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35 吸血鬼カーミラ

「ここが近道です!」


 エメラルドから自信を持ってお勧めされた道は、オレには迷宮ダンジョンに見える。

 狭くて、薄暗くってジメジメしている……


 その迷宮をオレを先頭に、ジゼル、ユイカ、エメラルド、カンナの順で進む。


 炎魔術が得意なジゼルとカンナは手に魔力を流し続けていて、悪いけどみんなのランタン変わりだ。


「おい、来たときはこんな薄暗い道通らなかったぞ」

「ですが、地図と光図こうずを見比べた時、街道に戻るために一番近いのはこの道だったのです」


 エメラルドは自信を失っていないようだ。


「確かにまっすぐ測ればそうかもしれないが……さっきから縦移動が凄いんだけど。

 上がったり下がったり……その辺計算に入れてないよな?」

「うぐ……計算に入れてます。

 私が計算間違いするわけがありません」


 エメラルドはだらだらと冷や汗をかいていた。


「じゃあ、さっきの『うぐ』って言葉に詰まったのはどういう意味だ?

 なあ、エメラルド、じゃあその汗は何だ?

 冷や汗か?」


 エメラルドはぷるぷると震え出した。


「あ……ア、アスラン先生は意地悪です!」


 エメラルドは口をとがらせて顔から湯気を吹き出していた。


「エメラルド。

 やりこめられてるエメラルドを見るの、珍しくて面白いわね」

「ジゼル、余計なこと言わないでくれます?」


 エメラルドとジゼルの会話を聞くだけで、二人が親しい仲だというのがわかる。

 公爵令嬢と言う身分がそうさせるのか、人との距離を置きがちなエメラルドにしては、ジゼルとの会話は少し気安い気がする。


「二人は友達なんだな」


 オレの言葉にジゼルは下を向いた。


「ええ、昔からの友達です」


 そして、何の屈託もなくエメラルドはそう言った。


「……全くかなわないな、エメラルドには。

 私ね。

 昔はエメラルドのこと、友達なんて思ってなかった。

 いつだって、私の上にはエメラルドがいたもの。

 いつか超えてやるんだって、ずっと思ってたライバルだった」

「ええ、だから友達なんです」


 エメラルドはにこりとして言った。


「いつもいつも私に突っかかってくるジゼルのこと、アスラン先生に相談したことがあるんです。

 いつも全力で向かってくる相手とは仲良くしなさいって、アスラン先生言ってくださいました。

 相手がいないとつまらないだろうって」


 ……エメラルドには悪いが、ちょっと覚えてないぞ。

 何の気なしに話した言葉を大切にしてくれたなら、先生冥利につきるってもんだな。


「ジゼルがいつも全力で向かって来るから、私は何をするにも手が抜けませんでした。

 だから感謝していますよ、ジゼル」

「……もう、こんな洞窟で話す話じゃないじゃない……」


 ジゼルは恥ずかしいのをごまかすためか、自分の髪をくるくるともてあそんでいた。


 ――しばらく歩くと、せまっ苦しい場所から一気に開けた場所に来た。

 壁際にランタンが置いてあって、オレたちが入った瞬間、灯りがついた。


「うわあ、綺麗ですね」


 カンナは開けた空間においてあるお洒落な家具に心惹かれたようだ。


 黒褐色の一枚板の円卓に、清潔感のあるテーブルクロス。

 コート掛けのほか、タンスにも凝った装飾のある鉄具が使われていた。

 それ以外の調度品も、家具にあまり詳しくないオレから見ても品質の良い素材が使われていそうだ。


 ……クソ、まずいことになったな。

 こんな薄暗いところに人間はずっと住めやしない。

 知性とおしゃれ心のある人間以外がここには住んでいたらしい。

 

 まあ、今も住んでいるのかもしれないが……


 とりあえず、抜刀し辺りの状況に目を光らせる。


「ねえ、先生。

 ここ、洞窟なのにベッドの近くに小川もあるよ?」


 ユイカのいう通り、さらさらと清流が流れているようだ。


「一生、外に出なくても干からびないようにしてるってことですね」


 エメラルドはオレのところに近づいて来た。


「すみません。

 私の道選びが原因で、先生のお手を煩わせることになりそうです」


 エメラルドは唇をかみしめていた。


「大丈夫、生きて帰れるさ。

 何が来ても落ち着いて対処できるようにするしかないだろ?」


 オレが気落ちしたエメラルドの肩を叩いてるとき、何者かの声がした。


「何者じゃ? わらわの寝室にドカドカと土足で入り込んで……」


 煌々(こうこう)と瞳を光らせて、その少女はこちらへ歩いて来た。

 いや、足音は一切しない。

 こちらへ浮遊してきたという方が正解だろう。


 一般の女性よりも少し小さい身体に、小さな顔が、憂いを帯びた表情をより儚いものへと感じさせていた。


 極薄の白いワンピースに身を包み、銀色の長い髪を膝まで伸ばしてほほ笑むその姿は、見るものに禍々しさと同時に神々しさをも感じ取らせる。


 精緻に作られ過ぎた顔貌の美しさは、それが故、人でないことを証明しているようにさえ思えた。


「魔族……」


 ジゼルは杖を構えた。


「何者じゃと言うておろう? わらわの質問に答えず、武器を構えるそなたに心など……要らぬのではないか?」


 魔族の少女はジゼルに向かって片目を閉じて見せた。


「あ……」


 焦点の定まらないジゼルはゆらゆらと歩き、魔族の少女の傍らに控えた。


「おい、ジゼルに何をした!」


「クククク、わらわの召使どもを押し潰したのはそなたたちであろ?

 代わりが欲しくての……なあにそなたたちもすぐに物言わぬ人形に変えてやるぞ?」


 魔族の少女は右腕をすっと上に持ち上げた。


「何か来る……耐えろ!」


 魔族の少女が右手から発した突風が、オレ達へ向かって来た。


「「きゃあ!」」


 突風はユイカとカンナを突き飛ばした。

 エメラルドは眼の前に氷壁を作り出して防御。

 

……オレは、ただ黙って耐えた。

痛えよ。


「魔族との戦闘は初めてですが……詠唱が要らないことの優位性をまざまざと見せつけられますね」

 

 エメラルドは悔しそうにつぶやいた。


「ククククク、魔族、魔族と人間はすぐわらわたちを一絡げにしてくれるが……

 わらわをただの下級魔族と一緒にするでないぞ?」


 魔族の少女はユイカとカンナにウインクをして、二人の自由を奪った。


「「あ……」」


 二人はジゼルと同様に、焦点の定まらぬ瞳でゆらゆらと魔族の少女の傍らに控えた。


「ククククク、わらわは吸血鬼カーミラ。

 召使いを潰されて少々頭に来ておったが……そなたたちみたいな美少女が仕えてくれるならば儲けものじゃの」


 不敵な笑顔のカーミラは煌々と瞳を光らせていた。

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