51 救出
「あちこちで悲鳴が聞こえるが、足元が悪いな」
「……ええ、道を踏み外したら溶岩に飲まれてまず助からないでしょうからね」
オレ達は火山の中腹に来ていて、辺りには溶岩が点在している。
悲鳴がいる方向に急ぎたいが、足元が悪くて近づきづらいのだ。
「さっきの要領で足場を広げるか」
氷剣を横に構え、ぐっと力を込める。
「私もお付き合いします」
エメラルドはドレスの裾を光らせ、魔法剣を生成した。
「行くぞ」
「「ハアアアア!」」
二人で背中を合わせ、息を合わせて真横に剣を薙いだ。
衝撃波とともに氷嵐が現れ、辺りの溶岩を覆いつくしていく。
溶岩の池の表面を分厚い氷がおおいかくしてしまった。
……辺りに静寂が訪れた。
あまりの威力に、冒険者たちもモンスターも手を止めて一瞬こちらを見たからだろうか。
「聞こえるか、退路を用意した。
逃げるならこっちへ来てくれ!
もし、助けがいるなら呼んでくれ。
オレたちが助けに行くから!」
「「おおお!」」
こちらへ冒険者たちが向かってきていた。
「追われてる、敵を引き連れていくが許してくれ!」
「ああ、任せろ!」
若い冒険者たちが数人こちらへ向かってくるのと同時に、違う方向から助けを呼ぶ声が聞こえた。
「助けて! 足場がなくなったの!」
軽装の女剣士が一人、遠くで孤立しているのが見えた。
女剣士は上空から襲い掛かっているハーピィに何とか抵抗しているが、足場の悪い状況では対処は難しいだろう。
「先生、助けに行ってあげてください。
こちらへ向かってくる敵は私が何とかしますから」
エメラルドはそう叫ぶと、若い冒険者たちに近づき、襲い掛かる鬼たちに魔法剣の連撃を放った。
【氷刃剣乱舞】
凍らせて足場を作ると共に、モンスターたちをなぎ倒す。
あれだけの連撃をしても、エメラルドは眼を回したりしなくなった。
……はは、愛弟子の活躍を見て胸にジンときてる場合じゃない。
オレも頑張らないとな。
ハーピィに襲われてる女剣士に声をかけた。
「おい、もうすぐそっち行くから何とかしのいでくれよ!」
「わかったわ、できるだけ逃げ回っておくけど……」
とりあえず急いで走り、女剣士に近づく。
「こりゃひどいな、どうしてこんなとこにいるんだ?」
「ここ、知らない間に溶岩が増えてるの!
気づいたときには、私のいるとこが孤島になってた」
溶岩を見渡す。
瘴気が溶岩に飲み込まれ続けているのが見えた。
……何らかの魔力の作用だとすれば、瘴気がある限り溶岩が増えるってことか?
「……まずいな。
道を作る、待ってろ!」
「道を作るって、どうやるのよ!」
「見てろ……ハアアッ!」
氷剣を上段から縦振り。
みるみるうちに溶岩の上を覆いつくす氷の橋の出来上がりだ。
「凄い、あなた何者なの?」
女剣士は呆然としていた。
「ただの【石】ランクの剣士だよ」
「ウソでしょ?」
……残念だが、嘘は言ってないんだ。
「キシャア!」
「来るよ!」
女剣士に向かって飛びかかってくるハーピィに飛びかかり一撃で斬り下ろす。
「一撃?」
「そういう剣術だからな」
「あなた、強すぎるって!」
「とりあえず、早く逃げるぞ」
「う、うん」
エメラルドが見える距離まで一緒に連れて行った。
「後は行けるだろ? 地面は氷にしてある。
あの黒いドレスの魔術師が退却支援をしてくれるから」
「ありがとう!」
女剣士は礼をして走り去っていった。
さて……さっきの話だと溶岩がせり上がってきている。
衝撃音などを頼りに辺りを見回ると、孤立している冒険者たちが何人もみつかった。
オレは氷剣で退路を作りつつ、襲い来るモンスターを倒しながらエメラルドの元に送り続けた。
「溶岩に囲まれて孤立した!」
「ハーピィが!」
「オークの群れが!」
「足、くじいちゃった……」
……はいはい。
道を作って、敵を倒して、おんぶして、エメラルドのところまで連れて来て……
「「ありがとうございます!」」
「……気を付けて帰れよ」
「「はい!」」
正直クタクタだが、エメラルドが火炎鬼相手に奮闘しているのが目に入った。
……弟子の前でオレが弱音吐くわけにはいかないよな。
頬を叩き、気合を入れなおす。
弟子の前で、カッコ悪い姿は見せられないからな。
【氷柱】
火炎鬼はエメラルドの剣技に苦しめられた後、巨大な氷柱で貫かれ、絶命したようだ。
「やるな」
エメラルドはオレに気づき、笑顔で手を振ってくれた。
「先生に連れられてどんどん冒険者が送り込まれてきました」
「うまく退却させられたようだな」
「はい」
岩に腰かけて休憩していたオレ達の元に、拍手しながら近づいて来る者がいた。
「さすがだね、アスランさん」
「レイラか」
ギルドマスターのレイラが短槍を携えて拍手をしていた。
「連絡役が王都に戻るのが遅かったから様子を見に来たけど……途中、退却する冒険者がすごく多くてね。
何事かと思ったけど……アスランさんがあいつらをうまく助けてくれてたんだね」
レイラはじっと溶岩を見ていた。
「なるほど……瘴気が溶岩に干渉してるんだね」
「どういうメカニズムかわからないが、聞くところによるとどうやら溶岩がせりあがって来てるようだ。
そのせいで逃げ場を失って孤立している奴が多かった。
何とか氷魔法で道を作って逃がしたが……」
「え? じゃあ、この氷は全部アスランさんがやったの?」
レイラはあたりを見回していた。
「オレと言うよりは、エメラルドだな。
この氷剣だって、付与術師とエメラルドがつくってくれたものだしな」
オレはただ剣を振るって、おんぶして走り回っただけだ。
「いえいえ、先生のお力です。
アスラン先生の指導がなければ、私はすぐに眼を回していたでしょうから」
「ははは、キミたち面白いね。
二人して謙遜しあわなくてもいいんだよ?
でもね、本当に助かった」
レイラは急に真面目な顔をして、頭を下げた。
「……私がどれだけ入念に準備しろって言ったってさ、適当に迷宮に入って痛い目にあう奴だっている。
逆にしっかり準備している奴だって、今回みたいに予測不能な溶岩にあたふたしてしまうことだってある」
レイラは眼をこすった。
「でも、私はみんなに無事に帰ってきて欲しいんだよ。
アスランさん、ありがとうね」
普段は皮肉を言ったり、冗談めかしたレイラだけど、今日はやけに素直だな。
そんな笑顔見たことがないぞ。




