17 いざ、王宮へ
イリヤの右手の指から五色の光が揺らめている。
「火が起こせるだけで随分便利だと思うけどな」
「あ……うん、正直そこは助かってる。
お茶沸かすの便利」
「だな」
イリヤと二人で笑った。
「ねえ、先生」
「ん? どうした?」
「うん……」
珍しく言い淀んでる。
口数が多いわけでないイリヤだけど、口にするときははっきりと自己主張をするタイプだから。
「明日ガーファから視察が来るんだって」
「そうか」
「ボク、先生と剣術修行するって言ってユトケティアに来てるから……先生、王宮に来てくれる?
ガーファの視察団が先生がどんな人か知りたいって」
「……王宮? オレが?」
話しやすいからたまに忘れるけど、イリヤは正真正銘王族だったっけ。
「オレ、由緒正しき平民なんだけど」
「専門職は王宮に呼ばれることあるでしょ? 鍛冶屋とか薬屋とか」
「まあ、聞いたことはあるけど。
それこそ、剣聖だったらそういう機会もあるよな」
先代は極まれに似合わない燕尾服に身を包んで、王宮へ呼び出されていたものだった。
「……気が重いな」
オレが恥をかくのはこの際、別にいい。
だが、王族であるイリヤの先生と言った立場で出席するのは……
イリヤに恥をかかせたくないという思いの方が強い。
「服装とか礼儀とかはちゃんとフォローする」
「うーん」
「お願い」
イリヤがオレに頭を下げた。
王族だからなのか、イリヤはあまり人に借りを作るのを良しとしないから、イリヤに頼まれたことなんて数えるほどしかない。
「はあ……わかったよ。
イリヤの住んでる世界も知ってて損はないかもな」
「うん、得しかない」
……得しかないってこともないだろ。
★☆
――次の日。
「はあッ」
「「はあッ‼」」
道場に、風切音と皆の掛け声が響き渡る。
……増えたな。
200人ほどがオレの後に続いて素振りをしている。
100人ほどがグレアス一刀流のオレの教え子の女生徒。
さらにその半分の50名ほどがマリクなどから教わっていたグレアス一刀流の生徒。
そして、それ以外には魔法学園の生徒が多くを占めるらしい。
生徒の中には、マリクを告発したヒョードルやユイカの友達のカンナもいた。
みな、生き生きとした顔をしてオレの後に続き、木剣を精一杯に振るっていた。
「そうそう、全力で振るうのですよ!」
「手だけじゃない、足の指先まで神経を動かすんだよ!」
エメラルドとイリヤの熱のこもった指導。
一人一人の型を見て、丁寧なアドバイスを行っていた。
今日は【初太刀の型】を増やした。
ユイカと鬼との戦闘を見て、なおさら一撃必殺の重要性を感じた。
ユイカは一撃で行けたが、この中の何人が斬れるか。
木剣を納刀し、くるりと皆の方を向く。
どよめきが起こった。
いつも、オレは皆の方を見て話しかけていなかったからだ。
「この前、ユイカが鬼を一撃で斬った」
辺りはざわめいていた。
筋肉隆々でないユイカが鬼を斬ったことに、驚いているのだろう。
「もちろん、ギリギリの戦いなどしない方がいい。
でも、仲間を守るため戦うしかないとしたら……」
皆がオレの話に聞き入ってくれた。
「この一撃にかけるという自分の必殺技を持っていた方がいい。
もし、自分以上の相手と戦わなければならないとしたら……
オレは迷わず【初太刀の型】だ」
辺りを見回し、皆の眼を見て話す。
「この一太刀にはそれだけの価値がある。
そう思って、剣を振り続けて欲しい。
以上だ」
「「はい!」」
皆の眼に闘志が宿っていた。
皆は互いに話し合い、素振りの形、力の入れ方について何度も反復練習していた。
それに、エメラルドやイリヤの前には質問をする生徒たちが列をなしていた。
……剣術道場じゃないと言いながら、みなに向かって演説してしまった。
強敵と戦うことになったときでも……ここにいる皆にはできれば生きて帰ってほしい。
そう思ったから。
――その後、皆を帰してオレは浴場で水浴びをしていた。
王宮に行くにあたり、さすがに剣術練習で汗かいたままでは行けないよな。
汗を洗い流し、更衣室に行くと……あれ、着た服がない。
「先生、着ていく服をセッティングしておきました」
……エメラルドの声か。
「儀礼服ですので、着るのが難しいものもあるかと思います。
それについては、ある程度着てもらった後、私が着付けさせていただきます」
「……そうだな、自分で着れるものならもちろん、自分で着るが……すまないな」
しかし、公爵令嬢に着付けさせるなんて、オレ誰かから怒られないかな?
仕方ないか、イリヤの先生という立場で王宮に上がる以上、服のことなんかでイリヤに迷惑かけるわけにもいかないからな。
オレの粗相で、国際問題になってたまるものか。
白シャツとズボン、上着……よくわからん。
着る服の枚数が多いんだが……
これ、上着なのか、下着なのかすらわからんヤツがあるんだが……
とりあえず置かれたものを着て、道場に行く。
「よれよれだ」
「ボタンがうまく止められてませんね」
エメラルドとイリヤがニヤニヤしながら近づいて来る。
「あまり面白がるなよ。
仕方ないだろ、着慣れてないんだから」
照れくさくて頭を掻いた。
「フフ、先生に着せてあげるなんて楽しみです……イリヤ、先生をカッコよくしてあげましょうね」
「服はエメラルドに任せるけど……ボクが髭剃ってあげる。
髪型もいい感じにするよ」
不敵な笑顔で迫ってくる二人に思わず後ずさった。
「お前ら、楽しそうだな。
オレはおもちゃじゃないぞ」
「はいはい、椅子に座ってくださいね」
「先生、観念するといい」
椅子に座ったオレは、とても楽しそうな二人に着付けをされ、髭を剃られた。
……久しぶりに髭を剃った気がするな。
そうか、先代の葬式のときが最後か。
「髭剃り終わり」
「では、完成ですね」
「先生、立って」
「鏡はこちらにありますので」
立ち上がって、鏡を見る。
「おお、なんだか貴族のいいとこの坊ちゃんみたいだな」
「実際、貴族の坊ちゃんが着てるような素材ですよ?
クレイ公爵家御用達の最上級の儀礼服ですから」
エメラルドは自信満々のご様子だ。
「そんなこと言うなよ、もしこぼしてしまったらってご飯食べるときに気を遣うだろ」
「……服が汚れないよう、気を使えばいいだけではありませんか」
「うう……そんなんじゃ食った気しないんだが……」
汁が飛び跳ねるのも気にせず、焼き鳥にかぶりつきたいんだよ……
それが平民男の食い方ってもんだ。