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夜が明けて

「リナ・・・リナ、起きてくれ」

軽く肩を揺すられてリナははっとしたように瞼を上げた。

最初に飛びこんできた光景はベッドに横たわる名前も知らない怪我人。横を向くとリナの顔を覗き込む美しい顔の夫がいた。

「目が覚めたか」

「あ、ごめんなさい。私眠ってしまったのね」

目を擦ってから何度か瞬きをすると、周囲の状況がはっきりとわかるようになった。

部屋の扉の前には目を閉じたまま立っているボルド。眠っているように見えるがおそらく意識はずっとこちらに向けられている。

「疲れているのに徹夜までさせられたんだ。眠っても仕方がない」

窓の外を見ると朝日が昇っている。周りが明るく照らされてはっきり見通すことができた。

ベッドで眠る怪我人は昨夜医師の治療を受けたが、今夜が峠だろうと言われていた。そこを乗り切れば命をつなげられると言われてしまえば、当然リナは彼の側を離れるわけにはいかなくなった。

すぐにベッドの横に椅子を持ってきて居座るつもりでいたのだが、ロイドがその前に動いて使用人たちに2人掛けのソファをどこからか運ばせてきた。

驚いている間にロイドに導かれるようにベッドの横に置かれたソファに座ることになった。そしてその隣に当然のようにロイドも座り2人で怪我人の様子を見ているだけという状況になったのだ。

包帯を変えたり薬を塗ってあげたり、看病のようなことは一切ない。リナは側にいるだけで幸運を怪我人にもたらすのが役目だ。ロイドは付き添いなので、部屋で休んでいいと言ってみたのだが、何も言わずに動くことはなかった。妻を怪我人とはいえ身元もわからない男と一緒に一晩過ごさせることは出来なかったようだ。

念のため護衛として使用人たちが交代で部屋の中に待機してくれることになったが、ただ様子を見ているだけだったリナは、ギュンターへ向かい聖女としての仕事を果たしてきた疲れが出たようで、そのままロイドに寄り掛かって眠ってしまっていた。

「彼の様子は?」

ベッドで眠る怪我人を見ると、規則正しい呼吸が繰り返されていた。

昨夜よりも少しだけ顔色がいいようにも見える。

「もう大丈夫だろう。とりあえずは命を繋いだ」

「よかった」

ほっとしてロイドに寄り掛かると、彼は優しく抱きしめてくれる。

「幸運が彼に味方をしてくれたようだ」

「そうならいいけれど」

リナが聖女としての力を使ったという自覚はない。目に見えない幸運が怪我人を助けたのか断言できないのは寂しい気もするが、危険な状態だった怪我人が助かったのだからそれでいいと思うことにした。

「後はボルドたちに任せることにしよう。部屋に戻って休んだ方がいい」

体を離すとロイドは立ち上がってリナを立たせた。峠を越えたのならここに居る必要はない。怪我人が目を覚ますまで自室で休むべきだと判断した。

扉の前で静かに立っていたボルドが近づいてきてリナ達と変わるようにソファに腰を降ろす。あとのことは任せろと言われているようだった。

部屋を出る前に怪我人の様子だけ確認しておこうと思ったリナは、ベッドに横たわる男性の顔を覗き込んでみた。規則正しい寝息を続ける焦げ茶色の髪に瞼を閉じているため瞳の色はわからない。30歳くらいに見えるまだ若い男性はどうしてここへ来たのだろう。

そんな疑問を持ちながら見つめていると、ふと彼の瞼が動いた気がした。

「あ・・・」

気のせいかと思った瞬間、ゆっくりと瞼が持ち上がり髪よりも薄い茶色の瞳を覗かせた。

ボルドが立ち上がり、リナを庇うように立つとロイドも怪我人の様子を窺った。危険があればすぐにリナを離れさせるつもりなのだ。

怪我人は呆然としたように天井を見上げていたが、やがてリナ達に気が付いたのか周囲を見渡すようにこちらに視線を向けた。だがどこか上の空のように表情がぼんやりしている。

「・・・天使?」

視線がロイドに向いたと思った瞬間、彼がぽつりと言葉を漏らした。

「え?」

リナが声を漏らすと怪我人の男性は再び瞼を閉じてしまった。

「眠ったようです」

ボルドが確認して、再び意識を失ったことがわかった。

「今、天使って言ったような」

しかもロイドを見て発したように思う。

確認するように2人に視線を向けると、ボルドも聞き取っていたようで頷いたがロイドはどこか不満そうに眉をひそめた。

「ロイド様の顔を見て、天国にでもいる気になったのかもしれません」

「ここは喜ぶべきなのか。不本意な気がする」

ボルドの憶測に、ロイドは複雑な気持ちだったようだ。リナは夫の顔の美しさに納得するべきか、慰めるべきか困ってしまって言葉が出てこなかった。

「とりあえず部屋に戻ろう。ボルドはもう一度彼が目を覚ましたら知らせてくれ」

「わかりました」

天使発言は置いておくことにして、リナ達は一度部屋に戻ることにした。

「まだ眠いなら仮眠を取るといい。その後朝食にするが、このまま食事の方がいいならすぐに用意させる」

朝日が昇りすっかり朝となってしまった。いつもならロイドは庭で剣の稽古をして、それをリナが見学する。だが今日は出来なかったのですぐに朝食が待っていた。

ソファでうたた寝をしていただけということもあり、ベッドでもう一度寝ることを勧められたが、それほど眠気はない。

「朝食にするわ。それにやることもあるから」

怪我人の手当てや聖女の幸運をもたらすことなど、バタバタと事が進んでいたため忘れそうになっているが、それよりも前にギュンターで起こった襲撃や結界の修復など、抱えている問題があるのだ。

「朝食の後にゼオルと話もしないといけないわ」

ギュンターの神殿とのやり取りは元神官のゼオルを通して行われている。聖女が国外にいることを知られないために、ゼオルが竜王国の神官となり、ギュンターの神官と友人として手紙のやり取りをするという表向きにしていた。

ギュンターの王都の結界は修復されたが、またいつ襲撃を受けるのかわからない。犯人も不明なため些細なことでも何か情報があれば伝えるように言ってあった。

ゼオルとも情報の共有をしておきたい。戻ってきてからするつもりでいたが、休む暇もなく怪我人騒動でゼオルと話が出来ていなかった。

「わかった。だがくれぐれも無理はするな」

心から心配してくれているのがわかるので、リナは笑顔で頷いた。

朝食を2人で摂ることになり、その後リナはゼオルとの打ち合わせ。ロイドは他の使用人たちと話をすることになり、怪我人が再び目を覚ましたと連絡が来るまでそれぞれの役割を果たすことになった。


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