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ヒーローがいるのに平和な街の表 Ⅴ

 翌日。

 朝、目を覚ますと俺は目を疑った。

 目の前に、刀と銃があった。

 一降りの日本刀。輝きは白く美しい。よく手入れされているようで錆一つない。

 拳銃。リボルバー式。黒光りするその銃身は何者も寄せ付けない。

 刀と銃。

 ――刀銃。

 それらを見て初めに思ったのはこれだけ。

「なんで“ここ“にこんな物があるんだ?」

 ここは平和な街。

 俺が刀と銃を知っているのはただ単純に平和な街になる前にそれらを見た経験があるからだ。

 銃は俺の両親が使った。思い出したくもない。忌ま忌ましいだけの物体。

 ……ん?

 あれ? ちょっと待て、おかしい。

 それなら、何で俺は刀なんて存在を知ってるんだ?

 いつ見たんだ? 両親が居たくらい昔のことだったら俺は絶対に覚えている。銃を覚えてるんだ。刀なんて、絶対に忘れる訳がない。

 じゃあ最近か? そんな訳ないだろ。平和な街で、こんな物騒な物を目にする機会があったらお目にかかりたい。

 この街の人間は誰一人こんな危ない物達を覚えていない。

 危険は悪。

 悪は危険。

 どんなことでも揺るがないその意識は百パーセント変わらない。

 だから“ここ“にこんな物がある筈ない。

 ならば何故存在してる?

 何故俺は存在を知っている?

「…………」

 ……答えは出ない。どんなに考えたところで、意味がわからないぞどうすりゃ答えが出るんだよこれとかいう結論しか出なかった。これは俺の頭の悪さが原因なのか? いやいや、そんなことはないだろ。自分の家に、いきなり出所不明の危険物体計二つがあったら誰でも思考回路が停止する筈だ。

 でも。

 それならそれで、やる事は一つしかない。

「とりあえず処分しないと……」

 そう思い二つの物を手に取った瞬間、ノックも無しにいきなりドアが開いた。

「刀銃今暇っ!」

 どこまでも空気が読めない叶香里だった。

 何で……何でお前はこういう時にこういう状況の時に限って登場シーンをつくりだすんだよ!

 どうすりゃいい……どうすればこのピンチを切り抜けられる!

 俺の家にいきなり入ろうとした叶だったが、俺の前にある刀と銃を見て一瞬呆気にとられる。しかしここが流石叶というところか。一瞬の内に曇らした顔をポーカーフェイスにしたかと思うと、今度はニパー、と明るい表情になった

「あれ? 何それ?」

 叶は俺の両手にある物を見て首を傾げる。

 ……そうだよ。そうだ、そうだった。

 いくら変人の叶でも、刀や銃なんて存在を知ってる訳ないじゃないか。

「ああこれか? 何でもない。テキトーに物産展を目まぐるしく回ってたらこんなん買っちまった。なんなんだろなこれ?」

 その間約十秒。知らぬ間に言い訳が完成していた。我ながら最低な性格をしていると思うが、まあそこは気にしないでおこう。

「うーん……金目の物なら私が知らない筈ないし……じゃあどうでもいいや。金目じゃないならどうでもいいし。刀銃の変な趣味のことなんてどうでもいいし」

「最後の一言要らなくね!」

「アーアーもううるさいですよ刀銃はー。そんなんだから幼女をストーキングしたりしちゃうんだよ」

「勝手に捏造するなよ! する訳ないじゃんそんなの! これでも紳士だから俺は!」

「新死? 何それ? どんな死に方?」

「どんな漢字の間違いしたのお前!」

「だって紳士ってジェントルマンだよ? 刀銃はジェントルマンじゃないもん」

 ……ぬう。

 まあ反論は出来ないけれども。

「私にとってのジェントルマンは、ビルの上に立って札束を巻き上げて「ほら、金だ愚民共! 拾えよ! 地面にはいつくばってゼーハー言いながら拾いまくれよ! 醜く汚く金をせびれよ!」って言う人だし」

「怖ぇよ! 紳士どころか人間でも無ぇ!」

 銭ゲバかよ!

 普通に酷過ぎる!

「なんでそんな奴が紳士なんだよ! お前にとっては金を笑顔でくれる奴の方がいいんじゃねえのか!」

「嫌よそんなの。つまんない」

「じゃあなんで!」

「いや。だって私、Mだから」

 ……はい?

「ドMだから」

 二回言われても困るんだけど。

 しかもドが付いたバージョン。

「Mって……あれ? 服のサイズ?」

「つまんないボケしてんじゃないの。マゾよマゾ。ドマゾよ。だから私運動が好きなんじゃない。自分で自分を追い詰めるなんて……しかもそれを他人に見られてるなんて……私が汗をかくのを見て笑顔で会釈してくれる……皆私を虐める……アア……最っ高……」

 朝っぱらから知人の部屋に押し入り顔を紅潮させ、体をよじって興奮し始めた奴がいる。

 なんとそれは、俺の友人だった。




「で、お前は何の用で家に来たんだ?」

「だから言ったじゃん。暇なのよ私。どっか連れてけバカヤロー」

 という訳で、俺は今叶と共に街中を歩いている。

 刀と銃はとりあえず押し入れの中に入れておいた。叶の反応でもし誰かに見られても大丈夫だと安心したからだ。大丈夫。うん大丈夫。安心感とはまさにこのことだろう。なんせ街一番の変人と言っても過言ではない叶が普通にスルーした代物だからな。凄いぜ、旧世代の重火器。

「よし、次はあそこに行こう!」

 しかしこの叶香里という女は俺の想像以上に嫌な奴らしい。空気が読めないだけならまだしもな話だ。

「ほら刀銃。あそこのブランドよブランド」

「もう俺の財布が悲鳴を上げる余裕もなさそうなんだけど!」

 朝いきなり押し入った揚句、連れて行かれる場所はどれもこれも高価な物しか売ってない場所だった。

 会計は何故か俺。

 これで怒らない方がどうかしている。

「じゃあ今から銀行へ行こう」

「お前は俺を破綻させるのが目的なんだろ! なあ、そうなんだろ!」

「違う違う。そうじゃなくて、ちょっとだけお金を銀行の人から借りてほしいだけだよ」

「貸し借りじゃなくて強盗の方!」

 こいつやっぱり半端じゃねぇ!

 知人を笑顔で犯罪者に仕立てようとしている!

「銀行はお金を貸して、借りる所じゃん? だからいいんだって少しくらい」

「お前の銀行の定義は間違ってる! いいか、銀行ってのは自分のお金を預ける所だ! 貸し借りする場所はまた別の所なんだよ!」

「え? じゃあそこに行けば私、無償で大金持ちになれるの! よし、そこに行こう」

「やっぱお前間違ってるよ! 金融関連で危機に陥りそうなタイプの中で一番厄介なタイプだよ!」

 そうやって回れ右をする叶を本気で制していたら、叶はふとピタリと動きを止めた。

「刀銃……あれはなんなのかな」

 そう言って指をさした場所にあったのは、遊園地とかでよくみるハンマーのあれだった。

 あああつまりわかりやすく説明するとすると、あれだ、ハンマーを振りかぶって台とかに当てて、その台がどこまで上に行くかどうかを競うやつ。つまり力自慢のゲームだ。その横には頂上に達した時のみ手に入る景品が横に置いてある。街中にこのマシーンはかなり不釣り合いだと思うが、そこは平和な街。不思議に思わない。

「刀銃……あの景品……」

 そう言う叶の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。

 トラウマ泣きなのか。

 それとも嬉し泣きなのか。

 多分後者だろうなと判断し、金目の物なのか運動関連の物なのかどっちだろう、と軽く考えていたら、それらは大きく外れていた。

「SMグッズよ刀銃! 私これやる! も……もし景品貰えたらさ……あ、後でこれで遊ばない……? ……ああ……鞭だけじゃなくて蝋燭まであるんだってさ……ほら……私なぶられてあげるから……刀銃……虐めて……私を弄って……」

 その場から全速力で逃げ出した俺の目には、マシーンを欲望のまま力一杯殴ったせいでぶち壊されてしまったマシーンと、沸き上がる煙りの中、恍惚の表情をした変態が立っていた。

 その変態は、俺を見たら真っ先に向かってくるだろう。

 だから俺は逃げるしかなかった。

 というより、逃げなかったら俺は一線を越えていたと思う。

 そして、その一線を越えてしまった場合……ああすまん、これ描写したら一気にひかれるパターンだ。

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