夢
不思議な気分だった。
気が付くと空に浮かんでいて、飛んでいるというよりもその場を漂っているような感じだ。
リナは周りを見回して、既視感を覚えた。
見下ろすと街が見える。その街が見たことがある気がした。
首を傾げつつしばらく眺めていると、見覚えのある建物に目がいった。
「あれは、神殿」
白い建物は、ギュンター王国の王都に建てられている神殿そのものだ。そして少し遠くなるが、ギュンターの城があることも確認できた。
「ここは、ギュンターの王都なのね」
なぜここに居るのか。しかも宙に浮いていることにその時は疑問を持たなかった。ただここが王都であり、リナは見下ろしているのだという事実だけは受け入れていた。
王都は城と街全体を守るように壁で囲われていて、その壁よりも少し広く見えない結界が張られている。結界は王都全体を覆うように存在しているが、神殿の神官や聖女はその結界を感じ取ることが可能だ。それによってギュンターは守られているのだと判断してきていた。
リナも結界そのものは見えていなくても間違いなく結界があることはわかっていた。
どれくらいそのまま眺めていたのかわからない。
気が付くと、王都の入り口となる門から少し離れたところに黒い影があることに気が付いた。
「人?」
王都の上空に浮かんでいるリナは、そこに誰かが立っているのがわかった。だが遠すぎてはっきりと確認できない。もう少し近づきたいと体を前のめりにすると、滑るように体が前へと進んだ。
体を動かして進んでいるというより、意識で前に行きたいと思って進んでいるような感覚だ。
街の上を滑っていき門を通り越すと、やはり人が1人立っていることがわかった。
ただ、黒いマントが体を隠し、顔全体を覆うようにフードを被っていて、どんな人物なのか性別さえもわからない。
誰なのだろうとそれが気になった。
もっと近づきたいと思うと、浮かんでいた体がだんだん降下しながら黒マントへと近づいていく。
やがて地面に足が付くが、地面を踏みしめている感覚がなかった。
それを不思議に思うよりも、黒マントから少し離れたところに降り立って眺めると、フードの下から白い肌が覗いていることに気が付く。
そして、風が吹くとフードが動いて口元が見えた。
その瞬間リナは息を飲んだ。
とても楽しいそうに弧を描いた笑みがそこにあったのだ。ただそれだけなら笑っているのだと思うだけだったが、その笑みがリナの背中に冷たいものを迸らせることになる。
「なに?」
わからないが良くないことが起こる気がした。混乱しながらも黒マントに近づこうとして体を進めようとするのと、黒マントの人物が両手を前に突き出すのが同時だった。
再び背筋が凍るような感覚に陥る。
前に進もうとした思った体が急に止まってしまうと、リナの前で黒マントは笑みを浮かべていた口で何かを呟いた。
それはとても小さな呟きだったようで聞き取ることは出来なかったが、次の瞬間黒マントの目の前に巨大な光の球が突如生まれた。
バチバチと雷が奔るような音も聞こえる。
「や、めて」
何をしようとしているのか予想したリナは喉に絡まった声を絞り出した。
光の球が黒マントの呟きに反応するように大きくなっていく。
両手を上にかざすと光の球も手のひらに乗るように宙へと浮かぶ。
さらに大きくなった球は眩しさも強くなって、目を開けていられなくなるくらいまで成長していった。
両手をかざして光を遮りながらもリナは何とか黒マントを見ようとした。しかし、まるで光に飲まれたかのようにその姿を確認することができない。
どうしたらいいのかわからないでいると、光の球が大きく揺れた。
「え?」
それは一瞬のことで、球は急に跳ねるように上空に上がると、急に方向を変えたように王都へと向かって猛スピードで飛んでいった。
「だめ!」
それしか言うことができなかった。
光の球は王都へとまっすぐに飛んでいくと王都を囲う壁にぶつかろうとした。だがそれよりも外側にある守護の結界にぶつかり大きく弾けるように爆発を起こした。その光と熱量。爆風がリナの立っているところまで届き、そこでリナは意識を手放した。
 




