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断章 イリヤ・スイレム

 アスラン先生が剣聖に任命されず、グレアス一刀流を抜けた。

 

 ユイカから知らされたボクは、何も躊躇せずユトケティアに向けて馬を走らせた。


 街道を行き来する定期の馬車なんて待ってられない。


 だってボクは、先生がどれだけ剣に懸けていたか知っているから。


 ようやくユトケティアについて先生に会えた時、涙がこぼれそうだったけど、我慢してた。


 きっと泣きたいのは先生の方だろうから。


 だからボクはその夜、先生を楽しくもてなすことにした。


 ガーファにはとても美味しいものがたくさんある。

 エメラルドも同じことを考えていたようで、先生の家にガーファとユトケティアの料理をいっぱいそろえて、みんなで楽しめるようにした。


 冒険者ギルドの仲間や、先生を慕って集まってくれたグレアス一刀流の後輩たち。


 剣聖になれなくてグレアス一刀流を抜けたとしても、先生は一人じゃなかったんだ。


 ボクは目頭が熱くなった。

 そして……同時に、こうも思った。


 先生の剣の腕と人徳をもってすれば、自前の道場を持つことも夢じゃない。


 隣にいたエメラルドと目が合った。


 ……ボク達は一言も交わさずに、固い握手を交わした。

 目が合った瞬間、同じことを考えていると分かったから。


 「剣聖」は何もグレアス一刀流から選ばれると決まったわけじゃない。

 ユトケティアの一番強い流派の代表が「剣聖」になる。


 だから、アスラン先生が代表を務める流派を起こして、ユトケティア一の流派になれば、先生は「剣聖」になることが出来るんだ。


 その日から、ボクとエメラルドはあちこちを走り回った。


 ボクとエメラルドが席を置いていた魔法学園や、冒険者ギルドに乗り込んで一生懸命に勧誘をした。

 グレアス一刀流の先生の門下生たちにも会って、先生が道場を開いていることを伝えた。


 先生は、冒険者としての仕事があるから、集めた門下生たちの指導も、ボクとエメラルドで行った。

 

 日に日に門下生は増え、ついには道場に収まらなくなったとき、ボクとエメラルドは先生に隠れてハイタッチをした。


 門下生の数で王都一になれば、正式な流派として認められないはずがない。

 そして、こと剣術の試合において、先生が不覚を取る相手なんてボクは知らない。


 先生の弟弟子で現剣聖のマリクも、ユトケティアの騎士団長も、ガーファの副騎士団長ランスも。

 

 そして……ガーファの騎士団長だったボクだって、先生の相手にはならなかった。


 そう、アスラン先生「剣聖」化計画は、順調に進んでいるんだ。


 それに、今ボクが誰にも気取られずに進めているもう一つの計画のためにも、先生には「剣聖」になってもらわないと困るんだ。


 あ、そうそう。

 ボクのもう一つの計画も順調に進んでる。


 ……ボクはここ何日かで急速に先生の胃袋を掴みつつある。

 ガーファのお茶は扱いが難しくて、美味しく淹れるのは実は結構大変なんだ。

 お湯の入れ方や、蒸らし方……きっと先生はボクが淹れるお茶じゃないと満足できなくなってるはず……


 ボクのお茶を飲んで嬉しそうにしてる先生を思いだして、幸せな気持ちになってしまった。


 でも、嬉しい時こそ平常心。

 ボクの計画は誰にも気取られてはならないんだ。

 

 『将を射る前に馬を射よ』


 ボクは自信家じゃない。

 先生がボクに向けてる感情はとても暖かいものだけど、愛情じゃないなんてこと、ボクにだってわかってる。


 だから、先生の心を手に入れるその前に、障害はすべて取り除いておく。

 

 ボクの結婚相手として、お父様は武力を、お母様は爵位を求めている。

 

 お父様は問題ない。

 先生以上の武力の持ち主なんていないんだから。

 

 その点、お母様……


 ユトケティアでは一定の功績を認められたら、平民でも爵位を授与される制度がある。


 だから、ボクは強くならなきゃならない。

 迷宮ダンジョンだろうが、戦場だろうが先生の隣に並び立ち、少しでも先生が武功をあげる手伝いをするんだ。

 

 先生ならば武功を立て、きっとお母様も満足する爵位を手に入れられるはず……


 先生からもらった髪留めにそっと触れた。

 それだけでボクは嬉しくなってしまう。


 ……ねえ、先生。

 ずっと追いかけていくからね。


 ボクは先生の隣にいたいから。

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