王竜との会話
ロゼストがリナを部屋へと案内している時、ロイドは再び王竜がいる部屋へと戻ってきていた。
中央の広い台座の上で静かに眠る体制を取っていた王竜が、ロイドが部屋に入ってきたことで首を持ち上げる。
『あの娘は一緒ではないのか?』
どこか不満げな声がロイドの頭に直接響く。
「今夜は泊まることになった。今は部屋に案内しているだろう・・・ヒスイの思惑通りにな」
日が傾きかけてこのままでは街への検問所が閉まる心配をしたロイドが声をかけようとしたのだが、それを王竜に止められたのだ。彼女をこのままここに留めるという声が聞こえたためだ。
内心驚きはしたが、表情に出すことなくロイドはその言葉に従った。王竜がそう言うのであればきっと何かあるのだろうと思ったからだ。
「彼女を留めた理由を、もうそろそろ教えてくれてもいいだろう」
何も聞かずに黙って従ったのだ。王竜の思惑を知ってもいいはずだ。
そう思って質問したのだが、返ってきた言葉に戸惑うしかなかった。
『あの娘を気に入ったのだろう』
質問に対して質問が返ってくる。
「は?」
困惑していると、王竜の楽しそうな声が響いてきた。
『お前の好みは把握している。気に入ったのなら、このまま番となるのもいいだろう』
「いや、ちょっと待て」
王竜の中でロイドとリナが夫婦となることが決定づけられた言い方に慌てるしかない。
大きな目をさらに大きく見開いて好奇心いっぱいの瞳を王竜に向けている姿は、どこか可愛らしいと思えた。茶色の髪を一つにまとめただけで、動きやすさを優先したような質素な服装ではあったが、どこか気品のようなものを感じる不思議な女性だとも思った。
だが、結婚して夫婦になりたいとまで考えが及ぶことはなかった。
「飛躍しすぎじゃないか」
気に入ったかと言われればそうなのかもしれないと思えるくらいには、彼女の雰囲気は穏やかでロイドの心を落ち着かせてくれる気がする。
王竜に恐怖を感じることなく興味のままに近づいて来る姿は、今まで見てきた女性たちとは明らかに違った。
「まさか、急に神殿に戻ると言い出したのは、このためだったのか」
普段は竜王国を飛び回って過ごす王竜だ。竜騎士であるロイドもそれに付き合うことが多いのだが、今日に限って急に神殿に戻ると言い出した。
何か理由があるのだろうと口を挟むことなく背に乗っていたロイドだったが、リナと会わせるために戻ったということだろうか。
だがリナとは初対面のはずだ。どうして空を飛んでいた王竜が、ロイドがリナを気に入ると思ったのか不思議だ。
『最初は違う理由で戻った』
「違う理由?」
『神殿内に不思議な力を感じた』
王竜は神殿に自分の力を宿した宝玉を置いている。それは王竜が座っている台座の中に隠されているのだが、何者かが神殿に入ると察知できるらしい。そのため上空を飛んでいても神殿で起こっていることをすぐに把握できるのだ。
『悪いものではないとわかっていたが、気になって戻って来た。あの娘から力を感じることもすぐにわかったが、同時にお前が気にいることもわかった』
「不思議な力とはなんだ?」
王竜が気になるほどの力とは何か。自分が気に入るかどうかより、そこが一番気になってしまった。
『それは本人から聞いてみるといい』
そう言うと会話はもう終わりだと宣言するように王竜が首を下げてしまった。再び眠る体制になった姿を見て、これ以上質問してもきっと何も答えくれない。
まだ聞きたいことはあったが、諦めたようにため息をつくしかなかった。
「明日はいつも通りに飛ぶだろうな」
その質問には声は返ってこなかったが、尾が揺れたことで肯定したことは伝わってきた。
もう一度息を漏らしてから王竜の部屋を出る。
自分の部屋へと向かいながら、考えるのはリナのことだ。
二十歳くらいには見えたが、笑顔を向けてくると少し幼く見えた。それでも、どこか芯のようなものをしっかりと持っているようなまっすぐな瞳も持ち合わせている。
どこか不思議な感じがする女性だが、王竜の言っていた力というのも気になった。
「いろいろと謎が多そうな女性かもしれないな」
王竜も気に入っているようだが、ロイドの中でまだ恋愛感情で近づきたいという考えは持てていない。それよりも謎が多いことによる興味の方が上になっていた。
「しばらくは面白くなるかもしれないな」
誰もいない廊下で呟きながら、ロイドは気が付かないうちに口元に自然と笑みを浮かべていた。