05 魔術師長と騎士団長が俺の家に来てる
「いえ、久しぶりに先生にお会いしたかったものですから」
王国魔術師長エメラルド・クレイ。
代々魔術師長を輩出してきた公爵家の令嬢でありながら、グレアス一刀流に剣術の指導を求めた。
体力は難があったが、持ち前の向上心で魔術だけでなく剣術さえ修めて見せた。
ただ、エメラルドは練習中に頑張り過ぎて、よく目を回して倒れていたものだった。
「もう倒れたりしてないか?」
「先生ったらそんな昔の話を……今は私だって体力がついたのですから」
練習中に倒れていたことは、エメラルドにとって恥ずかしいことらしく、少し頬を赤くした。
「はは、悪い。
いや、ホント心配してただけなんだ」
「もう……」
エメラルドは照れながら長い金髪をかき上げた。
金色の髪に似合う黒いドレス。
目鼻立ちは整っていて、大きな碧色の瞳に魅了された男は数知れず。
道場の出待ちでデートに誘うとする男子たちがあまりにも多くて、オレが追い払ったこともあったほどだ。
「お前も元気そうだな、イリヤ」
「うん。
……ボクに先生が教えてくれた剣、役立ってるよ」
イリヤ・スイレム。
他国からの留学生で、なんと王族だとのこと。
武芸全般に優れ、特に俊敏性においては他の生徒とは比べ物にならないほど。
「良かった。
今までは自分の国にいたんだろ?」
「うん。
騎士団長をしてた。
先生に教えられたこと、教えてあげたらみんな大喜びで一生懸命練習してたよ」
「すごいな、偉くなったんだな。
オレも嬉しいよ」
「フフ。
先生に褒められると、ボク、やる気出るよ」
褐色の肌に、切れ長の金色の瞳を持つイリヤは、どこか神秘的な魅力を持っていて、武器を振り回すのに邪魔にならないよう、艶のいい黒髪を肩で斬りそろえている。
騎士団長といっても、イリヤの国は軽装騎兵を基本とするため、鎧などは身に着けない。
スリットの入った白いロングワンピースからチラリと長い脚がのぞいていた。
どちらかというと小柄なイリヤだが、スタイルの良さに思わず目を引かれてしまう。
エメラルドもイリヤもしばらく合わないうちに立派な女性に成長したようだ。
感慨深いな。
自分をボクと呼ぶイリヤの言葉遣いは、どうやらまだ治ってないみたいだけど。
「先生。
今日はもうお仕事終わりですか?」
エメラルドの質問。
「そうだな、もう終わりだ」
「良かったです、再会の記念に宴席を設けたいのですが……」
「そうだな。
ただ、急な話だからな、どこか食堂にでも行くとするか」
エメラルドとイリヤは二人で顔を見合わせて、ニヤリと笑った。
「もう準備はできています。
さあ、みなさん。
宴席の準備をお願いしますね!」
エメラルドの一声で女給や料理人がわらわらと慌ただしく動き出した。
「おい、随分と手際がいいな」
イリヤはうなずいた。
「フフ。
ボクの家のお抱えの料理人も呼んであるよ。
先生に食べてもらいたいからね」
女給たちはわらわらと道場に料理を運んできた。
「ん?
オレ達だけで食べるなら食堂でいいんじゃないか?」
「いえ、ユイカさんと話したのですけれど、先生の門下生がこちらの道場にすでにいらしていたそうで。
ぜひ、門下生とも話をしたいと思いまして」
「え?
今朝来てた門下生とかまで呼んだのか?」
後でグレアス一刀流と、トラブルになりそうだけどな……
「それとね。
ギルドマスターのレイラさんとボク、知り合いだから、冒険者たちと一緒に来るように言っておいたよ」
「冒険者もか?」
おいおい、清楚な門下生たちと会わせて大丈夫か? あいつら野蛮だからなあ。
「「お邪魔します!」」
大声が道場の入口から聞こえてきた。
わらわらと清楚な女学生たちと、野蛮な冒険者たちが次々と入ってきた。
「アスランさん、昨日に引き続いて飲み会を開くとは、やる男だね。
ククク、今日もいっぱい飲ませてやるからね」
「ははは、今日は軽めに頼むよ」
レイラが辺りを見渡していた。
「うわ、女の子がいっぱいだねえ。
清楚って感じの女の子が多いね」
「ああ、オレの元教え子たちだ」
「じゃあ、グレアス一刀流の門下生じゃないか。
こんな清楚なお嬢さんたちがベンとティアニーをボコボコにするとは考えづらいけどね」
「ボコボコにしたのはたぶんオレの教え子じゃない。
弟子たちを指導していたのは、オレの他には数名。
疑いたくはないが、おそらくそいつらが指導してたやつらだろう」
「アスランさん。
自分の教え子じゃないことも知ってて、それでも私に頭を下げてくれたんだな」
レイラはしみじみとつぶやいた。
「今日来てる冒険者たちにさ、悪い奴はいないと思う。
けどさ、綺麗なお嬢さんが多いからさ。
あいつら舞い上がってしまうかもな。
お嬢さんたちにちょっかい出さないよう、私が睨みを効かせておくよ」
「助かるよ。
あの子たちの親御さんが、オレを信用して指名してくれてたからな」
いつの間にか道場には大量の料理が用意され、門下生と冒険者たちもお行儀よく着席していた。
「先生、乾杯の音頭をよろしいですか?」
エメラルドが司会を取り仕切っているようだ。
あまりこう言った場で話すのは得意じゃないけどさ。
「……急な声かけだったが、集まってくれてありがとう。
オレは幸せだ。
弟子たちが成長して、一回り大きくなって集まってくれた。
グレアス一刀流を抜けたオレなんかを慕って、王宮魔術師長に、他国の騎士団長はじめ、みなが集まってくれた。
そのことが本当に嬉しいよ。
剣聖になれなかったオレだけど……これから、新しい道を歩もうと思う。
その門出に集まってくれたみんなに感謝したい、ありがとう」
「「先生……」」
エメラルドとイリヤ、ユイカの眼には涙が溜まっていた。
剣聖になれなかったこと、お前らも悔しく思っていてくれたんだな。
……ありがとう。
「乾杯!」
「「乾杯!」」
オレとレイラ、エメラルドとイリヤと冒険者たちは酒を、ユイカはじめ門下生たちは果実水を楽しんだ。
エメラルドが手配したユトケティア王国伝統的な魚料理と、イリヤの用意したガ―ファ王国のスパイシーな肉料理。
エメラルドとイリヤにどちらが好きか聞かれたので、ガ―ファ王国の料理と答えた。
オレはスパイシーで肉汁滴る肉料理の方が好きだったけど、両方とも美味しいよ?
エメラルドにフォローはしたが、あいつ、本気で悔しがっていたな。
楽しい夜はあっという間に過ぎていった。