、撤退支援で一斉射撃だ。
火龍は氷の矢に対し、怒ってブレスを吐いた。
ということは、氷の矢は効いている、効いているんだ!
お前ら、一斉射撃だ!
今、逃げたらクライフ神聖王国でお前たちの職は無いと思え!
お前ら、妻子を路頭に迷わせたいか!」
「うう・・・・・・」
ノイスの言葉に足を止めた団員たちは、涙を流しながら機械弓で矢を放った。
「グオオオ」
彼らの決死の一撃は火龍に少なくとも多少のダメージは与えたようだ。
「おい、お前ら逃げるぞ」
「わかりました!」
鉄血十字団のノイスと身なりのいい奴らが我先に逃げようとしていた。
オレはエメラルドに目で合図をした。
【氷壁】
ノイス達を氷壁が取り囲んだ。
「おい、何をする!」
自分の失策を部下になすりつけ、自分だけ生きのびようとした。
こいつは人の上に立つべき人間ではない。
……ノイス、自分で招いたことの責任はとってもらうぞ。




