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40 カーミラの正体

 達成感とともに心地よい疲労感を引きずりながら、家路を急ぐ。

 まあ、小箱を4つも抱えてるから疲れるのは当たりまえだが。


 見上げれば、瘴気が晴れるとともに空を覆っていた雲もどこかに散ってしまっていた。


 もっとも、ブレンダン火山の方は瘴気と雷雲でとんでもない不吉な様子になってしまっているのだが……


「アスランさん、エメラルド様があれほどまでに戦えるなんて思わなかったよ。

 イリヤ姫と言い、愛弟子たちの実力は本物なんだな」


 レイラが耳打ちをしてきた。


「聞こえてますよ? レイラさん」


 エメラルドが耳打ちしてる会話に入って来た。


「うわ……聞こえるように話してないんだけどね」


 レイラはバツが悪そうにごにょごにょと言い訳をしていた。


「公爵令嬢だからという理由だけで魔術師長に任ぜられたコネ女、レイラさんは私をそう思っていたのですね?」


 うわ、綺麗な顔立ちのエメラルドが声を荒げることもなく、レイラを凝視していた。


 ……おい、レイラ。

 オレを盾にするな。


「いや、だって金で地位を買うようなクソみたいな貴族多いんだってば!」


 よく公爵令嬢に向けてクソみたいな貴族とか言えるもんだな。


「それは、否定しませんけど……。

 じゃあ、私のことは認めてくれますね?

 コネでなく、実力で魔術師長を勝ち取ったことを」


 エメラルドの瞳がレイラをつかんで離さない。


「レイラ、エメラルドの負けず嫌いは相当なもんだぞ。

 魔法だって剣だって、一流と呼ばれる腕を持ってるんだから」


「……知ってるよ、ちゃんと見たからさ。

 エメラルド様は優秀だ。

 ……侮ったことはお詫びするよ」


 レイラは両手を合わせてエメラルドに謝っていた。


「こちらこそ、不躾な物言い申し訳ありませんでした」


 エメラルドは淑女の礼(カーテシー)をとった。


「でもさ、本当に助かった。

 感謝してる」


「こちらこそ、緊急招集という貴重な体験にご同行させていただきありがとうございました」


 ちょっと硬いと思うが、レイラ、これもエメラルドなりの誠意だと思ってくれ。


「レイラ、みんな疲れてるだろうにまだ帰ろうとしない奴らが多いのはなぜだ?」


 オレたちは湖畔からだいぶ離れたが、冒険者たちはまだ湖畔に残って何かしらの作業をしていた。


「ああ、魔物素材を剝いでるのさ」


 レイラは眠そうにしていた。


「私の獲物は下っ端の子たちに好きにするよう言ってあるからいいんだけど……アスランさん魔物素材取らなくてよかったの?」


「何だ、魔物素材って……」


「え? 何言ってるの?

 試験の時に説明あっただろ?

 モンスターを倒して素材をゲットしてギルドで売りましょうって……試験のときにみんなに教えてるけど?」


 へえ、それならオレには文句を言う権利があるかな?


「レイラ、オレは試験免除なんだが……」


「あ!」


 レイラは右手で自分の頭をコツンとやっていた。


「そうか、説明してないのか」

「え、先生はてっきり小物は取らない主義なのかと思ってました」


 エメラルドはびっくりしていた。


 いや、小物でも取るぞ?

 だって、新道場の建築で金がないからな?


「はははは、悪かったよ。

 今度魔物素材の取り方教えてやるから、暇なとき声かけてよ」


 レイラはオレの肩をバシバシ叩いた。


「ああ……そうだな」


「大丈夫です、私が教えますから」


 レイラとオレの間にずい、とエメラルドが入って来た。


「え? いいよ、私のミスだ。

 自分でやるよ」


「先生に暇はありません。

 年頃の女の人と遊んでる暇は先生にはありません」


 有無を言わさぬエメラルドにレイラが口をパクパクさせていた。


 ――そうこうしてるうちに、王都ディオラの城門が見えてきた。


「先帰っていてくれ」


 オレはレイラに別れを告げた。


「……何の用だかはわからないけど……アスランさんがそういうんだから大事な用なんだろうね。

 今日はゆっくり寝てよ。

 私、頼りにしてるからさ」


「光栄だ。

 レイラの方こそ、疲れを癒してくれ」


 レイラは城門へと走っていった。


「お前も帰っててもいんだぞ?」


 エメラルドは首を振った。


「水蒸気を凍らせることは私しかできませんから」


 どうやら、オレが何をするのか、ある程度まで勘づかれているらしい。


「あそこの岩陰に移動するぞ」


「ええ、小箱を担いでですね」


 ――大きな岩陰に移動し小箱をすべて開け、エメラルドが氷を溶かした。


 水蒸気が渦を巻き、やがて白いワンピースを着た銀髪の少女、カーミラがそこに現れた。


「氷の寝所は随分冷たかったのじゃ」


「そうしないと逃げるんだから仕方ないだろ」


「それもそうじゃの」


 カーミラはクククと笑った。


「何点か質問をさせてくれ」


「……勝手に寝床に乗り込んで勝手に質問か……人間と言うやつは随分勝手じゃの」


 カーミラは両手をあげてわざとらしくため息をついた。


「どうしてこんなところにいた?

 魔族であれば魔族領域に行けばいい。

 なぜ危険を冒してユトケティアになんかいたんだ」


「……」


 カーミラは何も答えなかった。


「もう一つの質問だ、お前は誰も噛まなかった。

 吸血鬼がしもべを増やすには、噛んで血を吸えばいい。

 だが、お前はしもべが必要だと言いつつ、ユイカたちの血を吸わなかった。

 なぜだ、吸血鬼が血を吸わない理由があるのか?」


「わ、わらわは……」

 

 カーミラは震えながらオレを睨んだ。


「大事なことだ、吸血鬼ならば排除しなければならない」


 オレは抜刀し、剣を突きつけた。


「……わらわはずっと眠っていたかった」


 カーミラはゆっくりと話し出した。


「ユトケティアは豊かな土地じゃ。

 それでいて瘴気が少ない。

 だから、地下深くに誰も入れないような洞窟を作ってそこにいたのじゃ」


「そこにオレたちが侵入した」


 カーミラはうなずいた。


「そうじゃ。

 わらわは誰とも会いたくはなかったのじゃ。

 じゃから、少々怖がらせてやろうと操心術を使った」


 カーミラはオレを見て笑った。


「全く操心術が効かぬ奴がいるなど、想定外じゃったがの」


 カーミラは勝ち誇ったような顔をした。


「質問をずらすな」


「な、なにを……」


 カーミラは後ずさった。


「吸血鬼ならば瘴気が薄いことは理由にならない。

 むしろ、瘴気が強いところを好むはずだ。

 操心術より吸血鬼ならば血を吸えばいい。

 オレとて、血を吸われればお前の下僕になっていたかもしれないからな」


「わ……わらわは……」


 カーミラは動揺し、震えていた。


「お前は吸血鬼じゃない」


 オレはカーミラにつきつけた。


「え? 吸血鬼じゃない人が水蒸気になれるんですか?」


 エメラルドは驚いていた。


「一人も下僕がいない吸血鬼なんてあり得るか?

 カーミラがオレに斬られそうになった時も、下僕はおろか誰も出てこなかった。

 お前は何者だ、カーミラ」


 カーミラ、頼む答えてくれ。

 オレはお前を斬りたくはない。


「血を吸えない吸血鬼などいるものか、水蒸気になれる人間などいるものか……

 アスランよ、そなたはわかっているくせに、わらわにそれを言わせるのじゃな」


 カーミラの眼からぼたぼたと涙が落ちた。


「わらわは半吸血鬼ヴァンパイアハーフなのじゃ。

 血は吸えないけど、水蒸気になることはできる……」


 カーミラは涙を流しながら笑った。


「魔族領域に行けないのは、わらわは瘴気に強くないからじゃ。

 強い瘴気に触れると頭が割れるように痛くなって、しまいには一歩も動けなくなるのじゃ。

 じゃから、ユトケティアの地下深くで誰の邪魔もせずに暮らしておったのだ」


 カーミラは覚悟をしたように微笑んだ。


「わらわの隠れ家に居れぬのなら、わらわの場所は地上にあらず。

 さっさと首をはね、陽光に晒せ。

 そなたの目的はそれであろ?

 アスラン・ミスガル、何とか申してみよ!」


 カーミラは開き直ったようにそう言った。

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