聖女の守護
「リカルドが攻撃してきたものはすべて俺自身が攻撃を躱せていたこともあるが、実は決して攻撃が当たることのないように聖女の守護が働いていたとヒスイが言っている」
「私が力を使っていたということ?」
「見える力ではないし、無意識に力が働いていてもおかしくないそうだ」
王竜の間に入ると王竜はやっと来たかと言っているかのように台座にゆったりと座っていた。
近づいて行くといつもの挨拶として鼻先を近づけて来たのでそれに触れてから、王竜を見上げる形で話が始まった。
ロイドがリカルドに攻撃されていた時のことを思い出す。リナはその時何かをしたつもりはなかった。
だが、王竜は見えない力を感じ取っていたらしい。
ロイドもリカルドの攻撃を受けて回避できていたが、剣が当たる気がしなかったという。それはリナの護りと剣先が触れることのない幸運があったからだと後になってヒスイから告げられた。
「聖女の力はギュンター王国だけで働くものではなく、聖女がいることが重要なようだ」
聖女の祈りによって王都の結界は保たれているが、それ以外にも聖女が側にいるだけで幸運を得られたり、争いが起こっても守護される。
「つまり、リカルドの襲撃は最初から負けが決まっていた」
リナがロイドを守りたいと願ったことで守護と幸運が働いたのだ。
無意識であったが、リナが活躍していたのだ。
「実感がないわ」
本人は何もせず力が発動していたのだから当然かもしれない。
ロイドが無事でよかったと思う反面、何もしていないことに複雑な気持ちになる。
ヒスイが台座の上から首を伸ばしてきた。鼻息が髪を乱すが気にすることなく鼻先に手を伸ばして触るとくすぐったそうに目を細めた。
よくやったと褒めているような、実感がないリナを労わっているような、言葉がわからないのでヒスイの行動の真意はわからなかった。
離れていった王竜がロイドに話しかけているようで、静かに彼を見下ろしている。
「はっきりとした結界が神殿に施されていることはないが、神殿で働いている使用人たちも少なからず幸運を受けているそうだ。ちなみに、ホールで王子たちと対峙したとき、ヒスイが一声鳴いただろう。あれはホールにいる全員が衝撃を受けていいものだった」
「え?」
突然の告白に驚くしかない。あの時ホールにいたのはロイドとリナ、キースト王子とその護衛4人。それにアスロがいた。
ホールが揺れ動きそうな声ではあったが、リナは何の影響も受けなかった。ロイドは竜騎士なので当然何ともないが、それ以外の王子や騎士は見えない力に押さえつけられたように床に膝をついた。そして、近くにいたアスロも平気そうにしていたことを思い出す。
「私とアスロも影響を受けなかったわ」
「リナは王竜に属する者として平気だったはずだ。だが使用人とはいえアスロもあの時影響を受けていてもおかしくなかった。それが無事だったのはリナの守護と幸運がアスロを守っていたようだ」
他にも近くには隠れて様子を窺っていたボルドたちもいた。彼らも影響を受けていなかった。
ヒスイはそれを感じ取っていた。攻撃というよりも威嚇に近い一声ではあったが、身体を鍛えている護衛騎士さえも膝をつかせたのだ。獣人とはいえアスロも立っていられたかどうかわからない。
神殿で働く者たちは、リナにとって大切な人たちだ。自分では気が付かないで聖女の力で彼らを守っていたのだ。
聖女の力は神から与えられた力。神の使者として降臨した王竜もその力は感じ取れるようだ。
「私が祈れば、神殿にも結界は施せるのかしら?」
初代聖女がギュンターに結界を施してから、代々の聖女は祈りで結界を保つのが役目だった。新しく結界を張るということをしたことがないため疑問を口にすると、ロイドが王竜を見上げた。
「できる可能性はあるだろう。でも、結界が施されていることに気が付かれると、ここに聖女がいることがばれる可能性が高くなる。結界に関しては何もしないことが一番だ」
リナはギュンター王国の聖女でなければいけない。竜王国でわかりやすく力を使うことは避けるべきだ。
「無意識のものは仕方がない。このまま神殿の者たちを守ってくれて構わないそうだ」
ヒスイの言葉を代弁するロイドは、そっとリナを抱き寄せた。
「聖女のことが知れ渡ってギュンターに戻る羽目になったら困るから、俺もこのままでいてほしいと思う」
「私の帰るべき場所はここしかないわ。もしも聖女だと知られてもあなたが守ってくれるのでしょう」
ギュンターに戻ろうなどと考えたことはない。リナのいるべき場所はここだけ、ロイドの隣だ。
リナも抱き締め返すと、フッと彼が息を零した。
「ヒスイも当然守ると言っている」
王竜が味方ならなによりも心強い。お礼を言う代わりにリナは思い切りロイドを抱きしめて自分の気持ちを伝えることにした。
聖女の話はここで終わり、2人はその後しばらくお互いの体温を確かめるように抱き合っていた。




