10 依頼の情報といえば、酒場だな
「ユイカちゃんとは、魔法学園の友達なんです」
「そうか、明日の冒険、二人で頑張ってくるんだよ」
オレが差し出した手を、カンナは両手で握ってくれた。
「私、がんばります!」
カンナはやる気に満ち溢れているようだ。
「うんうん、カンナも燃えてきたね!」
「はい、頑張りましょうね!」
ユイカとカンナはハイタッチしていた。
初めての冒険か……
ふふ、わくわくする気持ちもわかるな。
感慨にふけっていると、ギルドマスターのレイラがオレの肩に手を置いた。
「アスランさん。
ちょっと、別室で話があるんだけど……」
――ギルドの打ち合わせ室。
テーブルとソファがあるだけの簡素な部屋だ。
「別室に呼びつけてすまないね。
ちょっと、ユイカには聞かせられない話だからさ」
受付嬢のジーナがオレとレイラに紅茶を用意してくれた。
「どういうことだ?」
一応は冒険者であるユイカに聞かせられない話って……
「怖い顔しないでくれよ、大げさな話じゃないんだからさ。
アスランさんに護衛任務の依頼があるんだよ」
「何言ってるんだ、オレは木ランクだぞ?
護衛任務はギルドの決まりで受けられないんじゃなかったか?」
ギルドマスターのレイラが失念してるとも思えないが。
「冒険者の安全のために、ランクで行動範囲を狭めてるんだけど……、一つ抜け穴があってね」
「……どういうことだ?」
「指名された依頼であれば、ランクに構わず受けられるんだ」
「依頼者がオレをご指名ってことか?」
「そう」
「依頼内容はなんだ?」
「ユイカを護衛してほしいって言う内容なんだ」
「え?」
冒険者の護衛なんて聞いたことないぞ。
「ユイカってオレの弟子の……」
「そうそう、あのユイカ。
要はユイカの親御さんが過保護ってことに尽きるんだけど」
「……そういうことか」
実はユイカは豪商の娘だ。
王都一の勢力を保つスポルディング商会の会長の娘で、護身術のために剣術を習っている。
魔法学園に通っているのもそのためで、ユイカは将来隊商を率いるかもしれないから、『盗賊に襲われても自分の身を守れるように』と、親御さんは願っているんだ。
ユイカが冒険者登録したいって言いだした時、『我が子を冒険者にしたいわけじゃない』と、親御さんと随分喧嘩をしたらしい。
今日冒険者登録しにきたところを見ると、頑固なユイカに親御さんが結局根負けしたんだと思っていたが……
「気づかれずに、ユイカの身に危険が及ばないよう、守ってほしいってことなんだけどね」
「無茶言うなよ、顔見知りに気づかれないようにするほうが難しいんだぞ」
「そう言わず、頼むよ。
前報酬でいいものくれるってことだからさ」
レイラはテーブルの上に置かれた袋から、茶色い靴を取り出した。
「オレは大して服飾に興味ないが、上等な靴だってのはわかる。
湖牛の革か」
「そうそう」
持ち上げてよく観察する。
湖牛の革を使った靴の縁には細い金属板が当てられてあり、それにはすべて魔法陣が彫金されていた。
「驚いた、付与術で強化済みの魔導具じゃないか!」
「消音の魔導具だそうだけど、一人娘のためとはいえ……ただの尾行に必要とは思えないよ」
それだけ、ユイカが大事だってことか。
手に取ったこの靴はずっしりと重いものだった。
靴を履き換えると、まるであつらえたようにオレの足にピッタリだった。
持った時には重かった靴だが、まるで履いていないような軽い装着感。
その場で跳んでみても、全く音がしなかった。
「へー。
大したもんだね、この靴は」
「仕方ない、愛弟子のためにひと肌脱ぐか」
「かっこいいこと言ってるけどさ。
アスランさんも、結局その靴欲しいんじゃないの?」
「……否定はしない」
いや、すごい履き心地がいいんだよな。
――酒場へ。
レイラに依頼情報を教えてもらった。
ユイカの初任務は、トルトナム湖のほとりで依頼者が落とした指輪を探すことらしい。
トルトナム湖は普段スライムくらいしか出ないと聞く。
成功報酬も安いし、わざわざ冒険者ギルドへ依頼したことに違和感を覚えた。
オレの気にし過ぎなのであればいいが、一応、トルトナム湖周辺の情報を得ておくか。
「いらっしゃい」
髭面のマスターが低い声で話しかけてきた。
「アンタ、見ない顔だな」
「ははは、食うに困ってこの年で冒険者を始めたんだ。
こう見えて初心者だから、優しくしてくれると助かるよ」
マスターは、グラスになみなみと葡萄酒を注いでオレに寄越してきた。
「はっ。
アンタの年で冒険者始めるなんて、むざむざ狼の餌になりにいくようなもんだ。
せめて俺くらいはアンタの顔は覚えててやる、カウンターに座りな」
「はは、手厳しいな。
でも、ありがとう」
唇をへの字に結んでいる気難しそうな印象の店主だが、目の前に注がれた葡萄酒は歓迎の印だろう。
ありがたく頂いておく。
「マスター、明日オレ依頼でトルトナム湖に行くんだけどさ。
何か情報ある?」
「……特には」
マスターは首を振り、グラスを磨き続けた。
「おい、アンタ。
トルトナム湖って言ったか?」
カウンターに座っていた弓使いが話に加わってきた。
「ああ」
「アンタ、素人みたいだから教えてやるけどさ。
今、トルトナム湖周辺の依頼は美味しくねえんだ」
「と言うと?」
弓使いはニヤリと笑ってグラスをあおった。
「へへへ。
マスター、蜂蜜種をくれ。
支払いはアンタでいいよな?」
情報が欲しけりゃ酒代を寄越せ、か。
はっ。
愛弟子のためだ、たっぷり飲んでいきやがれ。
「マスター、でっかいグラスになみなみ注いでやってくれ」
頷きもせず、マスターは酒をつくって弓使いへ渡す。
「お、話がわかるじゃねえか。
冒険者同士、情報は生命線だからよ。
ギブアンドテイク、俺もアンタが情報をくれたら、きちんと金を払うよ」
弓使いは握手を求めてきた。
「マスター、オレにも同じものを」
マスターに酒を催促すると、すぐにオレの元にグラスが来た。
グラスを持たない方の手で握手を交わす。
「「乾杯!」」
二人でグイっと蜂蜜酒をあおった。
「……トルトナム湖にはな。
実は今、モンスターが大挙して押し寄せてる」
「何だと?」
「どうしても依頼報酬の値付けが変わるのは時間がかかる。
熟練の冒険者の方が、ギルドより情報が早いんだ。
こっちは命がかかってるからな」
弓使いは笑いながら言った。
「だから今、トルトナム湖周辺の依頼を受けるのは、初心者か、よっぽどのお人好しだけだ。
どういうわけかわからねえが、ブレンダン火山からトルトナム湖にモンスターがなだれ込んでる」
「なるほど……」
「明日にはトルトナム湖周辺の依頼も報酬金額が上乗せされるはずだ。
ギルドだってきちんと値付けを更新してくるだろうからな」