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24 恩を売る

「な、なんだと……」


 抑え込まれた腰帯剣を抜こうと、ランスは必死に手を動かした。


「抜かせねえぞ、馬鹿野郎!」


 ランスを抑え込んでる方の反対の手で、後頭部に手刀を見舞い、大人しくさせる。


「う……」


 気を失い、倒れ込もうとしたランスを担ぐ。


「先生、ランスどうしたの?」


 どうやら、イリヤには今までの流れは見えてないようだ。


「……ランスが急に具合が悪くなって倒れた。

 イリヤ、ランスの親父はどこだ?」


「えっと、ガーファからの視察団はずっとまっすぐいって突き当りを右に部屋が用意されてる。一番奥がギルスタッド公爵の部屋だけど……」


「分かった!」


「ど、どうしたの先生!」


 イリヤの呼ぶ声を無視し、一直線に公爵がいる部屋へ。


 ☆★


 オレは公爵の部屋に行くと乱暴にドアを開け、ランスと部屋に入った。


「何だアンタは……

 お前はアスラン・ミスガル!

 ランスをどうした?」


 物言いからすると、ソファに腰掛けてるこの親父が、ランスの父親の公爵か。


「どうもこうもない、静かにしな。

 ランスを死なせたくなかったらな」


「何だと……」


 ドサッと、地面に気絶したランスを下ろす。


「アスラン!

 お前、ランスに何をした!」


 騒ぎ立てる公爵に構わず、ランスのベルトを外す。


「何をする!」


「これを見ろ!」


 オレを止めようする公爵を振り払い、ランスが腰に仕込んだ腰帯剣を脱がせ、公爵に見せつけた。


「こ、これは……」


「アンタも見たことあるだろ。

 暗殺者が使うベルトに見せかけたむちのようにしなる剣。

 ……腰帯剣だ」


「ランスがこれをつけていたって言うのか……」


 公爵はうろたえていた。


「ああ、それだけじゃない、オレに斬りかかろうとした。

 よりにもよって……王の間に続く廊下で、オレがイリヤと歩いているときにだ。

 腰帯剣を抜き放った途端、警護の兵に斬り捨てられてもおかしくなかった」


「ああ……」


 公爵は呆然と立ち尽くした。


「先生、ランス大丈夫?」


 イリヤが心配して扉の外から声をかけてきた。


「……大丈夫だ。

 部屋に公爵がいたから任せるつもりだ、すぐ戻る」

「わかった、扉の前で待ってる」


 イリヤは扉の前で待ってるのか。

 遠くに行って欲しかったが……


 仕方ない。

 公爵と部屋の奥へ行き、声量をぎりぎりまで落として話を続けた。


「腰帯剣について、イリヤ姫はご存じなのか」


「ランスに剣を抜かせずにオレが手で抑えたから、イリヤは気づいてないはずだ」

 

 公爵は土下座をした。


「そうか……。

 アスラン、頼む。

 何でもする……このことはイリヤ姫には黙っていてくれ」


「公爵、お前も人の親なんだな。

 ランスが可愛いか?」


「ああ、我が子だからな……」


 少しはにかんだように見えた。


「あの会場でオレとランスの戦いを見てたか?」


「ああ……アスラン、見事な腕だったな」


 オレはそんな言葉が聞きたいんじゃない。


「そんなことは今どうでもいいんだ。

 ランスに軽口を叩いて吊るし上げられた子にも、親がいたんだよ。

 その親は我が子を助けるためにランスに土下座までした。

 公爵家にたてつくってのは、勇気がいるもんだと思うけどな」


「あ……」


 ようやくオレの言いたいことが分かったようだな。


 いつまでも土下座させておくわけにもいかないか。

 公爵の手を引っ張って立たせた。

 

「あの場でランスの愚行を見てたなら、止めろよ。

 子を思う親の気持ち、アンタもわかるんだろ?」


「……すまなかった、アスラン。

 返す言葉もない」

 

 公爵はオレに頭を下げてくれた。


「……アンタがランスの性根を鍛え直すって言うなら、王宮で剣を抜こうとしたことは誰にも言わないでおく」


「わかった、私がランスを教育しなおそう。

 もっとも私にその資格があるかはわからんが……

 恩に着るぞ、アスラン」


 公爵はオレの手を握った。

 

「アスラン、借りを作っておくわけにもいかん。

 何か望みはないか?」


「そうだな……」


 もらえるものはもらっておく主義だが……今は王から金をもらったので、不自由はしてないしな。


「ランスが吊るし上げたあの子どもと両親、ガーファに住んでるよな?」


「ああ、私も顔だけは見たことがある」


「公爵家にたてついてしまったって内心震えてるだろうから、金一封でも包んであげたらどうだ?

 そしたら英雄王ゼキも、ギルスタッド公爵家を許してくれるかもしれないだろ?」


「そうだな、いい考えだ。

 そうしよう。

 あの親子には人の心を教えられたからな」


 ギルスタッド公爵は満足げに頷いていた。


 さて、そろそろ行くか。

 いつまでも姫様をドアの前で待たせるわけにもいかないからな。


「失礼したな」


 帰ろうとしたオレに公爵が話しかけてきた。


「アスラン、もし私にできることがあったら言ってくれ。

 何でもしよう、君の恩には報いるから」

「……わかった、覚えておく」


 ――公爵に礼をして、部屋を出た。


「待たせたな」


 イリヤは夕暮れ空を見ていたが、オレの声を聴くとすぐに振り返った。


「先生、ランスの具合はどうだった?」


「あ、ああ……」


 そう言えば、ランスの具合が悪いって嘘ついて公爵の部屋へ走ったんだっけ?


「ああ、気持ち悪そうだったから寝かせてやったら落ち着いたようだ。

 公爵にまかせて大丈夫だろ」


「そう。

 だったらいいけど

 ねえ、先生。

 一緒に帰ろうよ」


「そうだな、疲れたし……

 そうだ、エメラルドも一緒に帰るんじゃないのか?」


「あ……えっとね、先に帰っててって言ってた」


 イリヤの眼が泳いでいる。

 そうか、イリヤも疲れてたんだな。


「わかった、じゃあ一緒に帰るか」


「うん」


 イリヤは嬉しそうにオレの手を引いて馬車を目指して走り出した。

 おい、装飾品がじゃらじゃら言ってるんだけど……


「正装してるんだからゆっくり歩けよ」


「ジャラジャラ言わせるのがいいの」


「そんなマナー聞いたことないぞ」


「今、ボクが考えた」


「何だよ、それ」


 楽しそうにはしゃぎながら馬車まで向かうイリヤは、王の間で敬語使っているときより、随分生き生きしているように見えた。


 ――馬車に乗り込んだイリヤはすぐに眠ってしまった。

 ウトウトしながらもオレの肩に頭が当たると体をビクンとさせて、起きてはまたウトウトするのを繰り返していた。


「遠慮するなよ」


 まどろんでいるイリヤの頭をオレの肩につけた。


「う、うん。

 ……先生ありがと」


 イリヤは眠気をこらえきれなかったようで、肩に頭を乗せ寝てしまった。


 オレも寝ようかと思ったが、妙に頭が冴えて眠れなかった。


 腰帯剣か。

 非武装を強いられる晩餐会ばんさんかいなどでの使い道しかないから、ユトケティアやガーファでは普通の武器屋では取り扱っているのをみたことがない。


 暗殺者集団が使用しているとの噂を聞いたことがあるが……


 まさか、ランスが暗殺者集団とつながりがあるというのか?

 

 いや、ランスだけがって言うより親父の方だろうな。

 ギルスタッド公爵本人が暗殺者集団とつながってると考えた方が良さそうだ。 


 尊大な四大公爵。

 身分にとらわれない登用をする英雄王。

 英雄王を支持する民衆たち。

 そして、暗殺者とつながりのある公爵。

 

 ――意図せずガーファ王国の内情に触れてしまい、背筋が冷えた。


 もしかしたら、しばらくイリヤをガーファに返さない方がいいかもしれないな。


 隣で安心したように眠っているイリヤに、辛いことなんて起きてほしくはないから。

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