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刺客

このまま神殿から追い出すのが一番だが、腰が抜けたのかキーストは床に座ったまま動かない。騎士たちも衝撃波を食らったように動けずにいた。

ヒスイが制してくれたのは良かったが、動けなくなるのは困った。

背後に庇っているリナは平気そうだし、隣のアスロも警戒を解くことなく立っている。ヒスイの一声は敵にだけピンポイントで衝撃を与えたようだ。ヒスイが見えない力でも使ったようになっているが、ただ威嚇の声を上げただけだ。それに恐怖した王子と騎士が勝手に戦意を喪失しただけ。

不快だという訴えが頭の奥に響いたので、明らかにヒスイの苛立ちが乗せられた咆哮だった。

竜騎士への悪意だけではなく、リナに対しても見下す発言をしたことで、ヒスイの怒りを買ったのだ。

「ご自分の状況がわかったのなら、お帰りください。出口はあちらです。夕方までに街に戻れないと検問所は問答無用で閉まります。魔物が出る可能性の森で一晩過ごすか、王竜の怒りを買ったこの神殿で過ごすことになりますよ」

丁寧な言い方で一気に説明すると、青い顔をしたキーストは何か言葉を発しようとしたようだが、言いたいことがまとまらないのか、口を動かしても声は出なかった。

「早く戻らないと、本当に野宿になってもこちらは責任を負いません」

これは警告だ。神殿に泊まることも提案しておいたが、ヒスイを怒らせた時点で無理である。検問所を通れなくて戻ってきても神殿の扉を開く選択肢はロイドの中になかった。

「お、お前がこの俺を侮辱するのか」

やっと声が出たかと思うと、キーストはまだ話を続けるつもりなのか威勢だけはよかった。少しばかり感心してしまうが、腰が抜けているのか立ち上がる気配はない。

はっきり言って格好がついていない。それでも彼は言葉を止めなかった。

「俺はグリンズ王国の第1王子だぞ。王位継承の最有力者の俺に向かってそんな態度を取っていいはずがない」

本当にこの男は自分だけが頂点に立ち、他の者たちを下に見ることしかできないようだ。そして、学習能力がない。こんな男が次期国王ではグリンズの未来は絶望的である。

片膝をついていた騎士たちが何とか力を振り絞って立ち上がった。剣を構えるまではしないが、敵意を表す視線をロイドに向けてくる。

後ろの2人がキーストを立たせるが、足に力が入らないのかふらつく王子を支えていた。

この状況で一体彼らに何ができるのだろう。いい加減諦めて帰ってほしいと思い始めていると、騎士に支えられていたキーストが不意に不敵な笑みを零した。

それは本能的なものだった。

隣のアスロを突き飛ばし、リナを庇うように後方へと跳ぶ。

何が起きたのかわからなかったリナは驚いた顔をしているだけで、ロイドの腕の中にすっぽりと納まってくれていた。突き飛ばされたアスロは床を転がったが、身体能力が高い彼女は転がった勢いで離れた場所で立ち上がる。

ロイドが立っていたまさにその場所に、剣を突き立てた黒髪の少年がいた。

見た目では15歳くらいに見えるアスロとあまり変わらない。髪と同じ黒い瞳が感情を表すことなくロイドを見つめた。

「俺が何の対策もせずにここへ来たと思っていたのか」

あざ笑うようなキーストの声がホールに響いた。

「竜騎士への攻撃は王竜への敵意とみなされる。お前は竜王国へ宣戦布告をするつもりか」

少年から目を離すことなく手だけでリナに離れるように指示を出す。彼女は素直に従ったが、触れていた体がわずかに震えていた。恐怖を押し殺して邪魔にならないように離れていったのだ。アスロがすぐに駆け寄っていったので、ひとまず安全は確保できただろう。

「王竜など関係ない。俺はお前さえいなくなればそれでいい」

黒髪の少年から目を離すことなくキーストと会話をしていると、グリンズ王国の第1王子は実に身勝手な言い分をしてきた。自分の行動が国を危険に晒していることを理解していない。

呆れるくらいに何も考えていないのだと判断するしかない。

今のところ王竜から何の反応もなかった。様子を窺っているというより、ロイドがこの状況を納めることを望んでいるように感じた。

ホールは王竜の間ほどではないが広い構造になっている。3階までの吹き抜けになっているので高さも十分に確保されていた。ここで戦っても問題ない。

ゆっくりとした動きで剣の柄に手を添えると、黒髪の少年がわずかに身を沈めた。来ると思った瞬間には、少年の体はロイドの近くまで迫ってきていた。獣人には見えないが瞬発力は相当なもののようだ。

横一線に剣を払われるが、それを抜いた剣で軌道を変える。

剣が振り上げられるが、その勢いを殺すことなく上段から振り下ろしてきた。

それも剣で受け流すと、少年が一度距離を取った。

周囲から見ている者にはその動きは一瞬の出来事だった。それほどまでのスピードの攻撃を少年がしてきたが、それをすべてロイドは受け流したのだ。周りにいる者たちで今の剣先の動きを完璧に把握できた者がこの場にいたとは思えない。リナは何が起きたのかわからなかったようできょとんとした表情をしていたが、アスロはなんとなく察したようで緊張した様子で身構えている。

「何をやっている。さっさと片付けろ」

キーストの怒声が響いた。何が起こっていたのかわからない彼にとっては少年がロイドに近づいて離れただけに見えたかもしれない。

無表情のまま再び少年が剣を構えて走ろうとした。

「リカルド」

次の瞬間、ロイド達が使っている部屋へと続く廊下から怒りを含んだ声が響いた。

その声に反応するように少年が動きを止める。無表情だった彼に驚きの感情が出ると、声がした方へ振り返った。

「・・・お師匠様」

初めて聞いた少年の声はホールに姿を見せたマルスを見て震えていた。

少年はマルスを師と呼んだ。

「新しい弟子がいたのか」

ロイドの呟くような素朴な感想は誰の耳にも届くことなく空気に溶けていくことになった。


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