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言葉の裏

「リナ様がいつ起きてきて、お茶を飲みたいと言われてもいいようにクッキーを用意しておいてよかったです」

テーブルにクッキーを乗せた皿を置きながらタイトは満足そうに言う。

「突然の提案だったのにありがとう」

「この部屋を作ってからは、誰でもすぐにお茶とお菓子が食べられるようにしていますから」

タイトは神殿で料理を担当している使用人だ。元傭兵ということで屈強な体つきは料理人に見えないが、いつも美味しい食事をその太い腕で生み出している。食事以外でもケーキやお菓子も作ることができて、お茶会用の部屋を作ってからはいつでもすぐに食べられるように日持ちのする物を作り置きしてくれていた。

「基本的にはリナ様がみんなとお茶をしたいということに使っていますが、私たちだけでもたまに使っています。その時もタイトが用意してくれるので助かっているんですよ」

使用人に声を掛け終えたアスロもやってきてお茶の準備をしてくれている。リナの横にはすでにリカルドも座って黙って準備するアスロたちを見ていた。

「私の許可は必要ないから、いつでもみんなで使ってくれた方が、この部屋を用意した意味があるわ」

この部屋が作られたのはリナの提案だった。使用人たちとゆっくりお茶を飲みながら話ができる場所が欲しいと言ったが、最初は無理だろうと思っていた。だがロイドはあっさり許可して部屋もすぐに作ってしまった。リナが使うための部屋ではなく、使用人達だけでも使ってほしいと思っていたが、ちゃんとその役目を果たせているようだ。

嬉しく思っていると、扉をノックする音が聞こえ、ゼオルが顔を覗かせた。

「リナ様、お加減はよろしいのですか?」

「午前中に会ったでしょう。もう大丈夫よ」

リナがすでに部屋にいることを確認するとすぐに入ってきて、彼はまずリナの体調を確認してきた。竜王国の神官という役職になっているが、聖女であるリナの補佐役でもある。今回のギュンター王国の襲撃に不安を覚えながらも自分の仕事をしっかりとこなしてくれている。

午前中に今後の打ち合わせをしていたが、その後昼寝を挟んで再び会ったのに、ゼオルはやはりリナの心配をしてきた。

「午前中は少し顔色が良くないように思っていたので心配していました。今はだいぶ良さそうですね」

怪我人の命を繋ぐため見守る形で一夜を過ごしたリナは、うたた寝をしただけで朝を迎えたため、そのままゼオルと顔を合わせていた。リナとしてはそこまで疲れているつもりではなかったが、周りは気を遣っていたらしい。アスロたちに昼寝をするように迫られたのはそれも原因だったのだろうと今さら気が付いた。

「みんなとお茶を飲むくらいには元気になったわ」

目の前に出されたカップを持ち上げて笑顔で答えると、ゼオルは満足そうに頷いた。

「ふ~ん。貴族のお嬢様だって聞いていたから、もっとか弱いのかと思っていたけど、想像よりは元気そうだな」

穏やかな雰囲気が漂っている中、冷めた言葉が飛んできた。声が聞こえたほうを向くと、いつの間にか部屋に入ってきた茶色の髪と瞳の獣人キリアルが扉の前でじっとリナを見つめていた。

リナとあまり変わらない年に見えるが、アスロの見た目に騙されたことがあったのでもしかするともっと年上かもしれない。

リナは立ち上がるとすぐにキリアルの前まで行った。

「初めましてリナ=フローネスです。使用人のキリアルですね」

顔を合わせてはいたが言葉を交わすことがなかった。まだ挨拶をしていなかったのでリナから名乗ると、キリアルは腕を組んだままリナの足先から頭の上までしっかり見てから口を開く。

「ロイド様と比べると見劣りはするけど、まぁまぁだな」

「え?」

きょとんとするリナだったが、部屋にいた他の使用人たちが一瞬にしてざわついた。

「お前、リナ様に対してなんてことを言うんだ」

先に口を開いたのはタイトだった。ずかずかと歩いてくるとリナを庇うように前に立つ。

「ロイド様が結婚したと聞いていたから、相当美人なんだろうと期待して帰ってきたんだぞ。予想外だっただけだ」

特に悪びれることなくキリアルが言い返してきた。

「なんて失礼なことを」

すぐにリカルドがテーブルを叩いて怒鳴った。

誰もがキリアルに対して怒りの視線を向ける中、リナは1人納得したように微笑んでいた。

「ロイドと比べてしまったら、さすがに見劣りするのは仕方がないわね」

頬に手を当てて当然だというように発言すると、今度はキリアルも含めた全員が驚いた顔をしてリナに視線を向けてきた。

リナ自身ロイドと比べると美しさでは勝てないことはわかっている。美人と表現するにふさわしいロイドの横に立つと自分がどれだけ平凡なのか思い知らされる。だが、隣にいることを嫌だとは思わない。

ロイドがその顔で苦労してきたことも知っている。そんな彼がリナに隣にいてほしいと願った。そしてリナも彼の隣に居たいと思った。

顔の美しさでそう思ったわけではない。彼の優しさと強さに惹かれたのだ。

「でも、ここに居る使用人は見た目だけで相手を判断したりしないと思っていたけど、そうではなかったようね」

「え、あ・・・そういうわけじゃ」

リナの言葉にキリアルが言葉に詰まる。

こうやって相手の見た目を非難するのは貴族社会にもあることだ。女性ならドレスや宝石の流行りを身に着けていないと古臭いとかダサいと言われる。華やかさに欠ければ地味だと非難され、派手すぎるのも逆効果だ。綱渡りをしてきたリナにとって、ロイドと比べられる自分に傷つくことはない。

「なんだよ。お嬢様だって聞いていたから、箱入りだと思ったのに。図太い神経しているじゃないか」

困ったように呟くが丸聞こえだ。

さらに言いくるめるべきかと口を開こうとした時、急に部屋の扉が開いて、廊下から足が伸びてくると、扉の前に立っていたキリアルが蹴飛ばされてバランスを崩した。

突然のことに驚くリナは、タイトが庇ってくれたおかげで蹴られたキリアルとぶつかることはなかった。

「おわぁ」

お尻の辺りを蹴られたキリアルは前のめりになるとすぐに後ろを振り返る。

「スカイ、いきなり何するんだよ」

「そんなところに立っている方が悪い。それに、リナ様に対しての言葉も悪い」

入ってきた猫獣人のスカイは問答無用だというようにキリアルを見ていた。怪我人の側にいると聞いていたが、どうやら交代してこちらに来てくれたらしい。

今までのやり取りを廊下で聞いていたのか、ここぞとばかりに扉を開けて蹴り飛ばしたのだろう。

憮然と言うスカイにキリアルが言い返そうとした時、背後から伸びてきた手が彼の狼の耳を鷲掴みにした。しかも両手で両方の耳を掴んで後ろに引く。

「リナ様に失礼なことを言ったのに謝罪もないなんて、あんたの育ち方はどうなっているのよ」

アスロが力任せに耳を引っ張っている。キリアルは後ろにのけ反りながら痛みを訴えてきた。

「ア、アスロ。痛いから引っぱるな。耳は駄目だ」

「わざとやっているのよ」

同じ獣人族だからなのか、普段はそんなことをしないアスロが容赦ない。スカイも助けることなく黙って扉の前に立っていた。

リナは止めるべきだろうかと迷ったが、ぶつかることを防いでくれたタイトと目が合うと、彼は首を横に振った。

「キリアルは仕事はできるけど口が悪くて、神殿に戻ってくるとアスロとスカイに注意されているんです。いつもの光景なのでお気になさらず」

これが彼らの注意の仕方のようだ。獣人族だからなのか、彼らだからこその態度なのかわからなかったが、とりあえず見守ることにした。

容赦ないアスロの耳の鷲掴みに、キリアルもさすがに痛さに負けたのかすぐに大人しくなった。

「リナ様はロイド様の奥様で、ここでは女主人のような存在なのよ。それを見下すような態度を取るなんて、使用人としての再教育が必要ね」

「自分の方が長く神殿で働いているから尊重されていいという考えがあるのがいけない。年長者として敬ってほしかったら、それなりの態度があるだろう」

2人ともキリアルに随分と冷たい対応だ。話を聞いているとキリアルが年上で、神殿で働いている年数も上のようだ。

「わかった。俺が悪かったからアスロは手を離してくれ」

未だにのけ反ったようにしていたキリアルも2人から責められては折れるしかない。

アスロが手を離すと痛かったのか頭を押さえるように耳を労わっていた。

結果は完全にキリアルの惨敗だろう。周りを見ると皆が彼を睨むように見ていて、ここにいる者たちは誰もがリナの味方なのだとわかる。

それが嬉しくて、自然と口元に笑みが浮かんだ。

「キリアル」

タイトの後ろに隠れる形になっていたリナはタイトを避けて前に進み出た。

未だに耳を撫でていたキリアルは名前を呼ばれてしょげたように振り返った。

「私を試したかったのでしょうけど、これだけは覚えておいてほしいわ」

そう言ってリナはキリアルにさらに近づくと、笑顔のまま続きを言った。

「貴族令嬢が全員何も知らない箱入りだと思わないことよ。腹の探り合いに相手の弱点を見つけるのは当たり前だし、それを平気なふりをして返り討ちにする役目もあるわ。見た目だけで判断してはいけないわ」

最後の言葉はリナをロイドと比べたことへの意趣返しでもあった。

キリアルが明らかに頬を引きつらせる。リナはそれを気にすることなく部屋にいる全員を見渡した。

「さぁ、お茶にしましょう。せっかく集まったのですから、楽しい話をしましょう」

ここでは使用人達と落ち着いた時間を過ごすために設けた。気持ちを切り替えてみんなでお菓子とお茶でおしゃべりを楽しむことにする。

キリアルとの顔合わせはこれで終わりだ。椅子に座るように促すとスカイに引きずられるようにキリアルも座る。ハラハラしていたゼオルとじっとキリアルを睨んでいたリカルドも椅子に座ってお茶会は始まることとなった。最初は気まずい空気が流れていたのだが、リナが何も気にすることなく話を始め、それに続くようにアスロが答えると、タイトやスカイも先ほどまで起こっていたことがなかったかのようにお茶を楽しみ始める。最後までキリアルは居心地が悪そうではあったが、最初の態度から一転して大人しくお茶を飲んでいた。楽しいお茶会と表現していいのかわからなかったが、リナにとっては息抜きになる時間となった。


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