39 分かたれた世界
【氷刃剣乱舞】
まさに圧巻だった。
足元を凍らされて動きづらいモンスターに対し、黒いドレスのエメラルドが突っ込んで回転しながら魔法剣を振り回し、モンスターをせん滅していく。
「「ギェエエエ!」」
魔術師が本職のエメラルドであるが、グレアス一刀流の手ほどきを受けて今、彼女しかできない戦いを会得しつつある。
モンスターにも一目で魔導士あることが伝わってしまうような動きづらそうなドレスであっても、エメラルドが剣を振るうのに何の問題もないようだ。
「公爵令嬢をなめないでくださいよ、私は3歳からドレスを着させられているのですから」
オレは燕尾服で剣なぞ振るえない。
ドレスを苦としないエメラルドの特質は、公爵令嬢としての特技とも言えるな。
その服装に騙されてホイホイと近づいて来たモンスターは、あわれエメラルドの氷刃の餌食になってしまっていた。
「エメラルドを魔法使いだと思って、一応近くに控えていたが……その必要性はなさそうだな?」
エメラルドはくすくすと笑った。
「私が道場を出る前は、アスラン先生はいつも私を心配していましたけど……ようやく私、先生を安心させることが出来てますか?」
「……師匠はいつも弟子を心配するもんだぞ?
それにしても、暇すぎるから……ちょっと離れる。
頑張れよ」
「はい!」
エメラルドは嬉しそうに返事をした。
さて、じゃあ行くか。
エメラルドが暴れまわってるから、ゴブリンやオークなどの群れるモンスターはあらかた倒されてるようだな。
じゃあ、オレはデカ物相手か。
苦戦してそうな場所を探して、そちらへ行くことにする。
……レイラが大きなモンスターと戦っていた。
「チィ……参ったね。
足が速くて追いつけないや」
レイラは目の前を悠々と逃亡していくモンスターを苦々しく見つめていた。
「火蜥蜴か」
「アスランさん、いいところに来た」
レイラはオレを見て笑った。
「すばしっこいんだよ、アイツ」
「そうだな、火蜥蜴に追いつける奴はいないだろう」
大型モンスターとは思えない素早さを持つ火蜥蜴はなかなか対処の難しい相手だ。
「囮役を用意するしかないな」
「どうやるんだい?」
「オレは一度、倒したことがある。
囮役をやるよ」
オレが手をあげたが、背の高い槍使いが絡んできた。
「おい、アンタ偉そうに名乗りを上げたが、冒険者ランクはいくつなんだ?」
「今日【石】ランクになった」
「ひぎゃーはっは、やめた方がいいぜ? どうせ倒したことがあるなんて嘘なんだろ? なあ、みんな」
その槍使いは笑っていたが、周りのギルドの奴らは笑わなかった。
「そうか、お前は長い間旅に出てたからアスランさん知らないもんな」
「わかるわかる、オレだってそうだった。
でも、アスランさんには常識は通用しないんだよ」
ギルドの冒険者たちはその槍使いの肩に手を当てていた。
「え?
お前ら、【石】ランクが火蜥蜴倒せると思ってんのか?」
背の高い槍使いの質問に、周りの皆が頷いた。
「え? 嘘?」
「まあ、見ててくれ。
囮にはなって見せるからさ」
そう言うと、オレは剣を地面に置いて棒立ちになった。
「よし、追い立てるよ!」
火蜥蜴に向かってレイラたち冒険者が追い回していく。
足には自信がある火蜥蜴は、レイラたちに気づくとすぐに逃げ出し始めた。
狙い通り逃げてきた火蜥蜴はオレの方に誘導された。
火蜥蜴はある程度の知力がある。
冒険者が武器を持ってるかどうか、それを判断するくらいには。
「クォラルル!」
火蜥蜴は無防備なオレを見て、一直線に駆け出してきた。
「残念だったな、火蜥蜴。
世の中にはな、落ちている剣を拾うところから型にして、一生懸命練習してる流派があるんだよ!」
落ちている剣を拾い、上段に構えて敵を全力で斬る……それが、グレアス一刀流の【初太刀の型】だ。
突っ込んでくる火蜥蜴は、オレが一番自信のある剣を、その身で受け止めることになった。
「一撃必殺!」
手早く剣を拾い、上段に構えて体重を乗せて全力でぶった斬る。
「キュキュ!」
火蜥蜴は、悲鳴を上げた瞬間には真っ二つになっていた。
ドオオンと、躯体が沈み地面を揺らした。
「へへ、やったな、アスランさん!」
駆け寄ってきたレイラとハイタッチ。
「「うおおおおおお!」」
あら、冒険者たちが駆け寄ってきた。
「怖くねえのかよ!」
「剣を拾ってから斬るまで速すぎるだろ!」
「……そういう剣術だからな」
何だか、一気に冒険者たちに囲まれてしまった。
「アスランさん、冒険者はね。
一緒に冒険に出て、初めて友達になれるんだ。
こいつらみんな、アンタが強いのは知ってた。
でもね、自分の目で見なきゃ、こいつら信じちゃくれないんだよ」
レイラはオレと肩を組んできた。
「倒した分の褒美は出すから、私と宴会してくれるよな?」
レイラはキラキラとした目で見つめてきた。
「オレが活躍しなくたって、どうせ宴会するんだろ?」
「ははは、アスランさんが活躍しないわけないけどさ……
もし活躍しなくたって宴会はするよ、それでアスランさんにも来てもらう。
だって、アンタは友達だからさ!」
レイラがはしゃいでいるのにも理由があった。
エメラルドは獅子奮迅の活躍を見せていて、トルトナム湖に集った最後のモンスターがこの火蜥蜴だったらしい。
「ようやく出番が来たのかの」
小さいエルフがあくびをしながら現れた。
見たことあるな、ああ。
『物見の魔術師』のルミエルか。
「さて、ロープは張り巡らせたかの?」
「はい、きちんと結びました」
『物見の魔術師』ルミエルの質問にレイラが答えた。
「ご苦労……それでは、結界魔術を施す」
ルミエルはロープに杖を絡ませ、その杖にペタペタと呪符を張った。
「皆の者、下がっておれ」
「「はい!」」
ルミエルの言葉に皆はうなずき、後ろに下がった。
「人の住まいし安寧の地を脅かす闇よ。
そなたが蠢くにふさわしい楽園を用意した。
甘い蜜光る楽園をそなたに譲るゆえ、つつましやかに生きる実り少なし我らの寝床に入ってくるべからず……」
【幽世の蓋】
魔力を帯びたロープに光が走り、急速に二つの世界が隔てられていく。
ブレンダン火山とトルトナム湖は、瘴気の有る無しで完全に色分けされることとなった。
迷宮か、そうじゃない世界か……命知らずだけが迷宮へと足を踏み入れる。