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グリンズ王国

使用人が増えて3日。

まだまだぎこちないリカルドと、働いていた経験があったらしく、以外にもすぐに馴染んでてきぱきと仕事をするレーリアが部屋にいる。体が弱いと聞いていたが、母親の方がしっかりと働いているように見えていた。

リナは2人のための新しい刺繍を縫うため図案を考えながら午後のお茶を部屋で楽しんでいる最中だ。

アスロが別の部屋で仕事をするため、親子がリナと一緒にいる。

今はリナの部屋にいるので、レーリアがリビングのように使っている部屋の掃除をしてくれていた。

リカルドは護衛ということですぐ近くで黙って待機しているが、視線が時々動いて落ち着かない様子があった。少年とはいえ同じ部屋に男女が2人きりというのはあまり良くないため、隣の部屋へと繋がる扉は開け放たれている。レーリアは作業しながらもこちらの音をきっと聞いているだろう。

「私と一緒は嫌かしら?」

手を止めたリナは、落ち着きがなく視線を彷徨わせていたリカルドに声を掛けた。途端にびくりと肩が跳ねてリカルドが数回瞬きをする。

「いえ、あの・・・大丈夫です」

何が大丈夫なのかわからなかったが、とりあえずリナのことを嫌っているわけではなさそうだ。

「護衛なんて言うから、堅苦しいイメージで緊張するのかもしれないわね。でも、そうそう物騒なことが起こるわけじゃないから、もっと肩の力を抜いていた方がいいわよ」

いつも堅苦しく側に居られても、こちらが気を遣ってしまう可能性だってある。もっと気楽にしてくれた方がいい。

そう説明しても、リカルドは戸惑ったように視線を泳がせた。

「ボルドさんから護衛騎士というのがどういうものか教わっています。気を抜けばもしもの時の対処が遅れると指摘されましたし、リナ様は絶対に護らなければいけないとも言われました」

傷一つつけてはいけないと凄まれでもしたのか、固い決意を込めたように言ってくる。

素直というべきか生真面目というべきか、経験がないためいつも気を張ることしかできないのかもしれない。

「それでもずっと気を張っていては疲れてしまうわ。気持ちの切り替えを上手くできるようになった方がいいわね」

時間はかかるだろうが少しずつ学習していってほしい。そう言うと、リカルドは素直に頷いた。

こんなに素直な弟がいたら、リナももっと気楽に生きていけたのかもしれない。不意にそんなことを思った。話を聞かない妹とそんな妹を優先する父親と暮らしていたリナは侯爵家では窮屈な生活をしていたように思う。だからこそ追い出された時後悔なく侯爵家を出られたともいえる。

「リナ様?」

物思いに耽っているとリカルドが首を傾げて声を掛けてきた。

「なんでもないわ」

過去を振り返っても仕方がないので、リナは作業の続きをすることにした。

すると扉をノックする音が聞こえる。

「アスロです。リナ様はいますか?」

リカルドが素早く動いて扉を開けてくれた。

「どうしたの?」

別の部屋の掃除をしていてレーリアと交代する時間でもなかったはずだ。

「実はロイド様にお客様が来たんです」

部屋に入ると少し戸惑ったようにアスロが口を開く。

「お客様?」

「グリンズ王国の使者だと名乗っています」

また何か騒動を引き連れて来たのかと思ったが、前のように張り詰めた雰囲気はなかった。

「その使者が、第2王子のようです」

一気に空気が張り詰めた。アスロの雰囲気から問題ないのかもと思ったが、やはり騒動を持ち込まれたようだ。

今度は何が起こるのかと内心がっかりしていると、アスロは話の続きをする。

「第1王子が仕出かしたことはマルス様が国王へ報告したようです。すべてを知った国王が色々と判断を下したようなのですが、その結果を第2王子が報告に来ただけのようです」

「わざわざ王子が使者になったということ?」

騒動ではなく報告を持って来ただけだという。

「グリンズの王子が起こした大失態ですし、竜騎士と王竜への宣戦布告と取られてもおかしくない状況ですから、王族が動く必要があったと思います」

なるほどと思った。ロイドへの攻撃は王竜への悪意とみなされて、それがグリンズ王国の王族が仕掛けてきたことと判断される。当然戦争を誘発する可能性が大きい。

これ以上の大ごとになる前に第2王子を使者として王族が動いていることをアピールしているのだろう。

「ロイドは?」

「王竜の間にいたのですぐに対応しています。今回の件はリナ様も被害者ということで話を聞くべきだと判断したようです」

何のために使者が来たのかわかったことで、リナを同席させることにしたようだ。

「すぐに行くわ」

呼ばれているのなら話を聞かなければいけない。リナはすぐに部屋を出ようとしたところで、足を止めてリカルドを振り返った。

「リカルドはレーリアと一緒にここに残っていて。グリンズの王族と顔を合せない方がいいと思うわ」

護衛として一緒に来るつもりでいたリカルドだが、第1王子に利用されていたことを考えると、第2王子も彼の顔と事情を知っている可能性がある。再び利用されるようなことがないように部屋で待機させておいた方が安全だ。

「ですが・・・」

「アスロを一緒に連れて行くから大丈夫よ」

ここはアスロに護衛役をしてもらう方がいい。心得たように猫耳を動かしてアスロが胸を張った。

「お任せください」

頼もしい返事をもらったので、そのままリカルドを残して王竜の間へと向かった。

ホールで出迎えをしたようだが、今回の話は王竜も関わりがある。そのため王竜の前で話をすることにしたらしい。

第1王子の前に姿をさらさなかった王竜だが、第2王子がどんな反応を示すのか予想できない。マリアナ侯爵令嬢は一歩も前に進めず帰る羽目になった。ちゃんと話し合いができるのか心配しながらホールを抜けて王竜の間の扉を開くと、すぐ目の前に男の人の背が見えて驚いた。

「あ・・・」

声を出すと男性が振り返る。

金髪に青い瞳、白い肌がキースト第1王子と重なる。だがどこかロイドに似ているような雰囲気もあった。それだけで目の前の男性がグリンズ王国第2王子だとわかった。

咄嗟にアスロがリナの目の前に立つと、第2王子は何かに気が付いたように体を横に動かした。

「リナ」

目の前が開けて、台座に座る王竜とその隣に立っているロイドが見えた。

足早にそちらに向かうと台座の上にいたロイドが降りてきてくれた。

「遅くなってごめんなさい」

「大丈夫だ。話はこれからだから」

そっと寄り添ってくれるロイドに安心感を覚える。

振り返ると、先ほど扉に立っていた第2王子は、まだ扉の前にいた。その横に2人の騎士がいるが、彼らは睨みつけるように王竜を見ている。第2王子は落ち着かないのか視線が定まっていなかった。

やはり王族とはいえ王竜に恐怖を感じるのだろう。扉の前から一歩も動こうとしない。

王竜の間は広い。扉から台座まで少し距離がある。そこから話をすることになると非常に話しづらいのだ。もう少し近づいてきてほしいと思っていると、ロイドがため息交じりに口を開いた。

「そこでは話にならない。もっと近づいてこい」

国に関わることなのだからと王竜の目の前で話をすることになった。リナは初めて王竜に会った時でさえ恐怖を感じなかったが、普通はその大きさと迫力に恐怖するようだ。話をするにもまともにできるのか心配になってくる。

しばらくおどおどしたような動きを見せていた王子だが、やがて覚悟を決めたのかまっすぐこちらを見つめてゆっくりとした足取りで近づいてきた。

慎重に王竜の様子を確かめながらの足取りは遅い。

それでも話をするために来たのだから近づくことはしようとしている。その姿勢を評価して大人しく待ってあげることになった。

距離的には5メートルほどの場所で王子が足を止めると、騎士たちも横に並ぶように立った。もう少し近づいた方が話しやすいがこれが限界のようだ。

「グリンズ国王が第1王子と王妃の行動を知ったようだな」

構わずロイドが話しかけた。

「陛下の指示で動いていた元騎士のマルス=ミモレトが報告をしてきた。それまで何か動いているようだと察知していた陛下だが、王妃だけではなく第1王子が王竜に喧嘩を売るようなことをしていたと知って激怒していた」

マルスは王妃の件を直接見ていないがロイドから詳しい事情を聞いている。そして、第1王子のことは直接目にしたことを報告したようだ。

完全に竜王国への宣戦布告ととられる行為に、ずっと黙って様子を見ていた国王もさすがに怒りを爆発させたらしい。

第1王子はロイドへの攻撃だけのつもりだったのだろうが、それが王竜への敵意となり竜王国への宣戦布告まで考えが及んでいなかった。とにかくロイドを傷つけられればそれでいいという考え方をしていた。

「当然第1王子は王位継承権を失った。辺境領に移送され監視付きで一生暮らすことになる。もう何もできないと思ってもらっていい」

廃嫡ではなく王子でありながら辺境の地に閉じ込める判断が下った。切り捨てて何か仕出かすよりも、監視をつけて何もしないようにすることを選んだのだ。

「王妃は城の敷地にある別邸に幽閉されることになった。周りには病気が発覚したことで療養するという名目になっている。王子も似たような理由をつけられるだろう」

周囲には竜王国への襲撃は伏せられ、戦争を回避する方向で動いているようだ。

「そうなると、ジェーラル殿下が王位継承1位ということか」

ロイドの質問に、第2王子であるジェーラル=デュ=グリンズはため息をつくように頷いた。

「俺としてはのんびり領地経営をしながら、兄のサポートをする計画でいたのに、破天荒な兄のせいで次期国王になることになった」

「だが、第1王子には子供がいるだろう」

「まだ幼すぎる。とりあえず継承権は2位ということで国王自ら後見人になる。それで王子妃も城にいることができるからな」

何も知らなかった妃は夫の仕出かしたことを知って卒倒したという。その後自分と子供の進退に絶望して臥せってしまった。

何も悪くない妃と子供のことを考えて、国王は城に留まれるように配慮したのだ。

「俺が結婚して子供が生まれると順位は下がることになるが、成人するまで城で面倒を見ることは確約しておいた」

その後は爵位を与えられてどこかの領地で暮らすことになる。それでも追い出されないだけずっといい。

「俺としては兄が国王になってその支えとして侯爵位でももらって過ごせればいいと思っていたが、そういう訳にはいかなくなった」

感情で動かず、いつも傍観者として見ているだけだった第2王子は、これからはその立場でいることは出来ないだろう。

「ずっと見ているだけだったツケが回って来たと思うことだな」

ロイドは突き放すようにグリンズ王家内で決まったことに異論を唱えなかった。首を突っ込んできた王妃と王子がこれ以上関わることがなければそれでいいのかもしれない。

王竜に視線を向けると、特に怒りを纏った雰囲気はなく、グリンズ国王が決めたことに関与するつもりはなさそうだった。これなら国同士の争いになることはなさそうだ。

「報告は以上だ。何か国王に伝えることがあるのなら言ってくれ」

ジェーラルがロイドと王竜を交互に見ると、ロイドは一度王竜を振り仰いだ。無言で見つめ合った後、視線を戻すと首を横に振る。

「国として王竜への敵意を見せるのであれば容赦なくこちらも対抗するつもりでいるが、そちらの国で判断し解決したのなら、竜王国として干渉することはない」

ロイドの言葉にジェーラルが明らかに安堵した表情になった。王竜が怖いらしく警戒した姿勢ではあるが、彼も次期グリンズ国王となる身だ。最後は背筋を伸ばしてまっすぐに王竜を見つめた。

王族でありながらわずかに頭を下げる。今回はグリンズ王国としての失態が浮き彫りになったのだ。たとえ王族でも必要な行動だと判断したのだろう。

2人の騎士を従えて、ジェーラル第2王子は王竜の間を後にした。決してロイドを振り返ることをしない彼は、王族と縁を切ったロイドを完全に切り離しているように思えた。王妃や第1王子のように執着することをしないのは正解だ。

王竜の間が静かになるとリナはため息をついた。

黙って話を聞いていただけなのに、緊張していたようで急に肩の力が抜けるのを感じる。

「疲れたか?」

労わるような声に微笑みを返す。

「これ以上大事にならなくてよかったと思うわ」

今度こそ本格的に国同士の争いに発展することになれば、大きな被害が出る可能性はある。それも国を見張る王竜ではなく、グリンズ王国が危険なほどに。

そうなると他国とのバランスも崩れてしまい、最悪大陸全土の争いも考えられる。そうなると王竜が鎮める役目をすることになるが、その時もきっと大きな被害が出るだろう。

そんなことを思っていたと話すと、ロイドは首を横に振った。

「そこまでの大事にはならないだろう。そうなる前にヒスイと一緒に動くから」

そんな経験がないとはいえ、国の争いは王竜と竜騎士が動くことになる。そのために存在しているのだ。できるだけ被害を押さえて動くことも彼らの役目なのだろう。

「とりあえずはこれで落ち着けるだろう」

王妃と王子の企みに翻弄させられることになったが、これ以上の騒動はない。

リナはそっとロイドの頬に手を伸ばした。

「お疲れ様」

指先で頬を撫でると、彼は穏やかに笑う。

ゆっくりと近づいてきた顔にリナはそっと目を閉じた。久しぶりの穏やかな気持ちでのキスに、2人はしばらく甘い雰囲気に浸ることになった。


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