18 イリヤと昼食会
「こちら、昼食会の会場、『ジル・ヴィセンテ離宮』でございます」
「でかいな」
執事に連れられ、昼食会場へやって来た。
白色で塗られた離宮本体は、曲線美を活かした造りだ。
また、その庭も植え込みと通路が曲線で仕切られている。
オレの背丈を超えて吹き上げる噴水の周りには、色とりどりの花が植え付けられている。
豪華な作りだな、全く。
花に紛れて果実が美味しそうに熟しているようだが、通りゆく貴族たちはだれも口にしようとはしない。
花や果実の香りを浴びせられながら、手入れの行き届いた庭園を進んでいく。
「モモが美味しそうにぶらさがっているが……」
「食べると、警備兵につまみだされますよ。
貴族の方々はだれもそんなことはしませんから」
ヤツら、何もわかってないな。
果物なんてのはな、道端に出来てる奴をその場で食うのが一番うまいんだ。
ぐるるるる。
あ、食べるのを想像したらお腹が鳴ったぞ。
「……食べないでくださいね、イリヤ様の先生というお立場でここにいらっしゃるのですから」
「……わかってるよ」
「このセバスチャンの目の黒いうちは、アスラン先生に一つのマナー違反もさせませんぞ!」
ははは、老執事セバスチャンの片眼鏡の奥はちっとも笑っていないようだ。
本国ではイリヤ付きの執事をしているらしい、年季の入った老執事だ。
どうやらオレがマナーに反したことをしでかさないよう、イリヤがお守り役としてつけてくれたらしい。
ただね、セバスチャン。
そんなに厳しく監視されると息が詰まるんだけど。
どうやら会場に着いたらしい。
大げさな看板がついてあるので、ここだろう。
≪ユトケティア王国・ガーファ王国、両国の発展と友好を願う昼餐会≫
貴族の方々はイチイチ大げさだな。
ちゅうさんかい、なんて言葉こちとら聞いたことないぞ。
辺りに目をやると、丸テーブルがここかしこに置かれ、清潔な白布が引かれている。
基本立食形式のパーティーなのだろうが、足が疲れたときには十分な数の日陰棚が用意されているので、そこで休むのだろう。
飲み物や食べ物も、長机に置ききれないほどの量が用意され、オレには作り方も味もわからないような料理ばかり。
ただね、足の踏み場もないほどの安い食堂で、熱々な料理を皆で食べる方が、オレは好きなんだけどな。
見慣れない料理の中に、一個だけわかるものがあった。
あの大皿に盛られた魚料理はたぶん、エメラルドが作ってくれたヤツだ。
酸っぱくて美味しかったな。
ひとしきり会場を歩いて回ってみる。
どうやらまだイリヤやエメラルドの出席する公式行事が終わっていないらしいから、こちらの会場の出席者はまばらだ。
こんな儀礼服着てなけりゃ、剣でも振って過ごすんだけどな。
「どうぞ、アスラン先生」
執事がシュワシュワと泡立った飲み物を持ってきた。
「ああ、ありがと、何これ?」
「果実酒と茶葉を利用した食前酒です。
どうぞ」
勧められるままに、鮮やかな赤い飲み物を口にした。
「この味……どっかで飲んだような……」
「先生!」
いつ味わったものだろうか思案していると、急に誰かに呼びかけられた。
イリヤだ。
その顔を見た瞬間、記憶が繋がった。
「あ、先生。
セバスチャンからもらったこのお酒、どう?」
興味津々と言ったふうに、イリヤは身を乗り出してきた。
「ああ。
お前が作った酒、美味しかったぞ」
「ありがとう……でも、先生。
どうしてボクが作ったってわかったの?」
イリヤは大きく瞬きをした。
「ガーファの茶葉を使った酒だろ?
イリヤが入れてくれたお茶と同じ味を感じたからな」
というか、自分の興味あるものに対して前のめりになるイリヤの性格を知ってるからな。
イリヤが身を乗り出して聞いてきたから、確信が持てたんだけど。
「先生、いい舌持ってる。
料理人になったら?」
「嫌だよ。
木剣を素振りするより、野菜を千切りにする方が疲れるんだよ」
「ふふ、先生らしいね」
オレとイリヤはいつものように軽口を叩く。
しかし、イリヤの格好はいつもとは違った。
黒髪と褐色の肌によく似合う白を基調とした衣装だが、刺繡と装飾品がぎっしり。
ユトケティアのドレスみたいに裾をめいっぱい膨らませてはいないが、それよりも色彩豊かな刺繍が目を引く。
イリヤは目鼻立ちが整っているため、化粧をしてもあまり変わらないかと思っていたけど、薄いオレンジの口紅をしただけで、随分色っぽく見えるものだな。
長いまつげに縁どられた涼やかな金色の瞳は、いつにもまして妖しい魅力を放っていた。
「……どこか変?」
イリヤは自分を見回していた。
オレが見つめていたからかな。
「いや、イリヤのガーファ王国の正装、見たことなかったからな。
……少し見惚れた」
「あ……そっか。
ボクは着慣れてる衣装だけど、先生に見せるの初めてか」
イリヤは笑顔を見せて、くるりと一周回ってくれた。
ん?
衣装と装飾品はものすごく豪華だけど、イリヤの髪留めはとてもシンプルなものだった。
「あれ? その髪飾り見覚えあるな」
「だって、先生がくれたもの」
イリヤは髪留めをオレに見せてきた。
……あげたっけ?
あれ、記憶が怪しい。
イリヤが嘘を言うとも思えないし……
「思い出の品だからね」
イリヤはつぶやいた。
そうか、思い出した。
イリヤがつけている簡素な銀色の髪留めは、グレアス一刀流剣術大会少年少女の部で、イリヤが優勝したときにあげたものだ。
エメラルドと互角の勝負を繰り広げ、接戦を制してイリヤが勝利を収めた。
その時に初めてイリヤはわがままを言ったんだ。
『優勝したから何か欲しい』って。
オレはその時もイリヤを市場に連れて行って、イリヤが足を止めた装飾品屋で髪留めを買ってやった。
まだ師範代ではなかった安月給のオレでも買えた、ホントにシンプルな髪留め。
そのときはまだ知らなかったんだよな。
髪留めをあげた次の日に、イリヤはガーファへ帰国していったんだ。
まさか、他国と交流するこの場でつけてくるとは……
「気に入ってくれて嬉しいよ」
「ふふ、ボクの誇りだからね」
イリヤは大事そうに髪留めに触れた。
「ああ、イリヤ姫!
探しましたよ」
「……イリヤ姫?」
イリヤは王族とは聞いていたが……姫って、王女ってことか?
その男は靴音を鳴らしながら、イリヤの名を呼び、手を振りながら近づいて来た。
誰だコイツ。
格好からして、ガーファの貴族だってことはオレにもわかるけど……
白の燕尾服はユトケティアの正装と同じだが、頭に乗せた派手な被り物が、ガーファ出身であることを雄弁に物語っていた。
その男はオレの前でピタリと止まって、不躾にジロジロとオレの全身を見回していた。