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25 イリヤと決闘(1)

「先生、来てくれた」


 足音に気づいたのだろう、庭に出ていたイリヤはオレを見つけて嬉しそうに笑う。

 王宮から道場へ戻り、オレもイリヤも既に着替えを済ませていた。


「先生はやっぱり燕尾服より練習着の方がカッコいいよ」


「そうか? 髭剃ったから落ち着かないんだけどな。

 しかしさ、イリヤ。

 ただの手合わせにこんなもの必要か?」


 部屋のドアノブに張り付けてあった手紙にはこう書かれてあった。


「果たし状。

 道場で待ってる。……イリヤ・スイレム」


「ふふ、気分が必要なの」


 口角をあげて笑うイリヤの顔には夕日が差し込んでいた。

 オレと戦うのが嬉しくてワクワクしてるっていうのが表情から伝わってくるな。


 イリヤの白いロングワンピースが夕陽に照らされて眩しく見える。

 それに……着替え終わったのに、イリヤは銀の髪留めをしたままだった。


「先生は今日、ジルコムやランスとずっと戦ってたよね」


「ああ、正直くたびれたぞ」


 ちゃんと集中して戦ったからな。

 オレだってそれなりに疲れてはいる。


「ボクはずっとウズウズしてた。

 先生と戦いたくって」


 夕暮れに照らされて、イリヤの金色の瞳が鋭く光っていた。


「イリヤ、いい眼をするようになったな」


「……ガーファに帰ってから、ボクはずっと再び先生と戦える日を夢見てた。

 できれば、誰の邪魔も入らない、二人きりのときにね」


 庭から道場に上がって来たイリヤは、はやる気持ちを抑えるように深呼吸をした。


「先生、一つだけ教えて。

 どうして剣を抜こうとしたランスをかばったの?」


 眼光鋭く、イリヤはオレを見定めていた。


「……何のことだ?」


「とぼけないで」


 イリヤは顔をほころばせて笑った。


「先生はボクにだけ暗器についての特別授業をしてくれた。

 王宮で刺客に襲われた時も対処できるように」


 胸に手を当てたイリヤは、大事な思い出を語るように、ゆっくりと話し出した。


「仕込み杖に手裏剣、煙管キセルの吹き矢。

 そして……腰帯剣。

 先生の暗器の授業はとても役に立ったよ」


 ははは、イリヤはオレが動揺するかどうか確かめようとしてやがる。

 ……本当に成長したんだな、イリヤ。


「ランスのベルトが決闘のときと変わってたことに気づいたのは、先生だけじゃないよ」


 心理戦はイリヤの方が一枚上手のようだ。

 イリヤがオレの授業を覚えているのが嬉しくて、思わず顔がほころんでしまった。


「全く、オレは幸せものだな。

 生徒が一流なおかげで、まるでオレの指導が素晴らしかったかのように錯覚してしまう」


「先生は一流だよ。

 とても遠くて、ボクなんてまるで及ばないところに立ってる」


 笑顔を浮かべるイリヤが寂しそうに見えたのは、オレの勘違いだろうか。


「授業を真面目に聞いてくれていた、自慢の弟子に免じて質問に答えるよ。

 王宮で腰帯剣を抜き放ったならば、ランスには死罪が下されるだろう。

 たとえ、ランスが公爵令息であってもだ」


 イリヤは頷いた。


「ランスの腰帯剣に気づいた時、とっさに体が動いたのもあるが……

 ランスが死罪になった後のことを考えた。

 ここ数日で、ガーファの置かれた現状について、オレも少しは知ることが出来たからな」


 イリヤは表情一つ変えなかった。


「ランスに死罪が言い渡されたとき、四大公爵たちはどう思うだろうか。

 公爵令息ですら、死罪を言い渡された。

 次は……自分なんじゃないか」


 イリヤは眉をピクリと動かした。

 ……まだまだ甘いぞ、イリヤ。


「そう考えた四大公爵が反乱を起こしたならば、と考えて血の気が引いた。

 ヤケを起こした四大公爵が狙うのは……」


「そうか、ボクだね」


 オレはうなずいた。


「剣を抜こうとしたランスの前にはオレとイリヤがいた。

 私怨からオレに剣を向けたランスの行動が、死によってやがて大義へとすり替えられていく。

 刑死したランスは、暴虐なるゼキ王の娘、イリヤを殺そうとした英雄なのだと、公爵たちの反乱軍に担ぎ上げられて……」


 イリヤは拍手をしてくれた。


「ガーファに行ったことのない先生が、これほど見事な推理をするなんて……ますます、ただの道場主にしておくわけには行かないよ」


 イリヤは嬉しそうに笑った。、


「だって英雄王ゼキを超えられるのは、先生しかいないんだから」


「買いかぶるなよ、オレはランスを殺さなかった方がイリヤの危険が少ないと思っただけだ。

 やけを起こした公爵たちがイリヤに何をしてくるかわからないからな」


「ってことは……先生、ボクのためにランスをかばってたの?」


 どうやら夕陽は激しさを増したらしい、イリヤの顔を真っ赤に照らしていた。


「……そうかもな」

 

 オレの言葉を聞いて、イリヤは満面の笑みを浮かべ、双剣を手に取った。

 同様にオレも剣を手に取った。


「先生にボクがどれだけ強くなったか知ってほしい。

 そして、ボクも知りたい。

 先生の剣にどれだけ近づけたのか」


 イリヤは腰を低くして双剣を構えた。

 静止はせず、ゆらりゆらりと独特なリズムを取っている。


 イリヤは二つの剣術を習得している。

 グレアス一刀流と、ガーファに伝わる双剣術。


 どうやら、まずは双剣術から試合に入るらしい。


 さて、オレはどの構えから入るか……

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