新しい使用人
「というわけで、今日から働いてもらう使用人だ」
レーリアとリカルドが並んで頭を下げた。
朝食後に話があるからと部屋で待機していたリナは、現れた2人を見てロイドが何らかの判断を下したことを理解した。その内容を聞かされるのだと黙っていると、レーリアをリナの世話役に、リカルドを護衛騎士にすると言われた。
食後にアスロが出してくれたお茶を飲んでいたが、危うくカップを取り落とすところだった。
「え・・・」
想像していなかった結末に何度か瞬きをする。
ロイドを襲い、敵わないと思ってリナを襲おうとした少年とその母親を使用人として雇うなど、誰が想像するだろう。しかも雑用ではなくリナに近い使用人として雇うという。
「もしも嫌ならすぐにでも解雇して新しい使用人を探す。その場合彼らは街に追い出すことになる」
新しい使用人のことは前から考えていたらしい。ちょうどいいから雇うことにしたようだが、嫌なら追い出すと言われて、彼らの命は助かる方向でロイドは考えているのがわかった。
「ロイドがそう判断したのなら、私から言うことはないわ」
血を流さないでほしいと言ったのはリナだ。それを確実に守ってくれている。だからこそ彼の判断に異論を唱えることはしない。彼らがリナの側にいても問題ないと判断したのなら受け入れるまでだ。
「今までアスロが護衛兼世話役のようなことをしてくれていたから、彼女の負担が減るのは喜ばしいことだわ」
アスロは獣人族で、人族よりも身体能力が長けている。普段はリナの身の回りの世話をしてくれているが、いざという時に戦う能力もあった。だが、彼女にも個人の仕事はある。ずっといるわけにもいかないので交代できる要員がいるのは嬉しい状況だ。
「私も基本的に自分のことは自分でやるようにはしているけれど、アスロに頼っているところも多いから、彼女からいろいろと聞いて仕事を覚えてほしいわ」
そう言うと頭を上げた2人がほっとしたような表情をする。拒絶されたらどうしようと思っていたのかもしれない。
「よろしくお願いします」
もう一度頭を下げた親子は、その後アスロの案内で自分たちの部屋へと戻っていった。
残されたリナはずっと様子を見ていたロイドに首を傾げて尋ねた。
「思い切った判断をしたのね」
「使用人を増やしたいと思っていたのは事実だ。それにあの親子はお互いに庇い合ってお互いを支えている。2人まとめて受け入れてしまえば裏切るようなことはしないだろう」
それにリナの聖女としての能力を信用して側に置くことにしたらしい。守護と幸運はリナ自身にも有効だ。悪意を向ければ守りが働いてくれる。王竜もそれをわかっていたようで反対することはなかった。
「それに、お互いの無事を確認できているから、もう俺たちに剣を向けることはしないだろう」
完全な信用はまだできていない。それでも彼らを信じて手を差し伸べる判断をした。
「お人好しだと言われてしまうかもしれないわね」
「確かに」
リナも受け入れてしまったのだから夫婦そろってお人好しなのだ。
視線が合うと自然と笑みが零れる。
「しばらくはリカルドに剣を教えながら護衛としての基本はボルドから教えてもらうことにする」
護衛としての立場などは経験上ボルドが教えたほうがいい。だが、剣に関しては兄弟子としてロイドが手の空いている時に教えることにしたようだ。
「スピードと持続力はありそうだが、まだ若いせいなのか焦りが剣先に出ている。落ち着いて戦うことを教えた方がいいだろう」
一度の戦闘でリカルドの剣技を見抜いたロイドは、これからどう教えていくのか決まっていた。
「でも、マルス様にはどう説明するの?」
リカルドの師匠はマルスだ。師匠の許可なく使用人として受け入れ剣を教えていいものなのか。
「リカルドの処分は竜騎士としての判断だ。それを覆すことを師匠はしない。弟子を手放すことになっても今回の件を目撃している以上、俺の判断を否定できないだろう」
兄弟子としてではなく竜騎士として判断した。それをマルスが反対することは竜騎士へ喧嘩を売っているのと同じになる。
「せっかく教えがいのある新しい弟子を見つけたのだろうが、諦めてもらうことになる。だけど、神殿に何度も足を運ぶことがあるから、その時に師匠から剣を学ぶことは問題ない」
マルスはグリンズ国王の命でロイドの監視役をしている。これからも神殿に顔を出すことはある。
その時に弟子の元気な姿を確認できれば安心だろう。
ロイドがどこまで深く考えていたのかはわからないが、結果的にリカルドは安全な立ち位置に居られる気がする。
「慣れないことをすることになるから、いろいろと不備はあるだろう。その時は遠慮なく教えてやってほしい」
まだ15歳の少年が誰かの護衛騎士を務めたことなどないはずだ。それに、神殿の使用人でもある。護衛以外の仕事もやらなければいけないだろう。戸惑うことも多いだろうが、それは周りが支えてやればいい。
「しばらくは賑やかになりそうね」
新しい使用人を迎えて、神殿の中は少し賑わいが出るだろう。
親子を受け入れたのなら、彼らのためのハンカチを用意してもいいなと思ったリナは、2人をどうイメージして刺繍をするかしばらく考えることになった。




