36 吸血鬼との戦い
「エメラルド、あっという間にユイカたち3人が無力化されたようだが……」
「無力化だったら、まだいいのですが……」
エメラルドはため息をついた。
ジゼルとカンナが焦点の定まらない眼で、杖で地面に魔法陣を描いた。
「器用に地面に絵を描いてるぞ」
「先生、避けてください!」
二人の杖から火球が飛んできた。
オレの方へ飛んできた火球はとりあえず避ける。
エメラルド目掛けて飛んで行った火球は、慌てて隠れた氷壁が防いでくれたようだ。
「ククク、避けてばかりか。
ほら、今度はこの剣士がお前に斬りかかるぞ」
ユイカがオレに斬りかかって来た。
スピードはそれなりにあるが、何の力もこもってない剣だ。
攻撃に対して、すべて剣を合わせて防御する。
「エメラルド、どうすればユイカたちを助けられる?」
しゃべってる間もユイカはオレに対して攻撃を続けてくる。
「身体を操られているのか、魅了されてるのかわかりませんが……魅了されているのであれば、時間が立てば治るでしょう」
「そうか」
「あ、もう一つの可能性があります」
「教えてくれ」
「血を吸われて眷属にされたのであれば、吸血鬼を殺さなければならないでしょうね」
「わかった」
オレはカーミラを睨んだ。
「何じゃ? その眼は。
ククク、その娘なかなかの使い手であるな。
これほど、動かしていて楽しい召使は久方ぶりであるぞ?」
ユイカはオレに対して、流麗な連撃を加え続けている。
「……なあ、こいつらお前を殺せばもとに戻るのか?」
「ククク、その通りじゃ。
だがの、不死のわらわを殺すのはいささか難しかろうて……」
カーミラは嬉しそうに空中を漂った。
「じゃからの、そなたに教えてやろう。
わらわは類まれなる魔力で、そなたたち人間を操ることが出来るのじゃ」
カーミラは牙を見せつけてきた。
「わらわの魔力はこの牙に宿っておる。
ククク、そなたにできるわけがないが……召使たちを自由にしたくば、わらわの可憐なこの牙、手折ってみるがよいぞ?」
カーミラは自信満々に自分の弱点を見せつけてきた。
「オレに弱点を見せつけたこと、後悔させてやる」
ユイカの攻撃をかわして、オレはカーミラへ近づくため走り出した。
「かかったな?」
カーミラがオレへ向かって片目を閉じた。
「……何ともないが?」
「わらわの精神関与が聞かぬだと?」
体に異常は一つも感じない。
もう少しで動揺するカーミラへ刃が届きそうだ。
「召使どもわらわを守れ!」
ユイカがオレの行く手を阻みに来た。
「これがユイカの剣でなくてよかった。
こんな力のない剣、オレは教えたつもりはないぞ!」
ユイカの連撃をさばいて、弾き飛ばす。
その瞬間、ジゼルとカンナはオレに火球を放ってきた。
「はあああああ!」
【円崩の型、旋風】
その場で急旋回して火球を斬り捌いた。
「な、なんじゃと?
わらわが自ら操ってやったのじゃぞ?」
カーミラの動揺をオレは見逃さなかった。
「や、やめろ!」
【走の型、横薙ぎ】
走り込みながら、カーミラの牙をまっすぐに切りそろえた。
「くう……」
斬り離された牙が地面に落ち、カーミラは牙を斬られてよろめいた。
ユイカたちは、全身の力が抜けてその場にへたり込んだ。
「ククク、はははは。
わらわの操った剣士が負けたのは初めてじゃ。
わらわは器用な方でな、剣も魔法もそれなりには使えるのじゃが……」
カーミラは牙を抑えていた。
「剣は相手を斬るものだ。
お前の動かした剣にはその鋭さがない。
他の流派はいざしらず……うちの流派の一撃の重さ、なめられては困るぞ」
カーミラは愉快そうに笑った。
「ふん、お前の名。
覚えておこう、名は何という?」
「アスラン・ミスガル」
カーミラの眼がより紅々と光ったと思うと、背から黒翼が生えてきた。
それと同時に透き通るように白いカーミラの肌を、深緑色の文様が全身を染めた。
そして、先ほど斬った牙が何もなかったのように、にょきにょきと伸びた。
「それがお前の正体か、吸血鬼カーミラ」
カーミラは悲しそうに笑う。
「わらわとて、先ほどの少女然とした姿の方が可愛らしいと思っておるぞ?
……じゃが、わらわを愚弄した奴らにはお灸を据えてやると決めておる。
こんな風にな!」
カーミラはポーズを決めてウインクをした。
「何か意味があるのか、そのポーズ」
「……な、なぜそなたには効かないのじゃ?」
カーミラはうろたえた。
「さあ?」
「そうか、先生は魔絶型なんです。
カーミラ、あなたがどれだけ魔力が強くとも、先生には届かない。
先生は外界の魔力から隔絶されてるから」
エメラルドは納得したようにうなずいた。
「そ、そんなはずは……それ! それ!」
カーミラは色んなポーズを決めてはウインクをし続けた。
「はあ……眼に毒だ、さっさと斬らせてもらうぞ」
「くそ、逃げさせてもらう」
カーミラは黒翼をはためかせ、上空に飛びあがった。
【翔の型、滝登り】
強く地面を蹴ったオレは、空高く飛び上がりながら、カーミラを斬り上げた。
「なな……」
黒翼を切り刻まれたカーミラはよろよろと地面へ下降していった。
「……クソ、操れぬ人間となど戦ったことがないのじゃ。
かくなる上は、撤退する他ない」
両手を握ったカーミラから、ゆらゆらと存在感が消えてゆく。
「のお、アスランよ。
お主は大した剣士じゃ。
じゃがの、水蒸気となったわらわを剣で攻撃できまい?」
オレはカーミラへ向かって剣を振る。
「クククク、無駄無駄!」
オレの剣は空を切った。
「わらわたち吸血鬼は、水蒸気へと変じ逃げおおせることが出来るのじゃ……じゃが、誇り高い吸血鬼にとって、逃げることは末代までの恥。
アスラン・ミスガル。
……覚えておるのじゃ、わらわは絶対にそなたを許さぬ。
首を洗って待って居るがいい」
水蒸気となったカーミラはゆっくりと逃げようとしていた。
「エメラルド!」
「……あなたが油断してくれて助かりました。
これほど時間をいただけば、私だって上位魔族へ通じる魔力を練り上げることが出来ます」
氷壁の向こうで特大の魔法陣を準備していたエメラルドはカーミラに向かって魔法をぶつけた。
【冥府の氷獄】
魔法陣を飛び出した吹雪がカーミラを包み込む。
「や……やめろおおお!」
水蒸気となっていたカーミラに抵抗するすべはなかった。
大きな氷塊がゴトゴトと動いていた。
「カーミラ。
オレは水蒸気は斬れないが、氷は斬れるぞ」
オレはスタスタと氷塊に近づき、剣を振るい、5等分にした。
エメラルドは勝ち割った氷塊を5つの小箱に封じ込めた。
「この氷、冒険者ギルドで買い取ってくれるでしょうか」
エメラルドは割としっかりものなのだった。