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宿泊

「まさかこんなことになるなんて」

目の前に出されたお茶を見つめながら、リナは申し訳なさいっぱいで顔を上げられなかった。

「そんなに落ち込む必要はありませんよ。こういう時のために準備はいつもしてありますから」

お茶を出してくれたロゼストは、苦笑しながらリナの向かいに座っている竜騎士にもお茶を用意する。

あの後王竜を堪能していたリナだったが、気が付けば日が傾き今から街に戻っても検問所が閉鎖されているだろうという時間まで居座ってしまった。

王竜がずっと眺めているリナに応えてくれていたのか、時々座る角度を変えたり首の位置を変えて全体像を見せてくれていたので、時間を忘れて見入ってしまった。

窓から差し込む光が弱くなってきたことで夕方なのだと気が付いた時には、ロゼストに街に戻ることを諦めるように言われてしまったのだ。

だが、神殿はこうやって街に戻れなくなった人たちを受け入れるための部屋を用意していた。

「もっと早く戻る予定だったのに」

今夜の宿は決めていない。神殿から戻ってからでも大丈夫だろうと荷物を抱えたまま来ていた。

「そんなに気にしなくていい。神殿の2階はすべて客室になっている。好きなところを使うといい」

それまで黙って座っていた竜騎士がやっとここで口を開いた。

竜王の部屋で対面したときも特に会話はなかった。リナがどれだけ王竜を眺めていても口を挟んでくることなく日が沈みかけて気が付くまで一緒にいてくれたのだ。

無口な人なのだろうと思っているが、やはり彼の声はリナの耳には心地が良い。端正な顔に声まで良ければドキドキしてしまうのは許してほしい。

神殿は3階建てになっていて、1階は神殿に住み込みでいる神官や使用人たち、それに竜騎士である彼の部屋があるという。2階は街から来た人達のための客室。3階は各国からの貴賓として扱うべき人たちが来たとき用の部屋があるという。

3階は滅多に使われることがない。2階の客室も街の人たちは時間を考えて行動するのであまり使われることがないという。たまに訪れる旅人が神殿に立ち寄って時間を間違えた時に使うことがほとんどだ。今のリナがその一例ともいえるだろう。だが、ほとんどの人が神殿にいる王竜を恐れて泊まることを躊躇うという。

今は1階にある客人をもてなすための部屋へと移動してきてお茶を振舞われていた。

「食事は部屋に運ばせる。明日の朝にはここを出れば検問所から街に入れるはずだ」

「ありがとうございます。助かります」

食堂というものがないので、食事は各部屋に運ばれて各自で済ませるのがここでのやり方のようだ。

「ロゼスト、彼女を部屋まで案内してやってくれ」

お茶を一口飲むと、竜騎士はそのまま部屋を出て行った。

あまりにもあっさりとした対応に、彼の機嫌を損ねるようなことをしたのではないかと思ってしまう。

それが表情に出ていたのか、彼が出て行った扉を見つめているとロゼストが心配いりませんよと声をかけてきた。

「ロイド様はいつもあんな感じです。竜騎士というのは王竜に選ばれた唯一の存在であり、孤独を感じることも多いのでしょう。私たちに対しても少し距離があると感じることはありますから」

無闇に突き放すような態度ではないが、どこか壁を感じる雰囲気は確かにある。初対面のリナだからというわけではなく、一緒に神殿に住んでいるロゼストにも距離があるようだ。

「ロイド様というのですね」

王竜の部屋で顔を合わせた時もロゼストがそう呼んでいたが、彼から名乗ることはなかった。

「ロイド=フローネスと言います。8年前に新しい竜騎士を選ぶことになってここへ来たのです。今は25歳ですね。もともとはグリンズ王国出身ですよ」

そんなにぺらぺらと個人情報を打ち明けてもいいのだろうか。少し心配になったが、ロゼストは気にすることなくロイドのことを話してくれた。

「成人すると同時に竜王国へ来たようです。当時からどこか影があるというか、人との距離がある人でした。それでも王竜が気に入って竜騎士となったので、王竜に対しては心を許しています」

竜の言葉を人々に伝える役目を持っている竜騎士。人前に出ることを嫌がるようでは務まらない。そして戦いとなればともに戦地を駆け抜けられる存在でなければいけない。

剣の腕も相当だと思っていいだろう。

「グリンズ王国と言えば、5聖者の中で『聖剣』の騎士の国ですね」

魔王を倒すため神から力を与えられた5人のうちの1人。聖剣を与えられた騎士がいた国だ。

王家の人間が選ばれたはずで、魔王討伐後はグリンズ王国の国王になった。今の王家は聖者の末裔ということになる。

「その通りです。今聖剣は城で眠っているという話ですよ」

『聖剣』を手にした騎士は魔王討伐後、城のどこかに聖剣を眠らせたという。魔王討伐のためだけに用意された剣だ。その後『聖剣』を再び握れる人間は現れていない。

『聖剣』が眠ったままではあったが、グリンズ王国は力がもともと強い国だった。そのため平和になった大陸でその力を持て余して、魔王討伐の200年後に各国へ戦争を仕掛けるという暴挙に出た。自分の力を見せるための戦争。グリンズ王国とは竜王国を挟んで対照的な位置関係にあったギュンター王国なのだが、戦う力が弱かったことに目を付けられて、魔王がいた山を越えて突き進んで攻め込んできた。

「私がいたギュンター王国は、グリンズ王国に攻められた歴史がありましたね」

「お嬢さんはギュンターの出身でしたか」

「そうです。でも、ギュンターは『守護』の聖女の国なので、どれだけ攻められても鉄壁の結界で退けたんですよ」

これは戦後300年間戦争の歴史として国民なら誰もが知っている出来事だ。

戦う力がなくても守る力に長けていたギュンター国は、力を振るって攻めてきたグリンズを結界で守ったのだ。反撃することなく守護だけの国として侮っていたのだろう。グリンズはずっと攻撃を止めなかった。だがいつまで経っても前に進むことのできない相手に、やがて精神的にも肉体的にも疲弊していき、やがて別の国を侵略することにした。

そうやってギュンター以外の国が戦争を拡大してしまった。

その戦争を終結させたのが神の使いとしてやって来た竜だ。圧倒的な力で戦争を鎮めて、大陸の中心にあるハンクフ山に竜の棲み処を作ったのが竜王国の始まりだ。

貴族令嬢として大陸の歴史を把握しておかなければいけないと、幼い頃に教育を受けていた。妹は勉強を嫌って家庭教師の目を盗んで遊んでいたのを覚えている。

あの家を出たのだからもう関係のないことだ。

「話が逸れてしまいましたね。えっと、竜騎士のロイド様の事でしたね」

完全に歴史の話になってしまった。竜騎士である彼の事へと話を戻す。

冷たい雰囲気があるのは確かだろう。だが部屋へ案内するように指示したり、王竜をいつまでも眺めているリナを咎めるようなことはしなかった。そう考えると、彼のさり気ない優しさに気づくことができる。

「私は気にしていませんから。それよりも泊まることになって逆に迷惑をかけているようで申し訳ないです」

王竜を怖いとは思わないが、好奇心を全面に出してしまったことで神殿に迷惑をかけたことは間違いない。

「そのことは気にしなくて大丈夫ですよ。さっきも言いましたが部屋はありますし、食事の準備も1人増えたくらい平気ですから」

本当に何とも思っていないのか、ロゼストの表情からは嫌悪や迷惑そうな雰囲気は感じられなかった。

そのことにほっとしながらお茶を飲み干す。

「それでは今夜はお世話になります」

改めて挨拶をすると、ロゼストは笑顔を見せて今夜泊まる部屋へと案内してくれた。



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