23 決闘のご褒美
「アスラン一刀流師範、アスラン・ミスガル。
国際親善試合において我がユトケティアを代表し、ガーファ代表ランス・ギルスタッドを倒したこと、大義であった」
「ははー、もったいないお言葉」
王に呼び出されたオレは、お褒めの言葉を頂くため、王の間へ。
事前の打ち合わせ通りに平伏し、王の言葉に対して感謝を述べる。
もちろん、しっかり台本がある。
由緒正しい平民のオレが、台本も無しに王に面会するなどできるものか。
何が失礼なのかすら、オレにはわからないからな。
「このアスラン、矮小なる身ながらも我が祖国ユトケティアのため、粉骨砕身剣を振るいました。
その結果として、陛下に勝利をお届けできたこと、恐悦至極に存じます」
ははは、台本があるとはいえこの長ゼリフ、噛まずに言えたオレを誰か褒めて欲しいんだが?
ちなみにこの台本は、イリヤが書き、エメラルドが推敲した逸品だ。
「フハハハ、アスラン。
イリヤ姫が我に話していた通り、ユトケティア王国一の剣士という噂、まんざら嘘でもないようだな?」
「ははー、もったいないお言葉」
とりあえず、何か言われたら『もったいないお言葉』と言えと、イリヤとエメラルドから指導されている。
「イリヤ姫」
「フィリップ王、どうしました?」
おお、イリヤが珍しく敬語を使っている。
もっとも、これはイリヤが無礼であるということではなくて、イリヤが敬語を使わなければならない数少ない相手が、このユトケティア王国のフィリップ王であるということだ。
「アスランの活躍をそなたの父、ゼキ王にも伝えておこう。
そなたの師たるアスランが勝った。
ゼキめ。
可愛いイリヤを手元に置きたい気持ちはわかるが、もう少しユトケティアに遊学させておけと、ゼキにはワシから言っておく。
フフ、ワシにとって子にも等しいそなたからの頼みであるからの」
「ありがとうございます、フィリップ様」
オレの横に立つイリヤは、王にユトケティア式の礼をした。
……ちっとも知らなかったが、イリヤとフィリップ王は親交があるらしい。
「さて、アスラン」
「……ははー、もったいないお言葉」
急に話振ってくるなよ、ビックリするだろ。
「そなたには褒美を取らせようかの」
「ははー、もったいないお言葉!」
一応こう言っておくが、由緒正しき平民としては、もらえるものはありがたく持って帰るつもりだ。
「持ってまいれ」
女官が重そうな箱を4人がかりで持ってきて、オレの目の前でパカッと開いた。
「これ、全部金貨ですか……」
あまりの量に絶句してしまった。
5年くらい、遊んで暮らせるんじゃないか?
「……今のそなたには必要ないほどの額かもしれんがの。
使うべき時が来たら、思い切って使ってくれ。
そなたであれば、無駄な使い方はしないであろうからの」
フィリップ王はにやりと笑っていた。
「さて、ところでイリヤ姫」
フィリップ王は伸ばした髭を触りながら、イリヤに話しかけた。
「ガーファの代表のランス・ギルスタッド君だったかな?」
「ええ、うちの公爵令息ランスがいかがしましたか?」
フィリップ王と、イリヤは何やら目くばせしたように見えた。
「ワシはランス殿を勇猛な男だと思っておるのだがの、ちょっとうちの家臣たちの評判が良くない。
いやー、家臣たちの見間違いだと思うのだがの。
両国の友好を深めるべき親善試合で、幼きこどもに激昂し、武器で脅したと聞いたものでな?
さらに、決闘に負けたのになかなか敗北を認めぬ無様な振る舞いをしたとか……
のお、イリヤ姫よ。
誇り高きガーファ王国の公爵令息が、そんな下劣な人間のはずがあるまい?」
おどけた口調で話すフィリップ王だが、眼はちっとも笑っていない。
それに対して、イリヤも冷え切った眼をして、フィリップ王へ返答した。
「フィリップ王、それはきっと見間違いでございましょう。
誇り高きガーファの男がそんなことをするはずがない。
例えばの話ですが……もし仮にランスがそんなことをしでかしたとしたら、きつくお灸をすえておきましょう。
冷たい地下室に閉じ込めて、己の所業を反省するよう、きつく言い聞かせておきますゆえ」
二人は互いに見つめ合い、乾いた笑いで王の間を満たした。
……国の代表ともなると、回りくどくて面倒くさいな。
つまりはこういうことか。
フィリップ王はガーファ王国を責めていると思われないよう、婉曲的な言い回しでランスの愚行に対するクレームを伝えた。
それを受けたイリヤは、ガーファ王国の公式見解としては、ランスの愚行を否定しつつ、国内での沙汰においてランスを処罰することを確約した。
ふう……建前と本音ってやつか。
王侯貴族ってやつの駆け引きめいた物言いは、ほんっとに肩がこるな。
「……のお、アスラン」
あ、やばい。
ぼんやりしてて王様の話聞いてなかった。
「ははー、もったいないお言葉」
「おぬし、それしか話せんのか。
ワハハハハ」
よし、許された。
★☆
王の間を出て、夕陽に染まる廊下をイリヤと二人で歩く。
あ、お金は持ってないぞ。
後で道場に送ってくれるそうだ。
「フフ、先生。
一気にお金持ちだね」
「姫様にそう言われてもな」
確かにしばらく遊んで暮らせそうな金だが……
さて、何に使うかな。
それよりも今、オレが気に掛かるのはガーファ王国のこと。
「なあ、ランスってさ。
嫌われてたのか?
ランスを倒した後、ガーファの連中から胴上げされたんだけど……」
「……ランスがって言うより、ガーファ国内の中で四大公爵家があまりよく思われていないんだ」
あくまで冷静にイリヤは話を続けた。
「四大公爵家は今まで王家を凌ぐほどの権力を持っていた。
ランスを見たらわかるかもしれないけど、権力を笠に着てやりたい放題やってた。
そこに現れたのが、圧倒的な武力を誇る一人の男」
「……英雄王ゼキか」
「そう、ボクのお父様だね」
世情に詳しくないオレとて聞いたことがある。
ガーファの英雄王と呼ばれるゼキ・スイレム。
身分にとらわれない登用を行って、庶民からの人気は今物凄いものがあると。
イリヤとこういった政治の話をするのは初めてかもしれないな。
流暢に語るイリヤだが、昔はとっても口下手で友達を作るのが苦手だった。
剣の腕だけでなく、イリヤはしっかり成長してるんだな。
王様との話と言い、ふふ、敬語を使うイリヤなんて初めて見たぞ。
……ははは、年なのか、ちょっとしたことでも感動してしまうな。
「何で嬉しそうなの?」
「あ、いや。
イリヤがよくしゃべるようになって嬉しくて」
「もう……確かにボクは子どもの頃、無口な方だったけどさ」
イリヤはむすっとしていた。
「ボク、ちゃんと訓練したんだよ」
「ごめん、ごめん。
怒るなってば……それでさ、ランスってどうなるの?」
「そうだね、しばらく外出せずに家にこもってお父様に会わないようにするしかないね。
父は武を大切にする人だから、決闘を汚したって知ったら殺されるだろうから」
「……怖いな」
「先生はお父様に好かれるタイプだから大丈夫だよ、今度紹介するね」
「……遠慮しとく」
「もう……いつか絶対に会ってもらうからね!」
軽口を叩きながら廊下を歩いていると、ただならぬ気配が前から迫って来た。
「お前さえいなければ……アスラン、お前さえ!」
ランスはオレに素早く近づいて来た。
丸腰で殴り掛かってくる気か?
ランスは自分の腰に手を当てた。
……まさか、ランスのヤツ腰帯剣をベルト代わりに仕込んでやがるのか?
よく見れば昼間よりランスのベルトが太い……当たりだな。
しなった剣をベルト代わりに仕込んで王宮に持ち込みやがったのか、馬鹿野郎!
決闘の時とは違って、王の間の目の前だぞ。
それに姫であるイリヤの前で刃物なんか抜いてみろ、一発で死罪になるに決まってる!
「この大馬鹿野郎が!」
全速力でランスに近づき、ランスが抜き放つ前に腰帯剣を握りこんだ。