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幸運という名の加護

ホールでロイドが呼んでいるということで向かおうとしたリナだが、廊下に出てすぐロゼストがやってきて2階の部屋に案内されることになった。詳しい事情を話している暇がないようで、ロイドの指示だということを聞いて従うことにした。

2階には神殿を訪れた街の人や旅人が宿泊できるようにいくつも部屋が用意されている。だが、神殿を訪れた人たちは大抵検問所が閉まる前に街に戻って宿を取るため、ほとんど使われることがない。

部屋数だけは沢山ある静かな2階だが、リナが2階へ上がると一か所だけ人が出入りしている部屋があった。

スカイとアスロが部屋の前で何か話をしている。そこにボルドが出てくると言葉を交わして部屋へと戻っていった。

ロゼストに案内されて部屋へと行くと、スカイは目礼してすぐに立ち去り、アスロは扉を開けて中に入るように促した。

「怪我人を休ませています。リナ様が側にいると助かる可能性があるというロイドの様の指示です」

「えっと・・・」

何のことを言われているのかわからなかった。順を追った説明が何もされないまま部屋へと入ることになる。

部屋に入った途端、リナは血の匂いを感じ取った。

もう日も沈み辺りは暗くなっている。魔法石で明かりは確保されているが窓を開けているわけではないため、部屋の中に匂いが留まってしまっていた。

怪我人がいるという話だが、ここまで匂うことを考えるとかなり酷い怪我をしているようだ。

「リナ様こちらです」

ベッドに誰かが横たわっていて隣にボルドともう1人見知らぬ男性が立っていた。

獣人族だとはっきりわかる大きな耳がリナに興味を示すようにぴくぴくと動いている。

茶色の瞳がリナを捉えると一瞬驚いた顔をしたがすぐにベッドから離れた。場所をリナに譲ってくれたのだ。

リナはベッドに近づくと黒のローブを纏った男性の顔を覗き込んだ。

呼吸は浅く顔色も悪い。

「私は何をしたらいいのかしら?」

手当てはされているようで、ローブの隙間から包帯が巻かれているのが確認できた。

「我々もよくわからないのですが、ロイド様が言うには、リナ様が側にいると彼が助かる可能性が高くなると」

詳しいことを誰も聞いていなかった。ただリナに傍にいることを指示しただけで、ロイド自身は街へ医者を呼びに行ってしまっている。

「私がいると彼が助かると言っていたのね」

詳しい状況は未だにわからないが、それはロイドが戻ってきてから聞いた方が良さそうだ。それよりも今は彼の言葉の意味を考えた。

リナがいることで助かる命がある。そんな奇跡が起こるのならそれは幸運以外のなにものでもない。

そう考えるとロイドはリナの聖女としての力を示したように思う。リナ自身だけではなく、周囲にいる人たちにも幸運をもたらすのなら、リナが目の前の男性を助けたいと願えば危うい命を繋ぎ止めることができるかもしれない。

そっと男性の額に手を伸ばそうとして、すぐにボルドに止められた。

「相手の素性もまだわかりません。むやみに触れるのは危険です」

ロイドの妻であるリナを心配しての行動だとわかったが、リナは首を横に振った。

「大丈夫よ。相手は意識がないし、私が触れたほうがきっと効果が強くなると思うの」

接触のあるなしで幸運の度合いが変わるのかリナ自身わからなかった。だが今は触れた方がいいように思った。その方が目の前の怪我人にもっと幸運がもたらされるような気がしたのだ。

「それに何かあれば護衛がいるから大丈夫でしょう」

ボルドがいるが、部屋の入り口にはリカルドも待機している。それに見知らぬ男性がもう1人いるが、彼から敵意は感じられない。ボルドが何も言わないことを考えるとこの場にいて問題がないはずだ。

「わかりました。ですが何か異変があればすぐに離れてください」

生真面目なボルドは最後までリナを心配する。それに対して笑顔で頷いてから、怪我人の男性に手を伸ばした。そっと額に指先が触れると、思っていた以上に体温が低いようで冷たい。

リナが触れても何の反応も示すことなく瞼が閉じられていた。

「大丈夫。きっと助かるわ」

それは怪我人に言ったというよりリナ自身がそう願い、彼が助かることを信じているという意思表示でもあった。

黙って怪我人に触れてからどれくらいの時間が経ったのかわからなかったが、部屋の扉は開かれたままで廊下が急に騒がしくなったと思うと、ロイドが街から医者を連れて部屋に入ってきた。

もうすでに日が沈み街との検問所は閉鎖されているが、ロイドなら医者を連れてくることは出来る。竜騎士の強さと信頼は街の警備隊も納得している。医者を呼びたいと言えばすぐに手配してくれただろう。

白衣を着た50代くらいの白髪交じりの男性医師はすぐに怪我人の状態を確かめた。

リナは邪魔にならないように場所を譲って医師の後ろに立つ。できるだけ怪我人の側を離れないようにしたかった。

「応急処置は完璧ですね。すぐに薬の処方をしましょう。傷薬も準備しますので、処置する時に手伝ってもらえるとありがたいです」

すぐにボルドと獣人男性が怪我人の服を脱がせる準備を始めた。するとすぐにロイドがリナに部屋から出るように言ってきた。

「怪我の具合も悪い。あまり見ない方がいいだろう」

男性の裸体を見ることになるというより、怪我の傷を見せることを避けてくれたように思う。瀕死の怪我人を目の前にしたことがなかったリナは、酷い怪我がどこまでのものなのかはっきりとはわかっていなかった。もしも傷を見て卒倒でもしたら大変だと思われたようだ。

そこは遠慮することなくロイドの指示に従うことにする。傷の手当てを目の当たりにして平然としていられるか自分でもわからなかったからだ。

廊下に連れ出されたリナはそこで大きく息を吐きだした。自分で思っている以上に緊張しているのかもしれない。

「大丈夫か?」

「ええ、突然のことだったし、私が役に立てたのか正直わからないわ」

突然呼ばれて怪我人の側にいてほしいと言われたが、聖女の力が働いて怪我人が助かる幸運がもたらされているのか、リナにもわからなかった。

かなり危険な状況のようだと思ったが、それでも自分にできることをしてみたつもりだ。

「助かってくれるといいけれど」

「ヒスイが言うにはリナの力はちゃんと働いているらしい。彼がどこの誰なのかわからないが、とりあえず意識を取り戻してもらわないと話ができない」

王竜ヒスイはリナの力が発動していることを感じ取っているようだ。聖女であるリナでさえわからない見えない力だが、ヒスイは幸運が怪我人に作用していることを確認できている。

「ヒスイ様が言うのなら大丈夫でしょうね。手当てが終わったら、もう少し彼の側にいてもいいかしら」

リナの力が働いているのなら意識が戻るように祈ろうと思った。怪我を治す力はなくても命を繋ぎ止める手段となれるなら聖女としての力を思い切り発揮したい。

「いつ目覚めるかわからない。俺も側にいるから周りの心配はしなくていい」

「せっかく帰ってきたばかりなのに、ゆっくりできなくなったわね」

「すべて解決したらたっぷり休ませてあげるさ」

そう言って額にキスを落とされる。ギュンターに飛ぶことになって王都の結界が攻撃を受けて弱まってしまった。それを修復して今後の不安を残しつつ神殿に戻って来た。食事と入浴で英気を養うはずが、帰ってきて早々別の騒動が転がり込むことになった。

「それはロイドも同じだと思うわ」

2人とも疲れているはずだが、お互いを労わるように言葉を交わした。

そっと寄り添えばロイドが愛おしそうに頭を撫でてくる。

医師の治療が終わって部屋から出てくるまで、リナ達は扉の前でお互いを慈しむように寄り添って過ごすことになるのだった。それをすぐそばにいたリカルドはそっぽを向いて見ていないふりをしていたが、アスロも違う方向を見ながらも時々リナ達を見てにこやかな笑みを浮かべていた。


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