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師匠と弟子

「お前、こんなところで何をやっている」

マルスの怒りを含んだ声がホールに響くと、ロイドを攻撃していた無表情のリカルドと呼ばれた少年は、年相応に見えるあどけなさの残る表情へと一気に変わった。

大人に叱られた子供に戻ったリカルドは、戸惑うように視線を泳がせている。

「これは・・・」

明らかな動揺は、少し離れたところに立っているリナにもわかるほどだ。危険がないように離れるように指示されたリナは王竜の間の扉の前に避難していた。何かあればすぐに王竜のところへ駈け込めばいいという考えだ。ロイドに突き飛ばされたアスロもすぐに駆け寄ってきて、今はリナの護衛役をしてくれている。

ロイドとリカルドの戦闘は一瞬で、何が起こったのかリナにはわからなかった。だがリカルドの攻撃はことごとくロイドに防がれたのだろう。ロイドが傷を負うことはなく平然とその場に立っていたので安心だ。

「国に戻って様子を見に行ったらどこにもいなくて心配していたのに、ここで一体何をしている」

教え子を叱る先生となっているマルス。叱られているリカルドはどうしてここにマルスがいるのかわからないのと、怒られているという現実に動揺しているようだった。

「師匠の知り合いですか?」

場の雰囲気が一気に変わったことで、ロイドがマルスに質問した。

「俺の2人目の弟子だ。1年くらい前に剣の才能があると見込んで教えていた」

第1王子と顔を合せたくないと言っていたマルスだが、行方不明だった弟子が出てきたことで隠れている場合ではないと判断したようだ。ホールを堂々と歩いてきてリカルドとロイドの間に立った。

「まだまだ剣捌きは甘いが、瞬発力は俺よりあるだろう。判断力も経験を積めば良くなるだろうし、将来騎士団に入りたいと本人が望んでいたから、良い戦力になると思って教えていたんだ」

「確かに剣筋は良さそうでした」

マルスの説明にロイドは納得したように答えている。先ほどまでの緊迫した空気はどこへ行ってしまったのか。

「もう大丈夫なのかしら」

側にいるアスロに問いかけてみるが、彼女は油断してはいけないというように首を横に振った。

「まだ何も終わっていないと考えたほうがいいでしょう。あの2人は普通に話していますが、警戒は解いていません」

マルスが現れたことでリカルドの戦闘意欲が失われたと思ったが、まだ駄目だったようだ。

「で、お前はいったいここで何をしている」

もう一度マルスが問いかけた。だがリカルドは視線を泳がせるだけで答えない。

「質問を変えようか。なぜ第1王子の命令に従って竜騎士を攻撃している。竜騎士への攻撃が何を意味するのか理解しているのか?」

「それは・・・竜騎士は王竜に選ばれた騎士で、王竜の言葉を人々に伝える役割があって、その背に乗ることを許されている存在です」

竜騎士の大まかな意味は知っているようだが、マルスの質問には答えていない。

「その竜騎士を攻撃することがどういうことなのか知っているか?」

「・・・・・」

竜騎士への攻撃が王竜への悪意と捉えられ、王竜の怒りを買うことになる。それが国によるものなら、国同士の争いへと発展していく。

リカルドは王族であるキーストの命令で動いている。つまり王族が王竜への敵意を見せたと判断していい状況だ。

「王竜は国同士の争いを起こさせないため常にバランスが取れているのか見張る役割がある。それ以外に国が王竜へ攻撃してくる場合。それも国のバランスを崩すことになるため、攻撃してきた国への報復は必ず行われる」

答えられないリカルドに変わってマルスの隣に並んだロイドが説明していった。

「竜騎士は王竜に選ばれた王竜に属する者であり、竜騎士を攻撃することは王竜への宣戦布告と判断される。今回王族が絡んでいることを考えると、グリンズ王国が王竜への宣戦布告をしたとみなされる」

「これは明らかなグリンズ王国から竜王国への戦争だ」

最後を締めくくったマルスの言葉にリカルドの体が微かに震えた。自分が何をしていたのか理解できたのだろう。

「でも、僕は・・・」

「何を話している。そいつをさっさと始末しろ」

ロイド達の話が聞こえていなかったのか、キーストの叫び声が響いた。リナでも聞こえていたのに、王子は彼らの話など聞く気はないようだ。それとも聞こえていても理解できない頭なのかもしれない。そう考えるとグリンズ王国の未来は決して明るくないと思えた。

「まったく、とんだ馬鹿王子がいたものだな」

「あれが王位に就くことは、グリンズ王国の滅亡を意味するでしょうね」

叫び声を聞いてマルスが呆れたように言うと、ロイドは肩をすくめた。だが2人が呆れていることに構うことなくキーストは叫び続けた。

「さっさと竜騎士を殺せ。貴様の母親がどうなってもいいのか」

「え・・・」

その叫びにリナは声を漏らした。彼は今何を言っただろう。

「母親?」

その言葉にリカルドの肩が大きく跳ねた。同時にマルスとロイドが大きく後方へと跳んだ。2人のいた場所にリカルドの剣が振り下ろされたのは刹那のことだ。

「リカルド」

師匠の声は彼の耳に届かなかったようだ。自分の意思を遮断してしまったのかもしれない。再び無表情になった少年は、床を蹴るとロイドに向かって走る。

「人質を取られていて言うことを聞かないといけない状態のようですね」

再び始まった戦闘を見つめながらアスロが呟いた。

リナも同じことを考えていた。リカルドを止めるためには彼の母親の安全が必要なのだ。だが母親がどこにいるのか見当もつかない。

戦いを見ている限り素早い剣捌きは見えなくても、ロイドの方が優位であることは雰囲気からわかった。リカルドを倒してしまうことは出来るだろうが、そうなると人質となっている母親が危険に晒されることになる。だからといってロイドが負けるわけにもいかない。

どうしたらいいだろうと考えていると、ロイドに剣を振り下ろして、それを弾かれたリカルドが後方へと跳んだ。着地した彼は一瞬リナへと視線を向けた気がした。

気のせいかと思った瞬間、彼が床を蹴ってロイドではなくリナへと駆けてきた。

「え?」

何が起こったのか理解するよりも先にアスロが目の前に立ち塞がる。

「リナ様」

逃げろという意味があったのだろう。だが床に足を固定されてしまったかのようにリナはその場を動くことができなかった。すぐに非難するために王竜の間の扉を背にして立っていたのに、振り返って扉を開ける余裕がなかった。

「どけ!」

迫ってきた少年がリナを庇うアスロへと剣を振り上げたのを視界にとらえると、リナは呼吸も忘れて心の中で強く念じた。

誰も傷つけては駄目。

そう思った瞬間、リカルドが剣を振り上げたまま後方へと吹き飛んだ。

何が起きたのかすぐにはわからなかったが、いつの間にはロイドが目の前にいた。

背中を向けているため表情は見えないが、大きく肩を上下させていることを考えると、リナへと走ったリカルドを追いかけてきて振り下ろされそうになっている剣から守るため、リカルドごと吹き飛ばして助けてくれたのだろう。

「お前は何をしているのかわかっているのか」

ほっとしたのも束の間、怒鳴り声がホールに響いた。

マルスの明らかに怒りを含んだ声はホールの空気を振動させるほどの迫力があって、怒られていないリナでさえ首を引っ込めたくなった。

いつの間にか床に転がった弟子を見下ろして、師匠であるマルスが顔を赤らめて睨んでいる。

「俺は卑怯な騎士にするために、お前を弟子にしたつもりはないぞ」

ロイドを殺せと命令された彼が、ロイドの妻である無防備なリナを狙った。リナを傷つけることでロイドに精神的ダメージを与えるつもりだったのだろう。だがそれも失敗に終わった。

「だって・・・母さんが」

床に転がったリカルドは再び少年の顔に戻っていた。今にも泣きだしそうな声で、彼は師匠に懇願するように言ってくる。

「竜騎士を殺さないと母さんがひどい目に遭うと殿下が言うから」

やはり脅されているようだ。証言を取れたことでキースト王子に視線を向けると、騎士たちに囲まれてキーストは忌々しそうに唇を噛んでいた。

「マルスの弟子だというから少しは使えると思ったが、役に立たなかったな」

「なんてひどいことを」

アスロが嫌悪するように呟いた。親を人質にして脅されたことで少年であるリカルドは逃げ場がなかったのだろう。

「師匠」

ロイドの静かな声が聞こえてきた。それは明らかにいつもの彼とは違う雰囲気を纏っている。ピリピリとした空気を感じ取って、リナは咄嗟に彼の手に触れた。

「ロイド」

何の感情も示さない視線がリナを見た。それがとてつもなくまずいことになるのだと本能が悟る。

「血を流しては駄目」

先ほど心の中で願ったのは、傷つけないことではあったが、それは血を流さないことにも付随している。このまま見ているだけではロイドが剣を汚すことになる。そうさせてはいけないような気がした。

「自分が攻撃されたことを忘れたのか」

冷たい声だった。妻を攻撃されたことでロイドの中に怒りと憎しみが渦巻いているようだ。それをぶつけるためにもリカルドと命令したキーストに剣を向けるつもりだ。

相手が王族ということを気にしていない。

「あなたが守ってくれたわ」

怪我をしていない。だから攻撃するなと言われても湧き上がった怒りをそう簡単に収めることは出来ないだろう。それでも、彼が血を浴びることはしてほしくない。もっと冷静に、いつものロイド=フローネスに戻ってほしい。

願いを乗せるように手に力を込めると、不意にロイドの視線が柔らかくなった。

「・・・わかった」

何がわかったのかわからなかったが、それでもリナの想いは届いたような気がした。

ほっとすると名を呼ばれた。応えるように顔を上げると、すぐ目の前に彼の顔が迫っていて、軽く唇が触れ合う。何が起きたのか理解するよりも先に離れていったロイドは先ほどまでの不穏な空気を纏うことなく、いつものロイド=フローネスに戻っていた。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] うーん 戦わない事の言い訳が無理筋に思える [一言] 普段から見回りして警戒してるのに、肝心要の本拠地に乗り込まれた挙げ句、ぬるい対応で終わらせるなら、竜の存在意義無いんじゃ?
2023/12/28 20:18 退会済み
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