11 ユイカの初冒険をこっそり見守る
その後、互いに自己紹介をして、弓使い「ジム・レイブン」と別れた。
青銅ランクのベテラン冒険者らしいが、冒険者の生の声が聞けて助かった。
愛弟子の冒険者デビューの日に、怪我などさせられないからな。
★☆
王都から東方に広がる草原を超えると、トルトナム湖だ。
さらに東へ進むと、クライフ神聖王国が広がっているため、道中はしっかりと街道が整備されている。
それに、トルトナム湖の近くまでは定期の往来の馬車が出ているため、比較的初心者の冒険者でも取り組みやすい。
ただ、それはブレンダン火山が活動期を迎えるまでの話だ。
火山の活動期を感じ取るのはモンスターの方が人間より得意だ。
たしか、15年ほど前にブレンダン火山の活動期を迎え、大規模な噴火があったはずだ。
すぐに噴火するというわけではないだろうが、モンスターが火山の活動期を感じ取り、ふもとに降りてきているとしたら……環境の良いトルトナム湖畔になわばりを求めるのは当然のことかもしれない。
――馬車に揺られ、トルトナム湖を目指す。
ユイカたちも同じ馬車の前列に乗っているのだが、フードを目深にかぶったオレには全く気付かなかったようだ。
だって、ユイカとカンナは馬車の中でずっと笑いながら話をしていたからな。
「えー、トルトナム湖前、トルトナム湖前」
「あ、わわ。
降ります!」
そう叫んで馬車を止め、慌ててユイカとカンナが飛び下りた。
あいつら、おしゃべりに夢中で停留所にギリギリまで気付かなかったようだな。
あいつらに続いてオレも馬車を下りる。
「うわー、すっごいいい天気だよ!
すごい明るい気分になれるよね」
「ユイカちゃんは天気に関係なく、いつも明るいと思うのですけど……」
ユイカとカンナは終始おしゃべりをしながら、トルトナム湖へ向かっていく。
しかし、二人がこれだけずっとしゃべっているなら、消音機能付きの靴だっていらなかったかもしれないな。
「誰かいる」
「えっ」
おっと、気配を察知されてしまったかと思ったが、どうやらユイカは前方のゴブリンたちを見つけたらしい。
「行くよ、カンナ!」
「はい!」
5体のゴブリンに対して、ユイカが突っ込んでいく。
「はああああッ!」
ユイカは上段からの斬り下ろし――【初太刀の型】で一匹をなんなく斬る。
「グギャア」
ユイカに向かって来た槍遣いのゴブリンの突撃を剣で左にいなし、その反動で左から右に斬り下ろす。
よし、良いぞ。
お手本みたいな【槍破の型】だ。
命懸けの戦闘でも、ユイカは落ち着いていて、いつもどおりの剣を振るっていることにオレは感動していた。
「カンナ!
そろそろ準備できた?」
「はい!
ユイカちゃん、お待たせしました!」
地面に魔法陣を描いていたカンナはその中心に杖を突き刺す。
「火柱!」
後方に下がっていたゴブリンの弓使いや魔導士などに向かって、炎の柱が襲い掛かる。
「「グギイイイ!」」
カンナの炎がゴブリンたちを焼き尽くしたようだ。
肉を焼いた匂いが辺りに立ち込めている。
「これで全部倒せてますよね?」
カンナはタオルで鼻を抑えていた。
「うん……あれ?
でも、少し何かの気配がするんだけどな」
ユイカはオレの方に視線をやった。
瞬時に大岩の陰に身を隠し、ユイカの接近に合わせ位置を微調整する。
「……気のせいかな」
ユイカはくるりと前を向き、すたすたと歩きだした。
オレは嬉しいぞ。
ユイカが人の気配に敏感になっていることがわかったからな。
その後、襲い掛かってくるリザードマンやゴブリンたちをユイカたちは幾度となく倒した。
ユイカ、初めての任務にしては上出来だと思うぞ。
思わず頬がにやけながら、引き続きユイカの後をこっそりついていった。
「カンナ、ここが目印の大岩だよね?」
カンナは地図を広げた。
「ええ……湖のほとりの大きな木と、もう一つ大きな木の間の大岩」
ユイカとカンナはあたりを見渡す。
「うん、ここしかないよ!」
「そうですよね!」
ひとしきり喜んだあと、ユイカは大岩にもたれかかって息を整えていた。
「ユイカちゃん、大丈夫です?」
「……うん、大丈夫」
カンナ相手に強がっているユイカだが、どう見ても息があがっている。
前衛一人後衛一人だと、どうしても前衛に負担がかかるからな。
「さ、早く依頼の指輪を見つけて帰ろうよ」
「はい!」
ユイカの疲労を気にして、カンナは魔術師のローブが汚れるのも気にせず、あちこち探し回っていた。
ズシン、ズシン……
「カンナ、聞こえた?」
「え、ええ……」
地面に這いずりまわっていたカンナは慌ててユイカのそばに戻った。
「ちょっと……気配が大物モンスターだよ」
「あはは、ユイカちゃん。
さすがに私にもわかります」
大きな足音がユイカたちに近づいて来る。
鬼が集団でユイカの元に向かってきていた。
「ユイカちゃん、鬼ですよ!」
「そうだね。
それも一体だけじゃないんだよね」
ユイカはあたりを見回した。
いつの間にか、鬼たちに全方位からユイカたちは囲まれてしまっていた。
そこそこ慣れた冒険者パーティでさえ、鬼と戦うことになれば、気を引き締めて望むらしい。
「さて、先生。
教えてよ」
急に名前を呼ばれ、ビクリとするが、ユイカは俺の方を見ていなかった。
あー、心の中で語りかけてるのか。
少なくとも困ったときに思い出してくれるくらいには、オレはユイカに先生らしいことが出来てるのかもしれない。
「先生、囲まれたときはどうすればいいんだっけ?」
思わず話しかけたくなるが、ぐっと我慢だ。
この程度の試練、ユイカには対応できるはずだぞ?
……戦力の薄い方を探して、全速力で斬り裂いて包囲を破れ。
ユイカ、出来るか?
もちろん、無理そうならすぐにでも助けに入るつもりだが……
できるだけ、オレは手を出さずにユイカの冒険を見守ってやりたい。
「行くよお!」
ユイカは動きの鈍い個体を見つけ、一気に飛び込み首をはねた。
「グエ?」
見事だ。
あの鬼、クビをはねられたこともわからなかっただろうな。
イリヤたちにはまだ及ばないが、ユイカは才能あふれる剣士だ。
1対1であれば充分、鬼とも渡り合えるな。
「カンナ、こっちだよ!」
「は、はい!」
カンナはユイカのそばに駆け出した。
「グギャアアアア!」
鬼たちに交じってゴブリンのアーチャーがカンナを狙っていた。
「きゃあ」
カンナはやっとの思いで矢をかわしたが、足がもつれたのか、こけてしまった。
「痛っ」
「よくもやったな!」
ユイカは素早く近づき、ゴブリンの弓兵を一刀両断する。
「ギギッ」
「逃げるよ、カンナ!」
「はい……痛っ」
カンナは足をくじいたのか、立ち上がれずその場に取り残された。
「カンナ!」
「ユイカちゃん、一人で逃げてください!
逃げられそうにありませんから、私、時間を稼ぎます!」
「そんなことできないよ!」
カンナは逃げるのをあきらめ、捨て身で魔法陣を描き続けた。
ユイカはそんなカンナを見捨てられず、カンナに近づいて来る鬼へ片っ端から斬りかかった。
「うわああああああ!」
「ユイカちゃんどいて!
火柱!」
辺りを炎が包み込み、モンスターの叫び声が響き渡る。
「はあ……はあ……」
ユイカたちは大体のモンスターを片付けてしまっていた。
カンナの魔法もさく裂し、あたりを焼き尽くしたはずだった。
「ど……どうして生きてるんですかあ!」
カンナは大声で叫び、長い銀髪を掻きむしった。
倒れている鬼よりも随分と巨大な鬼が二体、平然と立っていたからだ。