03 冒険者ギルドに認められる
「やめないか!」
女性が、響く声で冒険者ギルドを制した。
「いきなり抜刀してすまないな、アスランさん」
駆けつけてきた長身の女性が頭を下げた。
「レイラ、なんでアンタが頭を下げるんだ!」
レイラと呼ばれた女性は、駆け寄ってきた剣士の手を振り払った。
「黙れ!」
レイラは頭に血が上った冒険者たちを睨みつけながら一喝した。
「ベンとティアニーのこと、アンタらの怒りはわかるよ。
ただね、アンタたちは何の話も聞かず、抜刀して集団で取り囲んだ。
それはね、肝っ玉が小さいんじゃないかって言ってるんだ。
ギルドマスターの私に恥かかせるんじゃないよ!」
辺りは静まり返った。
「……レイラ、すまなかった」
剣士は頭を下げた。
「わかってくれりゃいいんだよ。
早く武器をしまいな」
冒険者たちは一斉に武器をしまった。
「ははは、すまない。
アスランさん、こいつら気のいい奴らなんだが早とちりでね。
取り囲んだことについては、こちらから謝罪をするよ」
「謝罪はいい」
「じゃあ、お言葉に甘えるとして……アスランさん、いったい何の用でここに来たんだい?
事と場合によっては、お帰り頂くよ」
レイラはいつでも剣を抜けるよう、冷静にオレの一挙手一投足に視線を向けていた。
「グレアス一刀流を抜けた。
働かなくちゃ飯が食えないから、冒険者登録をしたい」
「え……それだけか?」
レイラはがくっと肩の力を抜いた。
周りの冒険者もぽかんとしていた。
「ああ、それだけだ」
「何だよ。
こっちは昨日道場破りに行ったベンとティアニーの件で、やり返しに来たのかと思ったよ」
気が抜けたのか、レイラの顔に笑みがこぼれる。
「ベンとティアニー……ああ、一昨日来た道場破りか。
いつものように軽くひねってやったが、怪我はさせてないぞ」
レイラは眉をひそめた。
オレは嘘を言っていないが、レイラもオレをだまそうとしているわけではなさそうだ。
「奴らは両手両足に大ケガを負っていた。
うちの冒険者はやんちゃな奴も多いんだ。
だからさ、グレアス一刀流に喧嘩ふっかけるような奴らもいるんだ。
馬鹿な奴らが道場破りに行くのは、ずっと前からだが、最近ひでえ怪我をして帰ってくるようになったんだ」
レイラはオレを見定めているようだ。
「そう、それはグレアス一刀流の先代が病に倒れちまった時からだ」
レイラだけでなく、冒険者たちの視線がオレに集中しているのがわかる。
「なるほど。
先代が病に倒れてから、道場破りは全員オレが相手をしてきた」
「てめえ、やっぱりアンタが……」
先ほどの剣士が剣に手をかけ、近づいて来た。
なるほど、そうであればオレを睨むのも状況的に仕方ないな。
オレは頭を下げた。
「な……」
突然頭を下げたことに面食らったのか、剣士は後ずさった。
「話を聞いてくれ、頼む」
「……アスランさん、顔を上げてくれ。
アンタの話を聞き終わるまでは、こいつらに手は出させないからさ」
レイラは剣士の肩に手を置いた。
「なあ、話を聞きなよ。
ここまでしてくれてるんだからさ」
「……わかった」
剣士は近くの椅子に腰かけた。
「先代が倒れてから、道場破りはすべてオレが対応している。
というのも、相手に怪我をさせたくないからだ。
腕に差があった方が手加減しやすいからな。
レイラと言ったか?
ギルドマスターほどの腕であれば同意してもらえると思うが」
「レイラでいいよ。
たしかに相当力量の差がないと、手加減っていうのは難しいからね」
レイラは何度もうなずいていた。
「擦り傷などは、木剣であっても多少仕方ないところだ。
ただ、骨折はいままで一度もさせたことがない」
「じゃあ、あいつらはなんでボコられたんだよ?」
剣士は腑に落ちないといった表情だ。
「アスランさんが一騎打ちした後に、調子にのった弟子たちがリンチしてしまったんだろうね」
レイラの想定が当たってるのかもしれないな。
「おそらく。
……ただ、そうであってもグレアス一刀流の落ち度だろう。
だから、オレから謝罪させてもらおう。
先代が倒れた後、道場の指揮はオレが行っていたからな。
正直、グレアス一刀流は一枚岩ではなかった。
師範代として、力が及ばなかった」
しっかりと腰を入れて謝罪をした。
結局、オレはマリクたちをまとめきれなかったからな。
「アスランさん、顔を上げてくれよ。
アンタ、今はグレアス一刀流はやめたんだろ?」
「ああ」
レイラはオレと肩を組んできた。
「冒険者登録をしに来たって言ってたな?」
「ああ」
「ようこそ、冒険者ギルドへ!
アンタの剣の腕は知ってる、試験は免除だ。
ランクは一番低い【木】のとこからだけど、アンタだったらすぐにてっぺん取ってしまうかもね」
受付嬢がギルドのランク表を持ってきた。
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1 龍牙 【ドラゴン】 現在空位。
2 金 【ゴールド】 国に一人。龍討伐等最高難度の依頼のリーダー。
3 銀 【シルバー】 国に数人。複数のダンジョン踏破者。レイラもここ。
4 鉄 【アイアン】 街に数人。ギルドマスターは「鉄」以上が条件。
5 青銅 【ブロンズ】 冒険者ギルドの実力者。
6 骨 【ボーン】 ダンジョン探索可能。
7 石 【ストーン】 護衛任務可能。
8 木 【ウッド】 初めはみんなここ。
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へえ、ランクを上げないとダンジョン探索すらできないのか。
ギルドマスターのレイラが歓迎の意志を示したためだろう、冒険者はわらわらとオレに集まってきた。
「ジーナ、酒持っておいで」
「は、はい!」
レイラの指示で受付嬢のジーナが走り出す。
「みんな、元グレアス一刀流、稀代の剣士アスラン・ミスガルは今日からうちの仲間だ!
今日は私のおごりだよ。
めいっぱい新入りのアスランさんを可愛がってあげな!」
「「おお!」」
レイラの合図で酒盛りが始まった。
後でレイラに聞いたんだが、死と隣り合わせの冒険者たちは、何かにつけて酒盛りを繰り返す性分の奴が多いらしい。
「すまねえな、アスランの旦那。
いきなり抜刀しちまってよ」
先ほどの剣士が肉を持ってお詫びに来てくれた。
「ベンとティアニーさ、俺と年が近くて……何度も冒険に行った友達なんだよな」
「オレの腕を知ってて、友達のために一番に突っかかってきたんだ。
君はいい奴なんだろうな」
キョトンとした後、剣士は頬をゆるめた。
「……アスランの旦那、オレのこといい奴なんて言ってくれたの、アンタが初めてだぜ」
「おい、トロサール。
なんで泣いてんのさ」
「う、うるさいぞレイラ!」
トロサールと呼ばれた剣士は、レイラにからかわれて怒っているが、レイラは気にせずけらけらと笑っていた。
「あ、先生だ。
何やってるの?
ごちそうじゃん」
ユイカが冒険者ギルドにいつの間にかいた。
「お、ユイカ。
先生の歓迎会だよ、食べていきな!」
どうやらユイカとレイラは知り合いだったようで、ユイカはオレの隣で肉や魚をガツガツと胃袋に流し込んでいた。
「食いしん坊だな」
「もう。
食いしん坊じゃなくて成長期っていうんだよ」
いや、ユイカは成長期かつ食いしん坊だと思うが……
結局、その日は宴会をしただけで終わってしまった。