19 決闘を挑まれる
「ああ、ごめん、先生。
この人は、ガーファ王国公爵令息のギルスタッド・ランス」
「いや、それはいいんだけど……今、イリヤ姫って言わなかったか?」
ランスは嫌味ったらしく、クククと笑った。
「あれ、ご存じないんですか。
アスラン殿はイリヤ姫を指導する立場でありながら、イリヤ姫が王女であることすら知らないだなんて、指導者失格なのではありませんか?」
何だコイツ、いきなり出てきて嫌味な奴だな。
無視するか。
「イリヤ。
お前、王族だとは聞いてたけどさ。
姫だったなら言ってて欲しかったんだが?」
てっきり他国であるユトケティアに来てるもんだから末端の王族だと思ってたぞ。
「だって、先生がそれ以上聞かなかっただけ」
イリヤは舌を出した。
何でか知らないが、ランスは体を震わせていた。
オレとイリヤがランスを無視して仲良さそうに話をしていたからだろうか。
「あの……お二人とも?
私の話、聞いてらっしゃいますか?」
「どうしたのランス」
「えっと、ランスだっけ、どうした?」
ちゃんと聞いてたぞ。
お前が失礼だから無視してたけど。
「聞いているなら無視しないでもらえます?」
ランスは額に血管を浮き立たせ、こう言った。
「ユトケティア王国随一の剣客、アスラン・ミスガル様とお見受けします。
いきなりですが……私と手合わせ願えますか?」
「は?」
……えっと、何?
手合わせ願えますかって言われた気がするんだけど……手合わせって、戦うことだよな?
イリヤを見たが、ため息をついて下を見てるからオレと視線が合わない。
おい、フォローはするって言ってなかったか?
こいつにどう返答すればいいかわからないんだが?
じっと見つめてるが、イリヤは頭を抱えていてオレとちっとも目が合わない。
何も返事をしないオレに、ランスは業を煮やしたのか。
地面に槍を突き刺して、手袋を投げつけた。
バシッ
庭園に手袋の音が響き渡った。
ははは、さすがにオレでもわかる。
手袋を投げつけるのは、決闘の申し込みって意味だよな?
急に辺りがざわつきだした。
ははは、周りの奴らの楽しそうなこと。
決闘ってのは野次馬するのが一番楽しいんだよな、オレもわかるけどさ。
「お手合わせ願えますか?
アスラン殿。
あなたはガーファ王国騎士団長であるイリヤ姫に、指導することが出来る器だとは思えません」
手合わせか。
オレは戦うのが嫌いではない、むしろ好きだからこそ、剣術道場で師範代なんてやってたんだ。
ただ、ユトケティアとガーファ両国の国際事情を考える頭ぐらいオレにはあるわけで……
戦って大丈夫なのか?
おーい、イリヤ。
お前の国の貴族に絡まれてるから相談に乗って欲しいんだが?
イリヤはずっと頭を抱えていた。
心の中で話かけてみても、どうやらイリヤには聞こえてないようだ。
くそ、こうなったら引き伸ばすしかないな。
「じゃあ今度な」
「今度じゃ遅いんですよお!」
ランスは体中から血液を吹き出しそうな勢いだ。
どうして、こいつこんなにオレに突っかかってくるんだ?
他国の公爵令息が怒り狂っている理由などわかるものか。
わかる奴がいるなら教えてくれよ!
辺りを見回し、誰かに助けを求める。
あ。
先ほどまでオレの世話をしていた老執事が目を逸らした。
……逃がすものか。
「おい、セバスチャン。
事情を説明しろ」
「……事情ですか。
わかりました。
ランス殿があなたに固執する理由、お伝えいたします」
老執事は襟を正して話し始めた。
「イリヤ様の父……つまり、現在の王であられますが、変わった方でしてね。
強力な武を持った者のみ、イリヤ様の婿とすると公言してはばかりません」
イリヤは小さい頃から強さにこだわっていた。
自分は負けられないんだと、小さい頃から何度も自分自身に言い聞かせていた。
試合に負けたときは、道場に帰って泣きながら剣を振るい続けていて、オレも心配していたものだったけど……
「ランス様は挑発してでも……是が非でもアスラン様と決闘したいのでしょう。
イリヤ様が師と慕うあなたを打ち負かして、その事実を国に持って帰りたいのだと思います。
さすれば、現王もイリヤ様とランス様の婚約をお認めになるかもしれません。
血筋等を考えますと、ランス様がイリヤ様の婿に最も近いと目されておりますゆえ」
老執事はご丁寧な解説をしてくれた。
「事情は分かったが、オレからするとただただ迷惑な話だな」
オレは執事だけに聞こえる声で話した。
「高貴な血筋を持つランス様も気が気ではいられぬはず。
現王は、血筋に関係なく武将を登用し、それによってガーファに住まう荒くれ者どもがにわかに活気づいてるのです。
いつ、自分を脅かすものが現れるかもしれない。
ランス様は自分の地位を確固たるものにすべく、イリヤ様を自分のものにしてしまおうと……」
他国の令息に反感を覚えた。
オレの愛弟子のイリヤを政争の道具にして欲しくはないんだが?
……オレもようやく覚悟が決まった。
「ランス、分かったよ。
決闘は受けてやる。
一つだけ聞くが、お前の国ガーファに『剣聖』はいるか?」
「ククク、ハハハハハ。
このランス、決闘を受けてくれて感謝してもしきれません。
ですから、取るに足らぬ平民のあなたの質問に答えて差し上げましょう」
おい、セバスチャン。
こいつわざと挑発してるって言うより、もとから平民を馬鹿にしてる性格悪い奴なんじゃないか?
何だか話を聞くだけでイライラするぞ。
「アスラン殿。
我がガーファでは、剣を武の象徴としておりませぬ故、国一番の戦士を「【武聖】と称しております。
剣だけでなく、槍や弓、魔法まで含めてのバトルロワイヤルを勝ち残ったものが【武聖】と呼ばれます。
ユトケティアの【剣聖】より、ガーファの【武聖】の方が、私は強いと信じております」
ランスは地面に突き刺した槍を握り、華麗に振り回した。
それを見た野次馬達からは歓声が沸き上がる。
おいランス、お前ユトケティアの剣聖を馬鹿にしたよな。
今の剣聖マリクを馬鹿にするならすればいい。
ただ今の言い回し……お前、先代も馬鹿にしやがったな?
「さあ、どうします?
ランス殿は次期、【武聖】にもっとも近しいと噂されるお方、その挑戦を逃げるとなると、ユトケティアよりもガーファが強いと認めることになりますなあ」
おっと、横にいる老執事セバスチャンまで挑発してきやがった。
こいつイリヤの執事じゃなかったっけ?
「わかったよ、受けるよ。
セバスチャン、嫌な顔で挑発するなよ」
オレは決闘するためランスに近づいた。
それを見て、野次馬たちは指笛を吹き鳴らし、拍手と歓声で庭園を埋め尽くした。