02 愛弟子と王都で焼き鳥を食べる
――荷物を持って街へ出る。
王都ディオラの大広場には、そこかしこから美味しそうな匂いが漂ってくる。
……そういえば、何も食べてないな。
王都の大広場には露店が出ていて、仕事が忙しい時はささっと露店で昼飯を済ますことが多かった。
露店の近くには簡単な食事を済ますことが出来るよう、テーブルも無造作に置いてあるんだ。
焼き鳥とシチューを買って、テーブルの上に並べる。
「いただきまーす」
「おい、平気でオレの焼き鳥を食べようとするなよ。
ユイカ、まだ練習中だろ?
なんでこんなところにいるんだ?」
門下生のユイカが勝手にオレの向かいに座り、手を合わせて焼き鳥を狙っていた。
「先生と同じだよ」
「え?」
「私も道場やめちゃった」
ユイカは平然と言うと、髪をかき上げ焼き鳥にかぶりついた。
「先生がいないなら道場なんて意味ないもんね」
ユイカが6歳のころから指導しているから、オレにとってはずっと子どもみたいなもの。
だけど、通りすがりがちらちらと顔を覗いてく程度には、ユイカも美少女になってるんだよな。
今はたしか14才だったっけ?
大人っぽく見られたいってことで、ここ数年伸ばしてる黒髪は腰くらいまであって、普段は二つ結びにしている。
後ろ姿は十分大人に見えるんだが、今は焼き鳥をむしゃむしゃとほおばってるから、色気も何もあったもんじゃないけどな。
「私のことはいいんだけどさ、先生これからどうするの?」
「んー、そうだな」
ずっと剣の道に生きてきたんだ。
目標は「剣聖」。
その夢は叶わなかったけど……言い換えれば、その道から自由になったということ。
「剣を握れる仕事と言えば……」
「騎士団と傭兵、それか……冒険者だよね」
ユイカは指折り数えているが、オレもそれくらいしか思いつかない。
「考えてみたけど、剣聖から離れて自由になってみたかった」
「じゃあ、もう決まってるんだね」
「ああ、オレは冒険者になる」
「いいね。
それはいいんだけど、先生食べないの?
もう無くなりそうだよ?」
少し目を離している間に、焼き鳥もシチューも残骸と呼べるレベルに変わってしまっていた。
「あのな、ユイカ。
これはな。
『無くなりそう』じゃなくて、『無くなってる』っていうんだよ!」
「えへへ、成長期なの。
だから、私が食いしんぼさんでも仕方がないんだよ?」
上目遣いでモジモジしたって許さないからな。
「まったく……」
懐の小袋から銀貨を取り出し、ユイカの手の上にジャラジャラと乗せた。
「焼き鳥とシチュー、後お前の好きなもの買ってこい」
「えへへ、ありがと先生」
ユイカは皿の残りを胃にぶち込み、颯爽と露店に駆け出して行った。
――軽く済まそうと思った昼食だが、ユイカが預けた銀貨全部を食べ物に変えてしまったので、結局たっぷり食べてしまった。
ユイカはご丁寧におやつまで買ってきてくれた。
クリームをたっぷり詰めたパイ生地のおやつを食べながら二人で歩く。
このおやつ知らなかったけど、だいぶおいしいな。
「それでさ、先生、今から冒険者ギルドに行くの?」
「いや。
まずは家探しだ。
今まで道場に住み込んでたからな」
「そっか。
先生、家が決まったら教えてね」
ユイカと別れ、不動産屋へ。
――オレの出した家の条件はなかなか難しいようだ。
「稽古に使えるような部屋のある物件ですか。
それに、大声を出しても周りに迷惑をかけない立地?
いやあ……それこそ本物の道場じゃないとありませんよ?」
「やはり難しいですか」
グレアス一刀流から離れたオレは、住む場所と、稽古場を一緒に失ってしまった。
「そうですねえ……我々の管理物件じゃありませんが、一つだけ情報を持っています」
店員は何やら勿体をつけた言い方をした。
「街の外れに古ぼけた道場があって……剣士の方でしたら泊めてくれるといいます」
「剣士だったら……ですか」
「ええ。
剣士であれば、のぞいてみてはいかがですか?」
――結局、まともな情報は街の外れの道場しかなかった。
夕焼けの王都を町はずれ目指して歩くと、塀に囲まれた古ぼけた道場がそこにあった。
「誰かいますか?」
門をくぐっても、返事がない。
建物は木で作られていて、古くはなってきているが、基礎や躯体は問題なさそうだ。
小部屋も多くて、弟子を多数抱えられそうな作りだ。
「え?
アスラン先生ですか?」
そこにいたのは、オレの教え子の保護者。
グレアス一刀流を離れたことは、その保護者にも既に伝わっていた。
「そういうことでしたら、いつまでも居てくださって結構です。
先生の稽古場も必要でしょうし」
好意に甘え、しばらく居させてもらうことにした。
――寝床と稽古場を確保し、ほっとしたのだろうか。
その日は早く寝てしまった。
★☆
朝早く起きて剣の稽古を済ませ、軽めの朝食の後、冒険者ギルドへ向かう。
「いらっしゃいませ」
ギルドの受付嬢は爽やかな笑顔で挨拶してくれたが、オレの顔を見るとすぐに血相を変えた。
「……アスラン・ミスガル」
その言葉で、ギルド内にいた冒険者が全員オレの方へ向いた。
一瞬でピリついた空気が広がる。
……おいおい、オレが何したって言うんだ?
「私、ギルドマスターを呼んできます!」
受付の女の子は小走りで建物の奥へ向かっていった。
「へへへ、すさまじい殺気だな。
アスランさんよ」
長髪の剣士が、剣に手をかけながらこちらへ向かって来た。
いや、別に殺気など出してないけど……
「先日、アンタんとこに道場破りに行ったベンとティアニーについての苦情だろ?
……道場破りを挑んだほうが悪い、そんなことはわかってる。
でもよ、あんなにボコボコにする必要ないだろ?
あいつら腕と足全部折られて、まだベッドから起き上がれねえんだぞ!」
「何の話だ?」
「おい、しらばっくれるのかよ!」
剣士が剣を抜くと、それに呼応してこの場の冒険者がみな抜刀し、オレを取り囲んだ。
「……オレは、ただ冒険者ギルドに用があっただけだが」
「アスランさんよ、アンタが強いのはここにいるみんな知ってるんだ。
だがな、ただじゃ死なねえぞ!」
「「おお!」」
異様な殺気が冒険者ギルド内を包み込んだ。