12 ユイカの危機を救う
「火炎鬼だ。
炎が効かないんだよ」
ユイカはそう言うと、足をふらつかせながらも地面に剣を突き刺し、かろうじて立ち上がった。
火炎鬼の指から、キラリと反射した光が見えた。
「指輪だ」
「こっちの火炎鬼も同じ指輪をしています!」
依頼内容の指輪は、どうやら火炎鬼たちがはめていたらしい。
「カンナの足、まだ治らないよね?」
「うん……ごめん」
「私は目の前の火炎鬼を倒す。
もう一体頼めるかな」
「もう、私魔法が撃てないよ……」
カンナは泣いていた。
魔法力が切れてしまったらしい。
「わかった、じゃあ二人とも私が倒すよ。
行くぞお!」
ユイカは目の前の火炎鬼に飛び掛かった。
キィイン!
「くっ……」
ユイカの刃は火炎鬼の金棒に阻まれてしまった。
「グガアアア!」
足を掴まれ、ユイカは地面に叩きつけられた。
「ぐうう。
……先生。
私に、カンナを守る力を貸して!」
叩きつけられたユイカは、それでも立ち上がりよろよろと近づいてカンナの前に出て、剣を構えた。
「ユイカちゃん、逃げてください」
「……大丈夫、防御の剣も習ってるから」
鬼の攻撃を受けきる剣など教えてない。
カンナを安心させるための嘘なんだろう。
大きな足音を立てて、火炎鬼たちはユイカとカンナへ近づいていく。
……よく頑張ったぞ、ユイカ。
愛弟子の危機だ。
この際、ユイカに見つからないようにするなんて二の次だな。
鞘から剣を抜き放ち、全速力で火炎鬼へ近づく。
【円崩の型、飛び燕】
ユイカたちの後ろから追い越し、火炎鬼2体の間を駆け抜けると同時に剣を左右に振る。
円崩の型は、一人で大勢を相手にするときの型だ。
敵の囲いを抜けるための、移動と攻撃を兼ねた技が多い。
飛び燕は、疾走しながらその左右を斬り崩す。
「「グエ?」」
ユイカたちを囲んでいた火炎鬼たちは身体を真っ二つにされ、しばらく呻いていたが、やがて何の声も発さなくなった。
「あ、あれ? 助かったの?
火炎鬼が倒れてる……
一瞬、先生が見えた気がしたけど……気のせいなのかな」
「ユイカちゃんが倒したの?」
「……違うよ、きっと私じゃないよ」
「じゃあ、誰が倒したの?」
「それは……」
辺りをきょろきょろと見回すユイカに見つからないようにしながら、岩陰に隠れる。
近くにナイフが落ちていたので、カバンにしまい込んだ。
……火炎鬼ほど強いモンスターは現れないと思うけど、体力、魔力の尽き果てた二人をそのままにはしておけないな。
あたりを見回していたユイカだが、やがて諦め、依頼内容である指輪を手に入れるため、火炎鬼の腕から指輪を抜き取った。
ユイカとカンナは肩を組み、お互いに支えながら力を振り絞り、停留所を目指していた。
帰路につく二人に危険が及ばないよう、注意深く後ろからついていき、気づかれないように二人に近づくモンスターを倒していく。
ゴブリンと鬼を合わせて10体ほど倒したところで馬車の停留所へついた。
「助かったあ……」
カンナはへなへなと膝から崩れ落ちた。
お疲れ様、一生懸命歩いたもんな。
二人に拍手をしてやりたい気持ちをぐっとこらえる。
「ねえ、先生。
どうして、私たちの後をつけてるの?」
……いつ見つかったんだろうか。
ユイカの質問に、岩陰からオレは姿を現した。
「違うよ、つけていたわけじゃない。
オレも依頼でトルトナム湖に来てたんだけど、帰り道にお前たちを偶然見かけたからな」
ははは、早口になってしまった。
自分で言うのもアレだが、オレはあまり嘘が上手くないほうだ。
「そっか」
何か言いかけたユイカだったが、馬車が来たので慌てて乗り込む。
ガタゴト揺れる馬車の中、カンナは疲れていたのだろう、寝てしまっていた。
オレは端に座り、街道に異変がないかチェックしていた。
街道って言ったって、盗賊やモンスターはかなりの頻度で出る。
ユイカの護衛任務を引き受けたからには、家に届けるまでがオレの仕事だからな。
端っこに座るオレの隣には、ユイカが座っていた。
「ねえ、先生」
「何だ?」
ユイカは真面目な顔で質問してきた。
「トルトナム湖でさ、火炎鬼とか斬った?」
「……いいや、斬ってないな」
「ふーん」
ユイカは視線を逸らさずにオレを見つめていた。
怪しまれてる気がするぞ。
視線を泳がせないようにしなきゃな。
一応、ユイカの親御さんからの依頼では、ユイカには知らせずに護衛をしてくれと言われている。
できるだけ、ごまかしておきたい。
「火炎鬼斬った後ってさ。
よく剣を冷やしておかないと、剣がなまくらになっちゃうらしいよ?」
「え?
本当か?」
オレは剣を鞘から出し、刃の状況を確認する。
「特に大丈夫そうだけど……」
「嘘だよ。
そんなこと聞いたことないよ」
「……」
弟子に揺さぶられた挙げ句、嘘を見破られてしまったな。
まんまとハメられてしまった。
もう何を言ってもごまかせる気がしないな。
剣を納刀し、寝たふりしよう。
「先生、寝たふりしてるでしょ?」
「……」
寝たふりをしてるオレの肩に、コテンとユイカが体を預けてきた。
「……先生、助けてくれてありがと」
ふと、昔のことを思い出した。
他流派との交流試合の帰り、馬車に乗ったときは、ユイカはよくこうやってオレの肩にしなだれかかってきたな。
あの頃と比べると随分、ユイカも大きくなったけど、甘えたがりなところは昔から変わってないな。
右肩にのしかかるユイカの頭の懐かしい重みを感じながら、王都への街道の監視を続けた。