ティータイム
ゼオルとの打ち合わせを午前中に済ませたリナは、アスロとレーリアに言われるままに仮眠を取ることになった。
「お昼寝をした方が絶対いいです」
「そうですよ。寝不足はお肌に影響がすぐにでます。若いからと言って油断は禁物です」
迫力ある説得をされたため、リナは素直に従うことにした。
昼寝と称して寝室のベッドに押し込められるような形になったが、カーテンを引かれても太陽の陽ざしが入り込む薄明るい部屋で眠れるだろうかと心配してしまったが、思っている以上に体は疲れていたのか横になるとすぐに眠気が襲ってきて夢の中へと誘われてしまった。
それからアスロが起こしに来るまで、リナは静かな部屋でぐっすりと眠ることになった。
1時間も立たない眠りだったが、起こされた時想像以上に頭がすっきりしていることに気が付く。
「お昼寝の力ってすごいのね」
ほとんど昼寝というものをしたことがなかったので、快調な自分に感激してしまう。
そんなリナの感想にアスロは嬉しそうにしていた。説得してよかったと思っているのだろう。
「この後はどうしますか?」
「まだあの怪我人は目を覚まさない?」
「そうですね。今はスカイが側にいるようですが、今のところ変化はないようです」
午前中の打ち合わせをして昼食を済ませても目を覚ましたとは報告がない。その後昼寝をすることになったが、まだ目覚めていなかった。
あの時一瞬ではあったが目を覚ましたのが幻だったのではと思ってしまう。このまま眠っているだけなのではと不安も少し感じているが、聖女の力が働いたのならきっと大丈夫だと考えなおした。
「少し時間があるなら手の空いている人たちでお茶にしましょうか。昨日からバタバタしていてみんなも落ち着いていないでしょう。顔を合せてゆっくり話ができたほうがいいと思うの」
怪我人の様子を確認するべきか迷ったが、必ず誰かが側にいて目覚めたら報告してくれることになっている。顔を出しても今のリナにするべきことはない。そう考えて使用人たちの休憩の意味も込めて、お茶に誘うことにした。
リナの夢から始まり、ギュンター王国への急な旅。戻ってきて休めるかと思いきや、怪我人が運び込まれ聖女の幸運が必要だと判断された。心を落ち着かせて休むこともできず、神殿にいる使用人たちもいつもと違う日常に心が浮いているのではないかと思えたのだ。
リナが落ち着いて使用人たちとお茶でも飲めば、場の雰囲気も使用人たちの心も落ち着くかもしれない。
そう考えて提案すると、アスロは嬉しそうに猫耳を動かした。
「そうですね。ボルドとゼオルは誘えると思います。リカルドも廊下で待機しているので一緒に行くでしょうし、レーリアはお使いに街に出かけていますね。それと、キリアルとまだちゃんと顔合わせをしていませんよね」
「キリアル?」
「狼の耳をした獣人族です。まだ会っていなかった使用人ですよ」
そう言われて、昨夜会った獣人のことを思い出した。特に言葉を交わすことはなかったが、お互いに顔を合せて認識はしている。ただ、お互いに名乗ることがなかったのでリナはあの獣人が会えていなかった使用人だと確認できていなかった。相手もリナのことをわかっていたのか疑問だ。ロイドが結婚したことは知っていても実際に顔を合わせていないのだ。
怪我人が優先される状況だったので、ちゃんとした顔合わせをしておきたいと思った。
「リナ様が神殿に来る少し前に、街でお祭りがあったのですが、その時以来神殿に戻ってきていなかったはずです」
リナが王竜を見てみたいと竜王国へ来た時、一般人が王竜への目通しができるのはその祭りの時だけと言われた。それ以外は基本的に空にいるため王竜の間にいないか、いたとしても許可がないと会うことができない。次の年の祭りまで会えないのだと落胆したことを覚えている。結局王竜の許可が下りて会うことが許されたが、祭りの時に戻ってきていたキリアルという使用人は祭り以降神殿には顔を出していなかった。
「定期的な手紙は届いていましたが、顔を合せたのは私たちも久しぶりです。お茶を飲みながらゆっくり話をするのもいいかもしれません」
「私のことは伝わっているのよね」
「こちらからも連絡はしていますから、ロイド様が結婚されたことは知っています。リナ様がどういう方なのかは伝わっていないと思うので、直接会って話をするのがいいと思います」
ロイドが結婚してリナが妻として神殿に住んでいることは知っている。他にもリカルド親子が新しい使用人として雇われたことも伝わっているそうだ。親子はすでにキリアルと顔合わせを済ませてしまっていた。
「それならキリアルも誘ってお茶にしましょう」
手の空いている者たちだけでも落ち着いた時間を作ることにする。
アスロはすぐに使用人たちに声を掛けるため部屋を出て行った。
リナも部屋を出てお茶会をするために用意された部屋に向かうことにする。
部屋の入り口にはリカルドが待機していたので彼を伴って行くことになった。
「リカルドはキリアルと顔合わせをしたのよね」
一緒に歩きながらリナはまだ言葉を交わしていないキリアルについてリカルドに聞いてみることにした。
「あの狼獣人ですね」
リカルドはどこか機嫌が悪そうに言う。不思議に思いながら先を待っていると、不満そうな表情になったリカルドが口を開いた。
「俺と母さんを観察するような、なんだか試されているような雰囲気が引っ掛かりました」
「試されている?」
「普通の会話をしただけです。でも、言葉と雰囲気がこちらを探ってきているようで、居心地が悪かったです」
リカルド親子は使用人として雇われてもうすぐ半年が経つ。キリアルはあまり神殿にいないとはいえ先輩使用人だ。後輩がどんな人物であるのか自分の目で確かめたかったのかもしれない。それがリカルドにとっては居心地の悪い嫌な経験になってしまったのだろう。
15歳の少年では、まだまだ感情が表に出やすいのかもしれない。リナに対して感情を隠すことをせず、率直な感想を伝えてきていた。
侯爵令嬢として育ったリナは、どれだけ嫌な思いをしてもいつも笑って感情を表に出さない訓練をしてきた。そうしなければ社交界で生きていけない。弱さを見せてしまえば周囲の貴族に揚げ足を取られ叩き潰されてしまうこともある。
リナもキリアルからすればロイドの妻ではあるが、後から神殿に入ってきた存在だ。きっとどんな人物なのか品定めされるのだろう。
「ちょっとだけ覚悟が必要かもしれないわね」
貴族として培ったものを発揮することになりそうだ。だが、覚悟が必要だと口にしながらどこか楽しそうにしているリナを見ていたリカルドがその笑みを少しだけ怖いと思っていた。そして、指摘してはいけない気がして口を閉ざしたことに気が付くことはなかった。




