44 鉄血十字団とは
「ははは、アスランさんたち暴れたらしいね」
ギルドの食堂にいるオレたちのところへレイラがニヤニヤしながらやってきた。
「オレは暴れてないんだが……」
……無罪だ。
むしろオレは暴れるのを止めてあげた方だぞ。
「ノイスはアスランさんたちの師弟愛をなめていたようだね」
まるで他人事のようにレイラは笑っていた。
「レイラさん、あの人……ノイスと『鉄血十字団』について知ってることを教えてください。
ギルドと無関係ではなさそうですから」
エメラルドはレイラをじっと見つめている。
「ははは、怖い怖い」
レイラはオレたちが座ってる円卓に腰かけた。
「そうだね、ギルドはノイス達『鉄血十字団』と無関係じゃない。
それどころか、大いに関係あるね」
「じゃあ、ちゃんと躾けてください。
危うくイリヤがノイスを帰らぬ人にしちゃいそうだったんですから」
エメラルドはしれっと自分の所業を省略した。
何気に恐ろしい奴だな。
イリヤは脅してただけだが、エメラルドは実際に斬り刻もうとしてなかったか?
「ははは、じゃあ説明させてもらおうかな?
ねえ、最近王都ディオラが騒がしいと思わないか?」
「ああ」
オレたちはうなずいた。
食堂街はこれまで見たことのないような混み具合だった。
「迷宮認定されると、その地は噂を聞きつけた冒険者であふれかえる。
ヤツらは耳が早い。
儲け話をかぎ分けられないと、冒険者として生きていけないからね」
ベテラン冒険者は、あまたあるギルドの依頼の中からうまい依頼をかぎ分けるのが速い。
オレなんかその見分けが下手クソで、実入りの少ない依頼ばかり選んでしまっている。
「じゃあ、ノイスはその噂を聞きつけた冒険者ってわけか?」
「半分合ってるかな?
ノイス達の鉄血十字団は冒険者に違いないからね。
迷宮踏破を請け負っているやり手の冒険者集団だよ」
「「やり手?」」
エメラルドとイリヤは頭を傾げた。
「私の剣筋見切れてませんでしたけど……」
「ははは、厳しいね。
でも彼は私と同じ【銀】ランクの冒険者だよ。
集団で迷宮に挑み、複数の迷宮踏破を成し遂げている」
なるほど、ノイスは統率に才のある軍師タイプってことかな。
「その腕を買われて、うちのアルス王子が国賓待遇で招聘したんだ。
どうも、アルス王子とノイスは知り合いのようでね」
「アルス王子はたしかクライフ神聖王国に遊学してたことがあるはずです」
さすが、公爵令嬢だな。
エメラルドは王族などの情報にも通じているのだ。
「なあ、レイラ。
ノイスが公爵令嬢のエメラルドにも失礼な態度だったのはどういうわけだ?」
あんな態度、エメラルドの父親クレイ公爵に知られたら、かなりまずいことになると思うんだけど……
「ははは、国が違えば礼儀も変わるってもんだけどね。
ノイスは平民なんだけど、教会に所属している神殿騎士でもあるんだ。
教会勢力はどうも、世俗の身分とは少し違うところにいるからね」
「なるほど」
「それと……ちょっと大きな声で言いづらいんだけどさ、近くに来てよ」
レイラは顔を近づけた。
オレ達もそうする。
「クライフ神聖王国に軍隊はないんだ。
その代わりに社会貢献と銘打って迷宮踏破を生業とした大規模な冒険者集団をいくつも抱えている。
神聖王国は非武装中立国と表向き名乗っているからね」
「……鉄血十字団は、要はクライフ神聖王国の軍隊なんだな」
レイラはうなずいた。
「そして、迷宮認定などの有事のときには国境を越えて他国に派遣されるかも……ありがたいんだけど、要は偵察部隊が正々堂々と乗り込んでくるようなもんだね」
オレはため息をついた。
「そういうわけだからギルドマスターの私としても、ノイスとアスランさんたちのもめ事に口は出せない。
アルス王子の機嫌を損ねたくもなければ、クライフ神聖王国と事を構えたいわけでもないからね。
まあ、何とかうまくやってよ」
レイラはそう言うとオレの肩を叩き、ギルドの奥へ戻っていった。
「多少面倒なことになったな」
「……ええ、でもおかげで事情がわかりました。
これからどうすべきか、論点を整理しましょう」
エメラルドはきびきびと話し出した。
仕切りが得意なヤツだから、まかせるとするか。
「ノイスは嫌なヤツ」
「正解です」
イリヤが手をあげて発言し、エメラルドがそれを聞きうなずいた。
「でも殺しちゃダメ」
「それも正解」
「基本的に人は誰だって殺しちゃダメなんだが?」
ついつい突っ込んでしまった。
「それも正解ですね」
「ヤな奴ノイスの鼻をあかしたい」
「大正解です」
「ノイスにとっとといなくなって欲しい」
「正解」
こいつらホントにノイス嫌いだな。
……オレも目的が分かってきた気がする。
ビシっと手をあげた。
「迷宮を攻略して、さっさとノイスにどっか行って欲しい」
「さすが先生、大正解です!」
エメラルドが拍手してくれた。
「えらいえらい」
「こら、頭を撫でるな」
どさくさに紛れてイリヤがオレの頭を撫でてきた。
こら、師匠の威厳がなくなるだろが。
「ということで、私たちは全力で迷宮を攻略したいと思います」
エメラルドの言葉にイリヤが拍手をした。
「あの、一つ確認なんだが」
「何ですか、先生」
オレは立ち上がり、ギルドの受付に置いてあるランク表を持ってきた。
_________________________
1 龍牙 【ドラゴン】 現在空位。
2 金 【ゴールド】 国に一人。龍討伐等最高難度の依頼のリーダー。
3 銀 【シルバー】 国に数人。複数のダンジョン踏破者。レイラもここ。
4 鉄 【アイアン】 街に数人。ギルドマスターは「鉄」以上が条件。
5 青銅 【ブロンズ】 冒険者ギルドの実力者。
6 骨 【ボーン】 ダンジョン探索可能。
7 石 【ストーン】 護衛任務可能。
8 木 【ウッド】 初めはみんなここ。
_________________________
「オレ、【石】ランクだから、ダンジョン探索できないんだけど?」
「「あ」」
エメラルドとイリヤは眼を見開いていた。
「驚愕の事実」
イリヤは頭を抱えていた。
どうやらランクアップには討伐数などが影響するようで、オレはかなり強いモンスターを倒しているのだが、討伐数がまだ骨ランクに届かないらしい。
「あ、アスランさん。
そのランク表一つしかないんですよ?
もってかないでください」
受付嬢のジーナがオレに文句を言いに来た。
「ああ、悪い悪い。
ランク表が見たかったからさ」
「これ手作りなんですから大切にしてくださいよ」
ジーナは人見知りらしいが、最近はオレにも慣れて来たようだ。
感情をみせてくれるようになった。
「なあ、ジーナ。
オレ石ランクだから迷宮探索できないんだけどさ。
何かいい方法ないか?」
「そうですねえ……ふっふっふ。
よくぞ聞いてくれました。
迷宮特別研修生っていう制度がありますよ?」
ジーナは人差し指を立てて得意げにしていた。
「【銀】ランク以上の人が同じパーティーにいる場合、申請すれば一人だけ低ランクの人も迷宮探索に連れていけるんです!」
「「それだ!」」
エメラルドとイリヤはハイタッチをした。
「え?
でも、だれが【銀】ランクなんだ?」
「「じゃーん」」
エメラルドとイリヤは小袋から木でできた冒険者カードを取り出した。
「え?
銀って書いてあるな」
「騎士団長や、魔術師長は登録すれば無条件で銀ランクになるんですよ!」
エメラルドは胸を張っていた。
「そうそう、剣聖もね」
「知らなかったな」
イリヤは追加情報を教えてくれた。
「では、さっそく私が先生を研修生に登録しないといけませんね。
どんなことを教えてあげましょうか」
エメラルドはウキウキしながら、オレを研修生登録しようとしていた。
「オレがエメラルドの研修生なのかよ?」
「たっぷり優しく教えてあげますよ?」
エメラルドは妖し気に笑った。
「ダメ。
ボクが先生を研修生に登録する」
「いえいえ、私が登録します」
二人の間に険悪な空気が流れる。
「おい、オレを研修生登録するなんてどっちがしたっていいだろ?」
「良くない」
「良くありません」
二人そろってオレを睨んだ。
まったく……仲がいいんだか、悪いんだか。