49 迷宮探索開始
部屋で支度をすませ、階段を降りようとしていたところ、階段下にいたユイカに呼び止められた。
っていうか、ユイカ。
オレを待ち伏せしてただろ。
「先生、ブレンダン火山に行くんですか?」
ユイカがキラキラとした目でオレを見つめてきた。
「ユイカは行けないぞ、ランクが足りないからな」
「そっか……」
「コツコツ依頼頑張ってランク上げろよ」
「はーい」
オレは特別研修生制度を使っているので、ランクが足りなくてもいける。
少し良心が痛むが仕方ない。
ユイカは火炎鬼に苦戦していたため、連れて行くわけにはいかないだろう。
玄関に行くと、イリヤとエメラルドが既に準備を済ませて待ってくれていた。
――定期の往来馬車に乗り込み、トルトナム湖を目指す。
馬車でかなり奥まで進むことができるので、停留所から30分ほど歩けばブレンダン火山につく。
「凄い瘴気だな、外からでもどこからが迷宮なのか、すぐにわかるぞ」
結界の内側は紫色の瘴気が立ち込めていて、奥の様子がわからないほどだった。
「迷宮探索されますか?」
結界の周りにいる腕章をしたギルド係員から声をかけられた。
「ああ」
「カードを見せてください」
イリヤとエメラルドがカードを見せた。
「うわ、二人ともお若いのに銀ランクなんですか!
すごいですねえ……」
係員の若い男は驚嘆していた。
「えっと、剣士さんは……」
「あ、私の迷宮特別研修生なんです」
エメラルドが説明をした。
「……あ、そうですか……いい大人が見学も結構ですが、死なないでくださいよ?
死体拾うのも大変なんでね」
若い男はイヤーな目でオレを見てきた。
……はいはい、若い女の子のお陰で迷宮に来れるような低ランク冒険者ですよ、オレは。
「早く行こ、先生」
「そうですよ、行きましょう」
イリヤとエメラルドがオレの腕を引っ張ってくれた。
「……先生をイヤな目で見た、許せない」
イリヤの眼はつり上がり切っている。
「ええ。
眼に見える結果を先生にお返しするのです。
是が非でも、迷宮を攻略しましょう」
「絶対攻略する」
二人はメラメラと燃えていた。
――結界の開閉担当の係員の案内で、迷宮へ侵入した。
「さて、迷ったときに安心のヤツ」
イリヤはそう言うと、オレとイリヤに輝石を渡してきた。
「ボクが光図と地図を担当するね」
イリヤは右手に地図、左手に光図を持って見せつけてきた。
「そうか、迷ったとき用に地図とか必要だよな」
「迷宮は、突然仕切り壁が出てくる罠があったり、転送魔法陣の罠が仕組まれてたりするからね。
離れ離れになったら、ボクが迎えに行くよ」
イリヤは得意げにしていた。
「地図か……冒険者やるなら、オレも書けるようになった方がいいか?」
「うーん、地図は中衛か、後衛の仕事だって言うけど」
「そうなのか?」
「うん」
イリヤはうなずいた。
「地図を描いている間に、前衛は警戒しなきゃいけないからね。
先生魔法使わないし、パーティーだと前衛だと思うから地図書くより見張りをしてればいいと思うよ?」
「そういうもんか」
冒険者になるんだから、何でもやらなくてはと思っていた。
オレのすべきことは他にあるんだな。
「よし、じゃあオレが先頭で進んでいくぞ」
「よろしくおねがいします!」
エメラルドは元気よく返事をした。
「さっそく精霊銀の剣持ってきてくれたんですね」
エメラルドは笑顔でそう言った。
「ああ、今日はこの剣といつもの投擲用のナイフ2本しか持ってきてない」
それ以上装備すると動きづらくて仕方がないからな。
「エメラルドもイヤリングつけてきたんだな」
「いつも身に着けていたいですから」
オレの隣にいるエメラルドにイリヤがこう言った。
「私、地図描くんだから真ん中。
後ろの警戒はエメラルドだよ」
「あ、すいません」
イリヤに言われて、エメラルドは残念そうに一番後ろに下がった。
「行こう、先生」
イリヤの掛け声で迷宮を上っていく。
ゴツゴツとした岩肌の山道を登っていくが、もやのような瘴気に阻まれ、遠くまで見通せない。
「かなりの急斜面だな」
「……遠くからモンスターに見られているのがイヤな気持ちになりますね」
エメラルドは上空に眼をやった。
「有翼のモンスター……ハーピィか。
それも2匹」
「弱った相手に襲い掛かると言いますが……」
エメラルドの言葉にイリヤが頷いている。
基礎的なモンスターの情報は魔法学園でも習うようだな。
「投擲物でも届かない位置だな」
「魔法なら届きますが……」
普段は冷静なエメラルドは結構好戦的な性格をしていて、今はニヤリと笑っていた。
「割と賢いからな。
詠唱が見えた瞬間に逃げ出すぞ」
「光図でこの先に輝石の反応がかなりあるから、戦うならそこだね」
イリヤは光図を広げていた。
「しかし、冒険者にも会わないな」
「そうですね……物資が切れて補給に帰る冒険者と会ってもおかしくない頃ですが」
迷宮であれ、街道を旅する最中であれ、すれ違う冒険者や旅人と会話することは、自分の身を守るうえでとても大事なことだ。
あまりにも人とすれちがわない場合は、すぐに引き返した方がいいと、熟練の旅商人から聞いたことがある。
自分の進む先に、トラブルがあるに違いないからだ。
「嫌な予感がするな」
「ええ」
「……退路を確保しないと。
すぐ逃げれるよう、丁寧に地図は記載しておくね」
イリヤはそう言いながら、フリーハンドで綺麗な地図を仕上げていく。
オレは足を止め、後ろを振り返りイリヤの地図をじっくりと見た。
「その2重線が逃走経路か、うまいもんだ」
「先生に褒められると嬉しい」
イリヤが笑った瞬間、オレは真上にナイフを2本投げた。
「「キシャアア!」」
オレの立ってた位置に、ナイフの刺さったハーピィが真っ逆さまに落下してきた。
岩肌に鈍い音を立てたハーピィはもちろん、絶命している。
「先生、わざと後ろ向いて誘い込んだの?」
イリヤは眼を丸くしていた。
「隙見せないと襲って来てくれないだろ?」
落下したハーピィたちの元へ行き、身体の中心に刺さったナイフを抜き取る。
「え……あの距離を心臓一突きですか」
エメラルドは驚きすぎたのか、口に手をあてていた。
「まあまあの腕だろ?」
「……先生、前衛としては投擲がうますぎますよね?」
「一応、練習してるしなあ」
グレアス一刀流では、剣以外に遠距離手段も練習する。
オレは剣の他にナイフを二つ、いつも懐に忍ばせている。
イリヤは吹き矢や投擲用の短槍。
例外は、エメラルドだ。
攻撃魔法が使えるので、遠距離武器は使用しない。
剣だけでは戦えない相手にどう戦うか。
帰ったら門下生に話すネタができたな。
――少し上った先で開けた場所に出た。
「比較的瘴気が薄くなってるな」
「でも……何これ。
地獄のような光景だね」
火山からこぼれだしたであろう溶岩がまるで池のように点在し、陸と空をモンスターが埋め尽くしていた。




