30 光図と輝石
一定間隔で街道に立っている連絡役から情報を得つつ、急ぎ先へ進む。
連絡役からの目撃証言によれば、どうやらユイカたちはトルトナム湖までまっすぐ進んできたようだ。
それにしても、至る所で剣のぶつかり合う音や魔法の発動音が聞こえてくる。
「……まずいことになってるな」
トルトナム湖についてみると、湖畔にはよくあることだが、濃い霧が発生していてモンスターの数や味方の位置などがはっきりしない。
「ユイカを探したいところですが、この霧は厄介ですね」
エメラルドはため息をついた。
「だが、ユイカたちはまっすぐ進んできてるよな?
カンナがどこにいるか、把握できてるのか?」
「ということは、ジゼルはカンナの位置を把握してるってことだね。
あ、そっか。
光図使えばいいんだ」
イリヤは袋から畳んだ黒い布を取り出した。
「さすがイリヤですね。
光図を持ってるだなんて」
エメラルドは関心していた。
「ボクもだてにガーファで騎士団長を務めてないからね」
イリヤは褒められて得意げな様子だ。
「あ、そうだ。
さすがに光図は一つしかないけど、ボク輝石を何個か持ってるんだ」
イリヤはぼんやりと光る小さな石をオレとエメラルドの手にポトンと落とした。
「何だこれ?」
「騎士団や魔法学園で使っている輝石と言います。
演習に来てる教師や生徒たちはみな、輝石を持っているはずです。
先生、輝石を見るのは初めてですか?」
ぼんやりと淡い光が輝石からこぼれている。
「ああ、初めてだな」
「えっとね、輝石を持ってる人の位置が、光図に浮かび上がるんだ。
エメラルド、そっち持って。
先生に見せてあげよう」
「わかりました」
イリヤとエメラルドが両端を持って光図を広げてくれた。
「おお……黒い布におびただしい光の点が浮かび上がってる」
眼がチカチカするな。
「西の方で光っているのは、先ほどの魔法学園の後輩たちでしょうね」
なるほどトルトナム湖からすれば、王都は西にあるからな。
「色が違うが、何か意味があるのか?」
「さすが先生ですね」
エメラルドに褒められてしまった。
「輝石を持っている人の魔力の量を表しています。
無色が一番魔力が弱くて、青、紫、赤の順に強くなりますね」
おびただしい光の粒は、それぞれの色で輝いていた。
「ってことは……魔法学園の先生は魔力が強いはずだな」
「……そうですね、ジゼルは教師として十分な魔力を持っています」
「ってことは……ポツンと二つの光があって、片方がかなり赤に近い光を放っているところ。
……ここだ!
紫と青の光が二つ!」
イリヤとエメラルドも他を探していたが、オレが指さした光を見てくれた。
二人は光図を見回してやがて頷いた。
「「ここしかない!」」
「よし、こうしちゃいられないな。
急ごう!」
「「はい!」」
出発しようと思っていたオレ達に向かって、騎乗した甲冑の騎士が近づいて来た。
「失礼します! もしかして、公爵令嬢エメラルド・クレイ様でいらっしゃいますか?」
「え?
ええ、そうですけど……」
どうやら、騎士はエメラルドに用があったようだ。
下馬して兜を取った、顔をみればまだ青年と言ったところ。
「恥を忍んでのお願いがあります……冒険者ギルドからの出陣要請を受けた騎士団は、現在混乱のただなかにいます。
何とか立て直したいところですが……そのためにエメラルド様のお力を貸してはいただけないでしょうか?」
薄茶色の髪色をした、爽やかな青年騎士は頭を下げた。
「え……でも……」
エメラルドはちらりとオレの顔を見た。
「ジルコム様が率いる我が騎士団は、歴代最強と言われておりました。
ですが……この度の集団戦闘で痛感しました。
我々がどれほど、ジルコム様の軍略あふれる指揮に助けられていたのかを……ジルコム様は今、大けがをして治療院に入院されているのです。
病床のジルコム様が安心して治療に専念できるよう、自分達だけで戦えるのだと証明せねばと頑張りましたが……」
青年騎士は涙ぐんでいた。
「ジルコム? 聞いたことあるな」
「昨日、先生がナイフで倒した斧使いだよ」
「あいつか……見かけによらず知将だったんだな」
つくづく意外性のあるヤツだな、騎士団長のジルコムってやつは。
大男で斧使いだからパワーファイターかと思ったら、魔法も使える軍略家だったとは。
オレはイリヤとひそひそ話をした。
「ジルコムが怪我したせいで騎士団が崩壊してるなら、オレもちょっと責任感じるな」
「先生は悪くないよ。
だってジルコムが喧嘩売って来たんだよ?」
「まあ、そうなんだけどな」
オレたちがぼそぼそ話している間にも、青年騎士はエメラルドに頭を下げ続けていた。
「お願いします!」
「……私、でも……」
どうやら、エメラルドはユイカを助けに行きたいようだ。
「仕方ないな。
エメラルド、騎士団にはボクがいくよ」
「……イリヤ」
イリヤはエメラルドの肩を押した。
「ユイカとジゼルのことよろしくね」
「イリヤ、ありがとうございます!」
エメラルドはイリヤに礼を言うと、走り出した。
「先生、ユイカのところへ急ぎましょう!」
「いいのか?」
「私は今は魔術師長ではありませんから騎士団の要請に答える義理はありませんし……それに、騎士団を率いるのにこれ以上はない人材が他にいますからね」
イリヤはガーファ王国の元騎士団長だ。
「確かに」
エメラルドとともに、光図で示された青と紫の光の下へ急いだ。
★☆
「失礼だが、貴殿の名前と所属を聞いてもいいか?」
エメラルドの代わりに来たのがボクでがっかりしたのか、不服そうな顔をして青年騎士はボクにそう尋ねた。
「所属……アスラン一刀流で師範代をしてる。
名前……イリヤ・スイレム」
「なーんだ、綺麗な女だと思ったが、ただの女剣士か。
おまけに聞いたこともない道場だ。
助力は感謝するが、貴殿にエメラルド様の代わりは務まらんと思うぞ?」
ボクが剣士だと聞くと、この青年は急に態度が大きくなったように思う。
「私は伝令を務めていてな、騎士団本隊は遠くで戦っているのだ。
そこで、エメラルド様を見かけてな。
あのお方は魔力も高いが、采配も鋭いのだ。
ちょっと今、騎士団は浮足立っている。
ぜひ、エメラルド様にご助力いただこうと思ったのだがな」
青年はがっくりと肩を落としていた。
「ああ、そうそう。
私の自己紹介をしてなかったな。
男爵令息、ライル・アンバーだ」
にこりともせず、ライルは自己紹介をした。
「わかった、覚えた」
当然ボクもピクリとも笑わない。
「……君は礼儀を知らないみたいだな?
まあいい、平民女に目くじら立てるのも心が狭いからな」
ライルはそう言うと馬に飛び乗った。
「急ぐからキミも乗りたまえ」
「ボクが? 何に乗るの?」
「私の馬だ、ほら急ぐから乗るんだ。
貴族の馬に乗れるのは嬉しいだろう?」
ボクの手を引こうとしたライルを足運びでかわす。
「わわわ!」
ライルはバランスを崩し、落馬しそうになっていた。
「気安く触れないで」
ボクの身体に気安く触れていいのは、この世で一人だけなんだから。




