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22 決闘(2)

「両者、武器を構えてにらみ合いが続きます!」


 エメラルドの実況も聞こえないほど、会場は熱狂に包まれている。

 先ほどのジルコムとの戦いはユトケティア王国代表を決める戦いだった。

 

 だが、今から始まるオレとランスとの戦いは、いわば国と国との代理試合みたいなもの。


 それこそ、剣聖がつとめるべき仕事だ。


 まあ、この試合は一方的にオレが絡まれることになったから始まった余興みたいなものだけどな。

 

 両国の貴族たちは酒を片手に互いの国の選手を応援して楽しんでいた。


「「行け! ランス様!」」


「「アスラン、負けたらただじゃ済まねえぞ!」」


 ははは、公爵のランスに注がれる声援と違って、オレに向けられる声援は口が悪いったらありゃしない。


 口は悪いが、応援してくれるからな。

 立ち上がって観客席に手を振る。


「「行け! アスラアアアン‼」」


「「頑張ってください、先生‼」」


 口汚い貴族たちと比べて、黄色い声援を送ってくれるうちの門下生はホントいい子ばかりだな。


「先生の剣、みんなに見せてあげて」


 イリヤはオレが負けるなんてこれっぽちも思っていないようだ。


「すみません、皆さん。

 今の瞬間だけは実況ではありません。

 ただのイチ門下生に戻ります。

 ……アスラン先生、応援してますからね!」


 実況のエメラルドから露骨なひいきがあった。

 後で怒られないといいけど……


 イリヤ、エメラルド応援ありがとな。


「ははは、アスラン殿は女生徒に好かれていらっしゃるようで……さて、大事な人への別れは済みましたか?」


「言ってろ。

 ランス、戦いとは何か。

 オレがお前に教えてやる」


 いつものように剣を上段に構えるオレに対して、ランスは威嚇するように槍の先をゆらゆらと動かしてくる。

 

「にらみ合う両者。

 槍使いのランス対剣士アスランの戦い。

 ガーファ、ユトケティア両国の武をぶつけ合う頂上試合が、ただ今始められようとしています‼」


 実況のエメラルドはひいきをやめ、冷静に解説を続けているようだ。

 

「さて、ランス選手は槍使いです。

 一方のアスラン選手は剣士。

 一般的に槍と剣の試合は、間合いの関係で剣が不利だと言いますが、果たして……」


 要は間合いの話だ。

 剣対槍であっても、一撃(かわ)して距離を詰めれば、一気にこちらが有利になる。


「ククク、ハハハハハ!

 アスラン殿。

 剣の腕に多少自信があるようですが……やはり槍に対しては手も足も出ませんか?」


 本当にランスは嫌味なヤツだな。

 

 オレから踏み込んで一撃で決めてもいいけど……なあ、ランス。

 

 ――お前が望むなら、オレから攻撃してもいいんだぞ。


「うう……うわああああ!」


 未熟な奴だな。

 殺気を当ててやったら、恐怖をこらえきれずに飛び出しやがった。


「先に動いたのはランス選手です!

 全速力で疾走しながら槍で突撃、さてアスラン選手はどうする?

 一歩も動きません、アスラン選手。

 この構えは……」


 まっすぐに突いて来るランスの槍を真正面から受け止める。

 心の中の恐れを消し、足さばきを一切せずに全身の神経を集中させ、槍がオレの体に当たる寸前、その瞬間を待つ。

 

 ――来たッ!

 

 体に当たる寸前、剣を中段に構え直し、槍を剣の振りで左斜め上に跳ね上げた。


「え……」


 跳ね上げられた勢いで槍を落とし、態勢を崩したランスに斜め上から袈裟斬り。


 このままだと殺してしまうので、足を半歩下げ、ランスの頬に一筋斬撃を加えるのみに留めた。


「何が起こった?」


 ランスは呆然としていた。


 ふう……疲れた。


 剣を鞘に納め、オレは構えを解いた。


「「何が起こったあ!」」


 一連の流れが見えなかったのだろう、観客はどよめいていた。


「あ……」


 微かな痛みを感じたのか、ランスが頬に触れると、一筋の血が流れた。


「槍を落としたランス選手の頬に一筋の傷。

 アスラン選手、槍の突撃をものともせず、剣で払い上げ、ランスの頬に一撃加えました!

 これぞ、アスラン一刀流に伝わる【槍破の型】、アスラン選手の必殺の一撃です!」


「「うおおおおおおお‼」」


 一連の流れを眼で追えなかった観客も、ランスの頬を流れる血と、エメラルドの解説で納得してくれたようだ。


「「ア・ス・ラ・ン! ア・ス・ラ・ン!」」


 ユトケティアの貴族たちは肩を組み奇声を上げ、はしゃぎまわっていた。


「認めない、認めませんよ!」


 ランスは手の甲で頬の血を拭い、槍を拾って構えた。


「この傷はただの風魔法です!

 アスラン殿はインチキです!

 私は、まだ戦えます! 戦えるんです!」


 会場にランスの声がこだまする。


 おい、ランス。

 お前本気で言ってるのか? オレの剣筋見えてなかっただろ?

 それでも、負けてないって言い張るのか?

 

 観客の白けた視線が一斉にランスに集まった。


「何ですか、みなさん……」


「諦めろよ、ランス。

 アスランに手加減されたの、わからねえのかよ」


 男の子がぼそっとそう言うと、会場は大いに沸いた。


「聞こえましたよ、あなたですね!」


「ひ……ひいっ」


 軽口を言った男の子に対してランスは急接近し、近くにいた母親らしき女が子どもをかばった。


「どきなさい!」


「きゃあっ」


 母親を押しのけたランスは左手で男の子をつるし上げ、目の前に槍を突きつけた。


「あ…あ…」


 男の子は恐怖で涙を浮かべた。

 見るに堪えない現実がそこにあるが、周りは誰も止めようとはしなかった。

 公爵令息であるランスに目をつけられたくないのだろう。


 父親らしき人物はランスの顔を見てうつむいたが、やがて覚悟したようにランスへ近づき土下座した。


「すみません、ランス様!

 うちの子をお許しください……」


「嫌だと言ったら?」


「え……」


 ランスは子どもを槍で突こうとした。


「私に逆らう悪い子の口なんて塞げばいいのです、道理もわからない出来損ないなのですから」


「ランス、お前見苦しいぞ」


「え?」


 ランスが振り返る前に、剣の柄で後頭部を殴った。


 ――誰も助けないなら、オレが動くしかない。

 全速力で疾走しても消音機能付きの靴が足音をすべて消してくれる。


 イリヤも向かってきてたけど、間に合うのは、オレだけみたいだったからな。


「あ……」


 ランスは白目をむいて倒れた。


「あーあ、公爵令息殴っちゃったよ」


 後悔はしない。

 ランスは殴られるに値する振る舞いをした。

 オレはイリヤに迷惑をかけないかと、それだけが心配だった。


「……ありがと、先生」


 イリヤは笑ってくれていた。

 良かった、イリヤが喜んでくれるならそれでいい。


「「うおおおおお‼」」


 何だ何だ、ガーファの貴族たちがオレを胴上げしてくれるんだけど……


「ガーファ、ユトケティア両国の親善試合の勝者はアスラン・ミスガル!

 みなさん、盛大な拍手を!」


 会場を揺るがす今日一番の歓声が庭園を包み込んだ。

読んでいただきありがとうございます。


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