50 撤退支援
「瘴気が薄いのか、ここまでくればある程度視界が開けてるな」
中腹に差し掛かるくらいに火山を登ると、開けた場所に出た。
どうやら溶岩の池と、モンスターがオレたち冒険者を出迎えてくれるらしい。
陸にはオークに鬼、火炎鬼……空はハーピィたちやオオコウモリが飛び回っている。
「先生、見て」
イリヤが示す場所を見ると、瘴気が溶岩に吸い込まれていくのが見えた。
「溶岩の池が瘴気を吸い込む……この溶岩は何やら魔力の干渉があるのでしょうか……」
エメラルドは腕組みをして溶岩を見つめていた。
「「た、助けてくれー!!」」
突如大声が聞こえ、わめきながら冒険者が奥から走ってきた。
ゴブリンに矢を射かけられ、火炎鬼に追い回されながら、逃げてくる冒険者たち。
冒険者たちはやがて、両側を溶岩の池に挟まれた小道を眼にする。
退却路はおそらく、オレたちが登って来た道しかない。
ここまで来るには、溶岩に挟まれた小道を渡るほかなさそうだ。
「ちくしょう!」
冒険者の一人が勇気をもってその小道を走り出す。
それを待ち構えたようにハーピィが数匹全速力で迫って来た。
「「キィイイイイ‼」」
小道にいる冒険者は、少しバランスを崩すだけで溶岩にドボンだ。
それもわかってて、ハーピィは醜い笑顔で突撃してくる。
「まずい、助けるぞ!」
「「はい!」」
オレたちは冒険者たちの救助に走った。
「先生! ボクの支援術使って!」
イリヤが空中に両手で陣を描いた。
【風の歩法、襲歩】
イリヤの手に集まった緑色の光が飛び出してオレの足にまとわりついた。
「礼を言うぞ」
走力を強化されたオレは、全力で走りその冒険者を助けに行く。
「アスランさん!」
「お前、トロサールか。
とりあえず、全力で頭から突っ込んでしゃがめ!」
「は、はいぃいいい!」
ハーピィの攻撃を何とかしゃがんでかわしたトロサール。
その上を走り抜けざま、ハーピィを真っ二つにする。
【走の型、横薙ぎ】
刀身からあふれ出す吹雪が辺りを凍らせた。
「はあはあ……助かったのか?」
「ああ」
「あいつらは?」
トロサールは仲間を探しに振り返った。
「トロサール、大丈夫かよ!」
溶岩が氷で覆われたので、幾分歩きやすいようだ。
こちらへ歩いて来ていた。
だが、仲間のうち一人は足を引きずりながら歩いている。
「トロサール、お前ら退却しようとしてたのか?」
「そうっす。
仲間が怪我したから、ノイス達鉄血十字団に退却手伝ってくれって言ったんですけどね……鉄血十字団は、団以外には関わらないって言われまして……」
「そうか」
冒険者は不測の事態に当たっては、助け合うのが習わしだ。
だってそうしなければ、自分が困ったときに助けてもらえないからな。
ということは、ノイス。
お前が困ったときに助けてくれなくったって、文句言う権利なんかないんだぞ。
「……イリヤ、退却支援頼めるか?」
「もちろん」
「助かるよ」
イリヤは快く引き受けてくれた。
「トロサール、イリヤを退却支援につける」
「ありがてえ……でもこのお方偉い人なんでしょ?
大丈夫なんですか?」
イリヤは背も大きくないし、一見強そうには見えない。
「そうだな、イリヤはガーファの騎士団長を務めていたがそれじゃ不服か?」
トロサールは目を丸くした。
「……いや、不服は無いっす。
イリヤ姉さん、見かけで判断してすいませんでした!」
「怒ってないけど……姉さんって何?
ボク、キミたちより年下だと思うけどな」
イリヤは首を傾げていた。
「いやだって、アスランさんの…、大切な人なんでしょ?
アスランさんはオレの兄さんだから……イリヤさんは姉さんです」
イリヤはニヤニヤ笑いだした。
「そうだよ、先生はボクにこの髪飾りをくれたんだからね。
大切な人って言うのは間違いないよ。
ボクが頑張ってると、いつも頭を撫でてくれるんだ」
「さすがっす!」
えっと、何がどういうふうに、さすがなんだ?
「行くよ、キミたち。
ボクが力を貸してあげる」
【火の攻手、天手力】
イリヤの手から赤い光が飛び出し、トロサールたちの腕を包んだ。
「「これは……」」
「足をひねった仲間を担いであげてよ」
言われるがまま、トロサールたちは仲間を担ぎ上げた。
「「何だこれ、軽い!」」
トロサールたちは顔を見合わせて驚いていた。
「腕力強化の支援術。
さ、トロトロしてるとモンスターが来る。
急いで山を下りるよ!」
「「わかりました、姉さん!」」
イリヤはトロサールたちを連れて下山した。
さて、あらためてあたりを見回した。
「かなり退却が困難になってるみたいだな」
「ええ」
目の前には溶岩とモンスターの群れ、あちこちで剣のぶつかる音と、飛び交う矢の音が聞こえてくる。
「敵が多いが、この雰囲気は嫌いじゃない」
「ふふ、先生はそうでしょうね」
エメラルドは本当に楽しそうに笑う。
「奥へ進むが……」
「言わずもがなです……きっと先生は、困ってる人を助けるんでしょうから」
エメラルドは走り出した。
オレもすぐその横を走る。
「……伝わってくれて嬉しいけどさ。
冒険者は助け合いだ、レイラがそう言ってた。
オレはいい考えだと思うから、できるだけそうしたい」
「……ついていきますよ、先生」
エメラルドはいつものように微笑んでくれた。
襲い掛かるモンスターを斬り払いながら、前へ進む。
「それにしても魔法剣って不思議だな。
普通に振る分には魔法が出ないんだな」
「上級の付与術師は必要な時にのみ魔法が出るように作れると聞いたことがありますが……」
やはりヨハンは優秀な付与術師のようだな。
しばらく進むと、モンスターの咆哮が聞こえてきた。
「一斉射撃!」
ノイスの掛け声で火炎鬼に一斉に矢が飛ぶ。
「グルルア……」
「撃て撃て撃て!」
数十名の鉄血十字団員が、続けざまにボウガンで攻撃を続ける。
「グウアア……」
やがて膝をつき、火炎鬼は地に伏した。
なるほど、鉄十字使いの集団だから、鉄血十字団か。
ノイスはオレに気づき、ニヤリと笑った。
「ククク、エメラルド。
どうした、私の後を追って来たのか?」
「……誰がそんなことをしますか」
エメラルドは急に不機嫌になった。
「良し、半数はここで退却するための陣を敷け。
残りは私と共に続け!」
「「は!」」
ノイスは手際よく、部隊を二つに分けていた。
その際にも、剣や魔法で戦う音や、逃げ惑う冒険者の叫び声がしていた。
「ノイス、冒険者たちが苦戦してる。
退却支援をお願いできないか?」
「はははは、面白いことを言うね、アスラン」
ノイスは髪をかき上げながらいやらしく笑った。
「迷宮にはね、十分準備して臨むものだよ。
どうして、十分準備してきた私たちが、何も考えずにここまで来た愚か者たちを救わなきゃならないんだい?」
「……わかった、もしお前が困っても助けてやらないぞ」
「ぷふふふ、あははははは!
【石】ランクの3流冒険者が、よくもまあそんなに偉そうな口を叩けるものだな」
ノイスは大笑いした後、すぐに歩き出した。
「私は忙しい。
この迷宮を攻略するため、前進するからな。
雑魚は雑魚らしく、傷でもなめ合っているがいい」
颯爽とノイス達は火山を登っていった。
「本当にいけ好かない男ですね!」
エメラルドは憤慨していた。
「とりあえず、オレたちはできることをしよう。
さっきから悲鳴が聞こえているからな」
「はい!」
エメラルドは頭を振り、気持ちを切り替えたようだ。