47 氷剣作成(2)
「あの、アスランさんたち……仲良さそうなとこ悪いんだけど、早速始めていいかな?」
ヨハンは早く付与術をかけたいのか、うずうずしていた。
「あ、はい!
お願いします」
エメラルドは大きな声で返事をした。
ヨハンは部屋の中央に大きな布を持ってきて広げた。
布には金糸で刺繍された魔法陣が書いてあった。
「これが付与術に必要な基本の魔法陣だね」
中央に剣を置く台を持ってきて、そこに剣を設置したヨハンはエメラルドに声をかけた。
「いい? お姉さん。
僕が付与魔術を展開するから、合図したら剣に向かって全力で魔法をかけて」
「はい!」
エメラルドは真剣そのものだ。
「いい返事だね、行くよ!」
ヨハンは小刀で指に斬り傷を入れ、宝玉と剣にそれぞれ血を垂らすと、呪文の詠唱を始めた。
「真銀の剣よ、青藍の宝玉よ。
魔導を帯びる器から、分かたれた種と触媒よ。
元々一つであったそなたらを我が血でないまぜにし、魔導の器に戻す」
剣と宝玉が淡い光を発し始めた。
「神と人に仕えし魔導の器よ、空になったその身のうちに再び魔導を宿せ。
氷嵐をその身に収めよ!」
その言葉で精霊銀の剣は強い光を発し、虚空に直立した。
エメラルドはその剣に両の手で触れ、呪文を詠唱した。
「冥府の女帝よ、死者の魂すら凍らす氷嵐をこの地に現せ!」
一瞬エメラルドの光が青白く光ったと思ったが、あっという間に光は消えた。
エメラルドは剣から両手を離し、すぐにヨハンが剣に触れた。
「魔導の器よ、その口を閉じよ。
付与は完了した。
人の導きによりて、その魔導をこの世に現せ」
ヨハンがそう言うと、剣は虚空から台へと戻り、剣全体を包み込んでいた柔らかな光は消えた。
「さて、お疲れ様」
ヨハンはそう言うと、剣についた血をふき取った。
「だいぶ力を失ったから僕はもう寝るよ」
「ありがとうございました!」
エメラルドの礼にヨハンは首を振った。
「付与術師は場を貸すだけさ。
僕がどんなに優秀でも、それによって最強の剣ができるわけじゃない。
お姉さんが作って、アスランさんが振るう剣だよ。
控えめに言って、僕はユトケティア最強の剣だと思う。
その剣をお姉さんから、アスランさんに渡してあげて」
そう言うと、ふらつきながらヨハンは部屋を出て行った。
エメラルドは台から剣を取り、オレの前に持ってきた。
「アスラン先生、ヨハンさんと私が作った剣です。
ぜひ……冒険のお供にしてください」
エメラルドが飛び切りの笑顔とともにオレの前に差し出したのは、真銀に輝く氷剣。
こんなに上等なものを、オレはもらったことがない。
「ありがとう、大切にする」
「はい!」
エメラルドは笑顔で涙を流した。
……なんで、お前が泣くんだよ。
嬉しかったのはオレの方だぞ。
「……くしゅん」
エメラルドはくしゃみをした。
「さすがにその服早く着替えたほうが良さそうだな」
「……そうですね」
――エメラルドが着替えるまでの間、道具を見ながら暇をつぶしていた。
「ほら、出来たよ」
老婆がヨタヨタと真銀に輝くイヤリングを掲げながら持ってきた。
「ほら」
老婆が一対のイヤリングをオレに差し出した。
「オレのじゃないんだが……」
老婆は深くため息を吐いた。
「アンタ女心ってもの理解してるのかい?
まったく、あのお嬢ちゃんもアンタが相手じゃ苦労するんだろうね」
老婆はオレの手を引っ張り、手のひらを開いてイヤリングを乗せた。
「アンタから渡してやりな」
「……ああ」
いつもの黒いドレスに着替えたエメラルドが、店の奥からやって来た。
金色の髪に碧い眼をしたエメラルド。
黒いドレスの腰はキュッとしまっていて、ただ歩いて来る姿でさえ、品を感じさせる。
「どうしました、アスラン先生。
じっと私を見ていますが……」
「……いつものドレスの方がいいな」
「ありがとうございます!
このドレス、私がデザインしたんですよ!」
エメラルドはくるくると動き回りドレスを見せてきた。
チラチラとふくらはぎが見えるから、お行儀よくしてほしいものだが。
「落ち着けって」
「あ……はい」
エメラルドは基本素直だから、すぐにオレの言うことを聞く。
「手出して」
「はい!」
その顔を見るに、何がもらえるかわかってる顔だな。
「これ、精霊銀のイヤリング」
「……綺麗です」
エメラルドが差し出した両手にポトリと落とす。
エメラルドは大事そうにじっと眺めていた。
「つけてあげな」
「……え」
老婆とエメラルドはじっとオレを見つめていた。
「……お願いします」
エメラルドは後ろ髪を片手でポニーテールのようにまとめ、オレが後ろからつけやすいようにしてくれているようだ。
「ああ」
下手に動揺するわけにもいかないからな。
エメラルドの手からイヤリングを受け取り、後ろから耳に手を当てる。
髪をアップにしているので、白いうなじが見え、さすがに近いのでエメラルドの色香にあてられそうになる。
下手に力を入れると痛いだろうから、細心の注意をはらい、左耳につけた。
反対に右耳もつけてやる。
「お疲れ、せっかくアップにしてるんだからイヤリングが良く見えるように一つ結びにしようかね」
老婆の申し出がエメラルドは嬉しかったようだ。
「お願いします!」
さすがとでも言うべきか、老婆は鮮やかな手際でエメラルドの髪を結んだ。
「どうですか、先生」
振り返ったエメラルドの形の良い耳には、キラリと光るイヤリング。
「似合うんじゃないか?」
「大切にしますね」
エメラルドは顔をほころばせながら、大切なものを触るように両耳のイヤリングにずっと触れたままでいた。