46 氷剣作成
魔導具屋で、エメラルドはオレの両手をぎゅっと握っていた。
どうやら、魔法剣を作ってオレにくれるつもりらしい。
金色の髪と大きな碧い瞳のエメラルドにこんなに近くでじっと見つめられると、多少ドギマギしそうになるぞ。
「精霊銀の剣も宝玉もかなり価値のあるものだろ?
やすやすともらえない」
エメラルドは首を振った。
「……先生は皆で使う道場を新しくするために、私財を投げうってくれました。
私のせめてもの気持ちです、どうか……」
「いや、でもな……」
弟子からこんなに高いものをもらうわけには……
「あのねアンタたち、魔導具屋で手を握ったまま喧嘩しないでおくれよ。
痴話喧嘩なら、家帰ってやんな」
「そ、そんな痴話げんかなんて……」
顔を赤くしてエメラルドは握った手を離した。
「……すみません。
でも、私……先生にもらって欲しくて……」
「はは、魔術師長なのに健気な娘っ子じゃないか。
アンタ、ここまで言ってくれてるんだ。
もらってやるのが男気ってものだよ」
老婆は豪快に笑いながら、オレの肩を叩いた。
「……しかしな」
「さて、じゃあこの婆さんが知恵を貸してやろうかね」
老婆はカウンターの中から鈍く光る塊を取り出した。
「お嬢ちゃんとアンタに教えてやる。
ユトケティアの迷信でね。
親し過ぎる人への高価な贈り物はね、別れの印とも呼ばれて、忌避されることもあるんだ」
「そ、そうなんですか……」
どうやらエメラルドは知らなかったらしい。
いや、オレも聞いたことないが……
「最近はそんなこともないみたいだけどね。
それを避けるためには、もらう側がお返しをするといいんだ。
もらうものと同じ素材とか、さ」
「じゃあ、それ精霊銀か」
老婆は精霊銀の塊を握って、剣に近づけた。
キィインと言う音が聞こえて来て……剣と塊が明滅を始めた。
「綺麗……」
なだらかに光と音は収まっていく。
「精霊銀は近くにあると共鳴するんだ、二人で持ってると縁起がいいよ。
たとえ離れ離れになったとて、きっとまた会える」
「……ぐす……はい、絶対にまた会います」
エメラルドが涙ぐんでいた。
おいおい、感受性豊かだな。
別に今、離れ離れになったわけじゃないぞ?
「なあ、エメラルド。
イヤリングでいいか?」
「……え……」
「剣をもらうからお返しだ」
「ありがとうございます!」
エメラルドは嬉しそうにお辞儀をした。
「ご注文ありがとよ、精霊銀のイヤリングしっかり作らせてもらうからね」
老婆はニヤリと笑った。
「さて、こっちは準備できたよ」
いつの間にかいなくなっていたヨハンがオレ達に声をかけた。
「2階に用意してある。
剣士さん上がって来てよ」
「ああ」
2階へ歩き出した。
「あの……私は……」
「ああ、アンタは準備があるからここに残りな」
「わかりました」
――エメラルドを置いて、2階へ移動した。
ごちゃごちゃと物が置かれた廊下を通り過ぎる。
手招きされた部屋には、逆に何も置かれていなかった。
「椅子すら無いのか」
「そうだね、少しでも魔力を阻害するものは置きたくないからね。
これ、握ってみてよ……えっと……」
そう言えば、自己紹介してなかったな。
「アスランだ」
「アスランさん、剣を握ってみてよ」
「ああ」
ヨハンが床に置いた精霊銀の剣を手に取る。
鞘から抜き放つと、刀身がキラリと輝く。
「何もしなくても、十分ないい剣だと思うけどな」
息を大きく吐いて、軽く跳び、剣を中段に構える。
上段、中段、下段……
剣の重心が心地よく、持ってるだけで安心感のある剣だ。
「良い剣だな、振っていいか?」
「もちろん、使い心地を試して欲しいからね」
ゆっくりと腕を上げ、上段に構えた。
「行くぞ、はあッ!」
上段から思いっきり剣を振る。
ぐっとくる反動が心地よい。
いい剣だな。
「ありがと、僕に渡してくれる?
あ、納刀しないで」
「納刀しないと渡しづらいんだが……」
「ははは、文句を言いつつもやってくれるアスランさんに感謝だよ」
ヨハンは笑いながら剣の柄を見ていた。
「へー」
そう言うと、ヨハンは持ち込んでいた槌で剣の柄を殴った。
「おいおい新品の剣をガシガシ槌で殴るなよ……」
「これでいいかな? もう一回持ってみてよ」
ヨハンに渡された剣をもう一回握ってみる。
「お、重心が変わった?」
「振ってみてよ」
ヨハンは口角をあげて笑っていた。
【初太刀】【槍破】【円崩】……各種の型から技を放った。
「驚いた、さっきより振りやすくなってるな」
「へへ、魔導具屋なめないでよね」
ヨハンの顔がほころんだ。
「じゃあ、これで『種』は仕上がったね。
穴に宝玉をはめて……よし、後は魔法をかけるだけだね」
ノックの音。
「入っていいよ」
「失礼します」
白い薄絹を身に着けたエメラルドが部屋に入って来た。
体に張り付くような薄い素材で、エメラルドの身体のラインがくっきりと出ているような……
つい、目が惹かれてしまうが、あまりジロジロ見ると心拍数が上がりそうな格好だぞ。
「ごめんね、お姉さん。
魔導具を着てたから脱いでもらう必要があったんだ」
「はい、必要なことだと理解してます。
少し寒いですが」
エメラルドは魔法剣を生成するための魔法陣の描きこまれた黒いドレスを着ていることが多い。
そのドレスを脱ぎ、極薄の絹しか着ていないから肌寒いのか、エメラルドは自分の身体をぎゅっと抱きしめた。
ふと、目が合ってしまった。
「先生、絹の服はどうですか?
私、似合ってます?」
エメラルドはくるりと回って全身を見せてきた。
正直、ちょっと直視できない。
「魅力的だと思うぞ……魅力的過ぎるような気もするが」
「……褒められました」
エメラルドは頬に手を当て、嬉しそうに顔を赤くしていた。