48 精霊憑き
魔道具屋を出て少し歩くと、エメラルドが足をもつれさせた。
「あ……」
「大丈夫か?」
何とか、エメラルドが地面につくまでに手を引っ張って抱き寄せた。
「すみません」
「無理するな、ヨハンだって疲労ですぐ寝に行ってただろ。
魔導具作成頑張ったもんな」
「……でも、大丈夫です。
歩けます」
こういう時に無理をするタイプだって言うのは百も承知だ。
言って聞かせたって、エメラルドは言うこと聞かないからな。
「よっと」
「きゃ」
ひょいっと、エメラルドを抱え上げた。
「寝てろ、起きたら道場についてるから」
「……すみません」
「謝るな、エメラルドが頑張ってるのはオレは知ってるから」
「は、はい」
エメラルドはようやく安心したように力を抜いてオレに身を任せた。
抱え上げたまま大通りを歩くと、さすがに目立つな。
なるべく目立たない道を選んで帰るとするか。
あら、本当に疲れてたんだな。
エメラルドはあっという間に寝息を立てている。
こうしてエメラルドを抱え上げていると、昔のことを思い出すな。
――エメラルドはクレイ公爵家にたまに現れるという【精霊憑き】だ。
魔導型の氷魔術師であるエメラルドにとっては、うってつけともいえる特性だ。
そのおかげもあって、エメラルドは常人では決して届かないほどの魔力量と威力を誇るのだが……
幼い身体には、精霊が住むという負担は大きすぎた。
精霊憑きとなった身体は何もせずとも、生きていくだけで大きく生命力を吸い取られてしまう。
そのせいで身体が弱く、ウルザ魔法学園の授業でもしょっちゅう眼を回していたエメラルドはグレアス一刀流の門戸を叩いたのだ。
「わたしは、身体を強くしたくて、グレアス一刀流に入りました。
アスラン先生、どうかよろしくお願いします」
初めて会った8歳の時から、エメラルドはきちんとした敬語が使えていたんだよな。
小さな身体をぺこりと曲げるそのお辞儀の美しさに、思わずオレも姿勢を正したものだった。
「1・2・3……」
素振りを続けるエメラルドは、いつも眼を回すまで素振りをする。
だから……必然的にオレがいつもエメラルドを背負ってクレイ公爵家まで連れていくことになる。
――夕暮れの王都を抜け、道場へ着いた。
「先生、お帰り……あれ……」
イリヤは抱っこされたエメラルドの顔をのぞいた。
「あは……久しぶりに見た。
エメラルドが眼を回してるの。
ふふ、可愛い」
イリヤはエメラルドの頬をツンツンしている。
「強い魔法を使ったから、その反動だろ。
しばらく起きない気がするから、着替えさせてやってくれないか?」
「そっか、起きないんだ。
うん、ボクがやるね」
イリヤと一緒にエメラルドを部屋に運ぶ。
部屋の中はあまり見ない方がいいだろうな。
扉を開け、エメラルドをベッドに早々と下ろすと、とっとと退散しよう。
「後はやっとくね」
「任せた」
手を振るイリヤにエメラルドを任せ、食堂へ。
さっと食事を済ませ、ベッドへ。
オレも疲れていたのか、すぐに寝てしまった。
――ブオオオオン!
道場を切り裂くような風切音で目が覚めた。
当然、門下生たちの踏み込みが地鳴りのように辺りを揺らしていた。
階段を降り、道場を見ると足の踏み場もないほど、門下生で埋め尽くされている。
外が気になって壁をよじ登ってのぞいてみると……
こりゃすごい、隣に作っている新道場の周りまでギッシリ門下生で埋め尽くされている。
道場の外には、着るものもボロボロの少年たちもいる。
彼らも見えるよう、たまには外で剣でも振るか。
外に行こうとしたら、門下生たちを指導しているエメラルドと目が合った。
「アスラン先生が見えられました! 整列!」
「「はい!」」
エメラルドの掛け声で、そとの門下生まで一瞬で剣を止めた。
「エメラルド、身体は大丈夫か?」
「もったいないお言葉です。
私は全然問題ありません」
「そ、そうか……」
エメラルドはそう言うが、弱音を吐かないので本当に大丈夫か、言葉だけではわからないんだよな。
「今日は外で剣を振る」
エメラルドは嬉しそうな顔をした後、すぐ表情を元に戻した。
門下生に指導すべき立場であるから、身を正したのだろう。
真面目な奴だ。
「皆さん、今日はアスラン先生が外で剣を振るってくださいます。
道を開けなさい。
そして、皆がアスラン先生の剣を見ることができるよう、輪を広げるのです」
海が割れるように一瞬で、門下生は道を開けた。
オレが外へ向かって歩いて行く間、皆はずっと頭を下げていた。
がやがやとすらしないから、こいつら野次馬じゃなくて、オレの剣を見に来てくれたってことなんだろうな。
外に出て、皆が見えるような位置にいくまでに随分歩かなきゃならないな。
ようやく皆が見渡せるような位置についた。
「今日は軽く剣を振るった後、ブレンダン火山の攻略に赴く。
人に対する剣とは違い、殺しきることと、傷つかないことを意識する必要がある」
皆がゴクリと唾をのんだ。
「意識すべきは【初太刀の型】と【走の型】。
きっちりと格下を殺しきること、囲まれずに斬り抜けること。
格上とは戦わず、生存を意識して立ち回ること。
オレもそこに気を付けて立ち回ってみるよ。
以上だ」
「「ありがとうございました!」」
門下生たちはオレの言葉に気持ちの良いあいさつを返してくれた。
さて、今日は疲れない程度に軽く流そう。
【初太刀】、【走】、【見】……囲みを抜けること、相手の出方を待つことに特化した振りを行った。
「「ありがとうございました!」」
オレの動きを忠実に再現しようと、スローモーションで振りを見直すものや、それぞれの型への移行を何回も繰り返すもの。
イリヤとエメラルドは練習するものを見て回り、細かい点を指導していく。
二人のお陰でこの道場も、アスラン一刀流を名乗っていいほどの格好がついた。
……後2週間ほどで、剣聖を決めるための御前試合が行われる。
ブレンダン火山攻略は一筋縄では行かないだろうから、これがオレ達3人の最後の冒険になるだろう。
イリヤもエメラルドも、自分の立場を投げうって、オレのために駆け付けてくれた。
いつまでも、あいつらを拘束し続けるわけには行かないからな。
剣聖を目指すのか、冒険者として立つか。
冒険から帰って来たら、オレは選択しなければならないんだ。