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母親

その後のリカルドはリナの説得が功を奏したように毎回出される食事をきっちりと食べるようになった。

ずっと部屋に監視付きで閉じ込められている状況ではあったが、彼は文句ひとつ言わずに黙って部屋で過ごしていて、捕虜であるという自覚はしっかり持っていた。

その後お茶の誘いをすることはなく、リナも通常通りの生活に戻って刺繍や服の手直しをしてさらに5日が経った頃、その報告は突然もたらされた。

「ボルドが戻ってきました。リカルドの母親だという女性も一緒です」

午後からの刺繍を始めようとしていた時、お茶を運んできたアスロがその報告を持ってきてくれた。

「今ロイド様が面会していて、リカルドとの再会もさせるつもりでいます」

「どこかに監禁されていたのよね」

「そうですね。詳しい話は聞いていませんが、マルス様とボルドで助けたようです」

キースト殿下の指示で拘束されていたリカルドの母親は、襲撃に失敗したことで用済みとなった。殿下の指示で処理されてしまう可能性を考えてすぐに動いたマルスたちは、監禁場所を特定し助けることに成功したようだ。

そのままリカルドと会わせるため竜王国へと連れてきてくれたのだ。

無事であったことにほっとする。

「特に怪我はしていないようですし、部屋に監禁されていただけのようです」

母親は少し体が弱いそうだが、竜王国まで来る体力はあった。彼女の体調を考慮してゆっくりとした旅をしてきたため少し時間がかかったということだ。

「どうやら、第1王子の所有する別邸にいたようですよ」

王族は基本的に王城で生活しているが、王子たちにはそれぞれ個人所有の別邸が与えられていた。城からは離れた場所にあるため、気分転換や療養に使われることが多い場所のようだ。第1王子も別邸を与えられていたが、そこを監禁場所にしていた。

後を追っていたマルスたちは、命令された騎士たちをつけていき母親を救ったという。

「ばれる前に屋敷を抜けたようですが、もしもばれても王子が誘拐と監禁をして、その子供に竜騎士の暗殺を命じていたと国王に知られたら、王子側が不利になります。おそらく何も騒がれることなく終わるだろうとマルス様が判断したようです」

そこまで計算して動いたのだろう。それにマルスはグリンズ国王の命で動いている。彼はどこかで必ず国王の耳に今回のことを伝えるはずだ。その後のことは国王に任せるしかない。

「親子の対面をさせた後、リカルドの処分を決めるようです」

ロイドも立ち会って対面させるようだ。そこで今回の竜騎士襲撃の実行犯としてリカルドの処分が決まる。母親との再会まで元気でいるように説得したリナとしては、彼に辛く重い処分が下るのは望んでいない。しかし、これはロイドが決める事。そこに口出しはできない。

「私も立ち会っていいのかしら」

「リナ様は襲われた当事者でもあります。処罰を決めることは出来ませんが、成り行きを見守ることは出来ます」

断言するのは、最初からロイドの許可が下りているからだろう。リナが来ることも考慮しているはずだ。

「ホールにいますので行きますか?」

念のための確認だった。その問いにリナは当然だと言わんばかりに頷いて部屋を出た。

ホールへ行くと、中央にロイドとボルド、対面するように線の細い女性が白い顔で立っていた。もともと肌が白いというより、緊張した面持ちに血の気が引いているように見える。

「ロイド」

リナが声を掛けると、3人の視線が注がれた。

「来たな」

当たり前のように手を差し出されて彼の隣に立つ。

すると女性が急におどおどし始めた。

「竜騎士様の奥様ですか」

確認されて頷くと、女性は突然頭を下げてきた。

「息子がとんでもないことをしました。大変申し訳ございません」

深々と頭を下げてきて、あまり艶のない健康には決して見えない黒髪が垂れ下がる。瞳の色は青かったので、リカルドの髪色は母親譲りなのだろう。

「彼女はレーリア=ホートネル。リカルドの母親だ。第1王子が言っていた通り、捕まって監禁されていた。用済みで処分されるところだったが、師匠がボルドと一緒に助けてきた」

アスロが説明してくれた通りにロイドが言う。用済みで処分という言葉が何を意味するのか想像はついたが、そこは何も言わないことにする。

「彼女にはここへ来る最中にすべてを伝えられている」

母親を守るため竜騎士暗殺を命じられるままに行い、逆に捕まっている息子のことはボルドが説明していた。自分が捕まったせいで息子がとんでもないことをしていたと知り、レーリアはひどく焦ったという。今にも倒れるのではないかと連れてくるボルドが心配するほどだったが、彼女は青い顔ではあったが気丈に振舞ってここまで来たのだ。

「謝ってすむことではないのは承知しています。ですが、どうか息子の命だけは助けていただけないでしょうか」

このまま放っておくと土下座までしそうな勢いだ。

「頭を上げてください。息子さんの処罰を判断するのは竜騎士に任されています」

リナも攻撃を受けそうになったが、それをロイドが防いでいくれた。リナに罪を軽くしてほしいと訴えてきても、その判断をするのはロイドになる。

顔を上げたレーリアは今にも泣きだしそうに目を潤ませているが、ここで泣いても意味がないとわかっているのか、ぐっと堪えるように唇をかみしめた。

「母さん・・・」

その時だった。スカイに連れられてリカルドがホールに姿を現した。中央で話をしていたため、リカルドからは母親の背中しか見えなかったが、母だとすぐに気が付いたようだ。振り返ったレーリアに驚きと安堵、それに不安が入り混じったように複雑な表情になっていた。

母との再会にもっと喜ぶかと思ったが、リカルドはその場で俯いてしまう。

スカイに背中を押されてとぼとぼと歩いてくるが、母親と視線を合わせることはしなかった。

「リカルド」

隣に立たされるとレーリアが優しく名前を呼んだ。だが、わずかに肩が動いたが顔を上げることをしない。15歳の少年は母親に叱られることを予想して委縮しているようだ。その様子にやはりまだ子供なのだと改めて思う。

「自分が何をしたのかわかっているわね」

諭すような言い方にリカルドは小さく頷いた。母親が人質に取られていたのだからと言い訳もできただろうが、彼は何も言わなかった。

レーリアはロイドに視線を向けると、もう一度深々と頭を下げた。

「息子が申し訳ありませんでした。この子はまだ成人していない身、親である私にも責任はあります。どうか、処罰を下すのであれば私にもお願いします」

竜騎士への攻撃は王竜への敵意とみなされる。王竜に刃を向けたと判断されればそれ相応の重い罰を受けることになるとレーリアはわかっている。どこの国にいても竜王国の王竜はどういう存在なのか、実物を見たことがなくても話だけなら誰もが知っていることだ。

「待ってください。処罰なら俺が受けます。母さんは捕まっていただけで、俺が王子の言いなりになっただけです。母さんに会わせてくれたのは温情だってわかっています。もう十分ですから処分を下してください」

黙っていたリカルドだが母親の発言を聞いて庇うように前に進み出た。

「全部俺が悪いんです。どうか罰は俺だけにしてください」

「まずは長旅の母親を休めることが優先される」

リカルドがさらに言い募ろうとすると、ロイドが片手を上げて発言した。

「お互いに心配し合ってゆっくり休めていなかっただろう。今日は同じ部屋で休むようにしなさい」

「え、でも・・・」

明らかに戸惑う親子を無視して、ロイドはスカイに2人を部屋に案内するように伝えた。スカイも静かにその指示に従って2人をリカルドが使っている部屋へと連れて行こうとした。

未だに戸惑っていた親子だが、ロイドはそれ以上何も言わず、スカイが促してくるため大人しく従うことにしてくれた。

ホールから親子の姿が消えるのを待って、リナは首を傾げ疑問を口にした。

「ここで処罰を下すと思っていたわ」

「俺とリナへの攻撃。どちらも王竜に属する者への攻撃になるから、当然処罰はある。ただ、2人も被害者であることは間違いない」

レーリアは第1王子につかまり監禁されていた。リカルドは母親を人質に取られて従わざるをえない状況であった。

「結果論だが、誰も傷つかなかったことも加味していいだろう」

誰も怪我をせず暗殺が未遂に終わったことで罪を軽くすることは出来るということのようだ。

「重い罪にならないのは正直良かったと思うわ」

素直な感想を言うと、ロイドがフッと笑った。

「怪我人が出なかったことはリナのおかげともいえる」

「え?」

何かした記憶がないリナはきょとんとしてしまう。血を流さないでほしいとロイドに言ったことはあったが、その前にリカルドが攻撃してきてロイドが傷を負うことがなかったのは、ロイド自身が強かったからだろう。

「リナというか、聖女の力が働いていたことに気が付いていなかったようだな」

そう言われてアッと思った。

聖女の力は守護と幸運。自分ではっきりとコントロールできる力ではないが、その力が何か作用したらしい。

「詳しいことは王竜が教えてくれる」

手を差し出され、王竜の間に行こうと誘われた。そこで今回の襲撃について王竜が気が付いたことを教えてくれるようだ。

未だに聖女の力についてわからないことだらけだと改めて思ったリナは、自分が何をしていたのか知るため、一緒に王竜の間へと行くことにした。


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