見知らぬ怪我人
「ギュンターで起こったことは以上だ。ボルドにはギュンターに向かってもらいたい。スカイは魔法国へ行って、魔法に詳しい者に話を聞いてきてほしい」
「すぐにでもギュンターに向かいます」
「魔法師が関わっているのなら、魔法国自体も何か動きがあるかもしれません。それについても調査してきます」
王竜の間にボルドとスカイが姿を見せると、ロイドはすぐにギュンターの神殿で大神官やバード殿下と話したことを伝えた。再び襲撃を受ける可能性のあるギュンターにボルドを向かわせて、小さいながらも魔法を使うことのできるスカイを魔法国へ送り込んで調査をするように指示する。
今回の事件は魔法師が関わっている。ギュンターでも魔法国に要請して調べるつもりでいるが、こちらも水面下で調査することにした。国同士の争いへと発展しないとも限らない状況だ。そうなると王竜が動かなければいけなくなるだろう。その時のためにも少しでも情報を得ていた方が動きやすい。ただ、国同士の争いに発展するのは最悪の場合だ。できることなら王竜の出番がないことを祈りたいというのが本音でもある。
調査が徒労に終わったならそれでいい。国同士の争いが起きないのが一番だ。
「キリアルが魔法国にいるはずだ。連絡を取り合ってみてくれ」
「わかりました。こちらの情報も伝えておきます」
偵察隊として動いている使用人は3人いる。獣人族のスカイ。竜騎士選定でグリンズを出たロイドについてきてくれたボルド。そしてもう1人獣人族のキリアルという使用人がいる。彼はリナが神殿にやってくる少し前にここを出てから一度も戻ってきていなかった。国を転々として調査をしているため年に1度顔を合せられればいいような使用人になっている。
定期的に手紙は届くので、現在魔法国に滞在していることはわかっていた。彼は現在の事情を知らないはずだからスカイと合流してもらってそのまま一緒に動いてもらうか、一度神殿に戻って来てもらうことになるかもしれない。
ロイドが結婚したことは知らせているが、実際にリナと会ったことがまだない。戻ってくることになれば顔合わせをさせたいと思っているが、まだどうなるのかわからない。
リナも今回のことに聖女として関りがある。落ち着いて顔合わせもできない可能性はある。すべて解決してからの方がお互いにいいかもしれない。
そんなことを考えていると背後の台座から静かにこちらの様子を見ていたヒスイが首を動かして扉をじっと見つめた。
「ヒスイ?」
『余計なものを連れて来たな』
何のことかわからなかったが、ヒスイの言葉が響いた後扉がゆっくりと開かれロゼストが入ってきた。
「ロイド様、キリアルが戻ってきました」
スカイと合流して調査をしてもらおうと思っていた使用人が戻ってきたようだ。戻るという報せは受けていなかったが、突然戻ってくることもあるのでそこまで驚きはなかった。だが、その後のロゼストの言葉にはさすがに少し驚いた。
「怪我人を連れてきています」
「怪我人?」
その言葉に先ほどのヒスイの言葉が理解できた。
キリアルが戻ってきたことはわかっていたようだが、そこに怪我人が追加されていたことで余計なものと表現したようだ。彼を呼んで状況を話し合おうと思っていたが、それよりも先にその怪我人の状況を聞く方が先になってしまった。
「怪我の具合は?」
「かなりひどいようです。意識はなく、キリアルに担がれてきました」
ロイド達が戻って来たことでロゼストも挨拶に王竜の間へ行こうとしていた。ホールを通って向かう途中で神殿の入り口から見知った顔が入ってきたという。夕方はすでに街と神殿を結ぶ道が閉鎖されている。魔物に襲われても保証されない森の中を抜けてきた久しぶりのキリアルに声を掛けようとしたロゼストだったが、彼は1人ではなかった。
黒いローブを纏った男性を背負って戻って来たのだ。
「応急処理はしているようですが、危険な状態だということです」
「相手の素性は?」
「そこまではわかりませんが、魔法師であることは確かです」
魔法師という言葉が出てきたことにロイドは嫌な予感がした。
ギュンター襲った魔法師。竜王国の神殿に運ばれた怪我をした魔法師。もしかすると魔法国で何かが起こり始めているのかもしれない。2人の魔法師だけで考えるには飛躍していると思うが、嫌な感じは拭えなかった。
「とにかく会ってみよう」
すぐに王竜の間を出てホールの入り口へと向かった。
「ロイド様」
そこにはスカイやアスロよりも大きく毛足の長い狼の耳を持った獣人族のキリアルがいた。片膝をついて、怪我人を床に寝かせて様子を診ていたが、ロイドが近づいていくと茶色の瞳を大きく見開くようにこちらを見た。
「久しぶりだな、キリアル」
「お久しぶりです。お元気そうでなによりです」
主人に会えた忠犬のような元気の良さに、彼は大丈夫だとすぐに判断して床に寝かされている怪我人へと視線を向けた。
黒のローブを纏った男性は30歳くらいに見える。黒に近い焦げ茶色の髪に瞼を閉じているので瞳の色はわからない。ローブを身に着けていることで、ロゼストは魔法師だと判断したようだが、見た目では違いがわからないので、今の状況で彼が魔法師だと断定することは難しい。
「状態は?」
「かなりひどいです。見つけた時は意識がありましたが、出血がひどくほとんど会話ができないまま意識を失いました」
「どこで見つけた?」
「神殿に向かうのに街を通ると検問所が閉まりそうでしたので、森を抜けることにしました。彼は森の手前で倒れていて、どうやら彼も神殿を目指しているような気がしました」
森から直接神殿を目指そうとしたキリアルだが、森に入る手前で蹲っている魔法師を見つけたそうだ。ほとんど会話ができなかったが、血だらけで苦しそうにしながらも神殿に行きたい意志だけは示したのだろう。
それを聞いて厄介ごとが舞い込んだことを悟った。
「応急処置はしていますが、どこまで持つのかわかりません」
「すぐに医者を手配した方が良さそうだな」
街への検問所は閉ざされているが緊急事態では通ることもできる。その代わりロイドが医者を迎えにいくことになる。他の者に行ってもらうこともできるが、事情を説明する必要がある。検問所を問答無用で通れるのは竜騎士であるロイドだけだ。とはいえ医者が来ても助かるかどうか怪しいとも思っていた。
顔色が悪く呼吸も弱い。危険な状態だということは間違いないだろう。
『リナを呼べ』
医者を呼びに行っている間に部屋に運ぶように指示を出そうとした時、ヒスイの声が響いた。
「リナを?」
『聖女の幸運が作用すれば持ちこたえられる』
ギュンターの聖女には守護と幸運という見えない力が授けられている。守護は王都を守る結界であったり、聖女が守りたいと願うことで防御の力を発揮する。幸運については聖女が願うことで幸運がもたらされることもあるが、聖女自身が側にいるだけで周りに幸運がもたらされることもある。
リナが側にいることで目の前の瀕死の魔法師の命をつなげられる可能性があるとヒスイは言っているようだ。
思いつきもしなかった提案に、ロイドはすぐにリナを呼ぶことにした。
ちょうどホールでばたばたしている気配を察知したのかリカルドが様子を見に来たので彼に頼むことにする。
「俺は医者を呼んでくる。彼を部屋で休ませてリナに傍にいるように伝えてくれ。聖女の幸運が彼を助けるかもしれないと」
最後の言葉はヒスイの言葉だ。誰も不思議がることなくロイドの指示に従って動く。ロイドと王竜を信用しているからこそ迷いなく動いてくれる。良い使用人に恵まれているなと感じながら、ロイドも医者を呼ぶためすぐに街へと向かうことになった。




