01 剣聖になれなかった師範代、道場を抜ける
連載版スタートします!
王都に名をとどろかせる剣術流派「グレアス一刀流」、師範代のオレ――「アスラン・ミスガル」は分刻みのスケジュールであちこち走り回っていた。
先代が流行り病で急に亡くなった。
それからは泣き暮れることも許されず、師範代として文字通り代役を務めるため走り回った。
王宮剣術師範として若い王侯貴族の剣術指導や、軍師たちを交えての兵法指南。
変わったものでは道場破りとの他流剣術試合。
「剣聖」としての仕事を肌で感じて、改めて先代の偉大さを思い知っているところだ。
慌ただしく過ごしていると、あっという間に3か月が経った。
今日は新たな「剣聖」の就任式。
グレアス一刀流は一度も他流試合に敗れたことはないし、「剣聖」は今回もうちの流派から選ばれるだろう。
他流試合を一手に任されている師範代のオレは、意気揚々と就任式の会場へ向かった。
――箔をつけるためだろうけど、王宮の一室を借りて「剣聖」の就任式は行われる。
軍務大臣は咳ばらいを一つして、手持ちの原稿に目を通し話し始めた。
「ユトケティア王国第39代、【剣聖】に選ばれたのは、グレアス一刀流【マリク・サイード】」
え?
目の前が真っ暗になった。
「剣聖」に選ばれたのは、オレでなく――弟弟子の「マリク」だった。
★☆
先代が亡くなってからというもの、剣術指導も兵法指南も、代役を務めたのはすべてオレだった。
それなのに、オレの剣よりマリクの方が上だって言うのか。
隠しきれない苛立ちが沸き起こる。
会場を出て、グレアス一刀流の長老たちに詰め寄った。
「教えてください。
マリクの剣は、オレの剣より上なんですか」
長老たちは押し黙っていたが、やがて長老の一人が重い口を開いた。
「グレアス一刀流の最高の剣士はアスラン、お前じゃよ。
ワシも剣士として、そこに嘘はつけない」
他の長老達もうなずいていた。
「だったら何で……」
「のお、アスラン」
長老はオレをなだめるように話し出した。
「剣術はおぼつかなくとも、寄付をした貴族に免許状を与える。
この件、考え直してはくれんか?」
長老はオレの肩に手を置いた。
「……何度も申し上げました。
先代は、たとえ貴族だろうが金で免許状を与えるような真似はしてはならない、と申しておりました。
私もそう思います」
肩に置かれた手を振り払った。
長老たちは眉をひそめ、ぼそぼそと何やら話しあっていた。
「アスラン。
先代と同じで、お主は頭が固いのお。
じゃから、お主は【剣聖】になれんのじゃ」
「あらあら、むさくるしい男たちだけで、どんな難しい話をしているのかしら?」
先代の後妻、マーガレットがいやらしい笑みを浮かべながら話に入ってきた。
すでに高齢だった先代に、一目ぼれしたとかで後妻に収まった年若い女。
マーガレットのむせかえるような香水の匂いが、オレは大嫌いだった。
「師範代は私です。
どうしてマリクが【剣聖】に選ばれたのでしょうか?」
率直な質問に対し、マーガレットは扇を広げて口元を隠す。
「あらあら、うふふ。
剛剣のアスランに、柔剣のマリク。
私としては、これからも二人でグレアス一刀流を盛り上げて欲しいのだけど……」
話しながら体をくねくねとマーガレットは揺らし続ける。
彼女のその曲線美に、長老たちが鼻の下を伸ばしているのがオレにもわかった。
「そうねえ……強いて言えば、『型』ね。
マリクの方が美しかったのよね」
「あなたは何もわかっていない。
グレアス一刀流は、一撃必殺を掲げる剣。
マリクが得意な、流れるような剣舞など本来必要ないものだ」
マーガレットは笑いながら話し続ける。
「あら。
だって今、王都では流麗な剣舞を見世物にする剣術流派がブームなのよ?
マリクの華麗な剣の方が、門下生を増やせるわ。
長老たちも、みーんな賛成してくれたのよ?
まあ、少しだけ金色に光るお菓子が必要だったけどね」
マーガレットは乾いた声で笑い、長老たちはオレから眼をそらした。
「……あなたたちは結局金か」
薄汚れた長老たちの顔を見たくなくて、頭を下げたまま一礼した。
「今までお世話になりました。
オレがグレアス一刀流で学ぶことなど、この先何一つありません」
「あらまあ、辛辣ねえ。
アスランったら」
足早にその場を去るオレに向かって、遠くから声が投げつけられた。
「悪いな、アスラン。
先代からもらえるもんは、さ。
全部オレがもらってやるからよ。
剣聖も、女も、な」
マリクはそう叫ぶと、振り返ったオレに見せつけるようにマーガレットの腰に手を回した。
「フフ、マリクったら」
なで回すようなマリクのいやらしいその指先と、嬉しそうに微笑むマーガレットの表情を見ただれもが、この二人の関係を悟っただろう。
先代の喪が明けた途端にか。
いや、今こういった関係だと言うことは、喪が明ける前から二人はつながっていたのだろう。
はは、お盛んなことだ。
オレが師範代として駆けずり回っている間、あの二人は仲睦まじく過ごしてたってことか。
……人として尊敬出来はしないが、オレにはもう関係ないことだ。
好きにするがいい。
――失意のまま、道場へ荷物を取りに向かう。
木造りの道場には、いつものようにガツガツと木剣のぶつかり合う音が響いていた。
グレアス一刀流の上層部は腐り果てているが、手に汗握り、木剣を打ち込む生徒たちの姿は、眩しい輝きを放っていた。
「「先生!」」
オレを見かけて剣を握る手を止め、女生徒たちがオレの近くに集まってきた。
オレの受け持ち生徒はほとんどが女性だ。
あの、勘違いをしないで欲しい。
マリクは年若い女性を見ると隙あらば手を出そうとするので、仕方なくオレが女子を受け持っているだけだ。
正直、子どもだろうが女の人は苦手だ。
そこが年頃の娘を持つ親御さんからしたら妙に受けがいいのか、オレの受け持ちは女の子ばかりだった。
「みんな聞いてくれ」
「「はい!」」
みながすぐに姿勢を正す。
「今日を持って、グレアス一刀流から抜けることになった」
「「え?」」
「だが、オレは剣を手放すつもりはない。
自分が輝ける場所で、自分なりの剣をふるって、もう一度高みを目指すつもりだ。
お前たちにも世話になった、ありがとう」
「「先生!」」
皆いい生徒たちだった。
話せば未練が残るから、駆け寄ってくる生徒たちの方を振り向かず、オレは足早に道場を後にした。
「「先生、ありがとうございました!」」
姿勢を正して、一列に揃った礼を見せてくれた生徒たちへ、オレも精一杯の礼を返す。
「ありがとう、みんな」
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