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王竜と竜騎士

重厚感のある扉の先には王竜が鎮座する空間が広がっているという。

王竜が余裕をもって入れる程の空間なので広くなっているが、外から見ただけではわからなかった。

神官は王竜との謁見を確認するために重そうな扉を開けて先に中へと入っていってしまった。

残されたリナは誰もいない広いホールに1人取り残されて少しだけ居心地が悪かった。許可が下りれば王竜を見ることができる。

見てみたいという好奇心でここまで来たが、いざ会えるとなると緊張と戸惑いにそわそわしてしまっていた。ギュンター国の王族との謁見も経験しているが、ここまでの気持ちを持ったことがない。将来の妃候補として会っていたという意識があったためだろう。

それに今から会おうとしている存在は人間ではない。それもリナの緊張を増長させていた。

落ち着かない気持ちを静めるように何度も深呼吸を繰り返していると、奥の扉が開かれて神官が姿を見せた。

「許可が下りましたので、どうぞこちらに」

「はい」

扉に近づくと、神官は笑顔を向けてくれる。

「どうぞ。王竜様の姿をしっかりと焼き付けてきてください」

彼が扉を開けてくれる。

一歩踏み出した瞬間、ホールと違ってその空間は少しだけ温かさがあった。

そして、広々とした空間の中央に翼を折りたたんでじっとこちらを見つめている緑色の生き物がいることに気が付いた。

艶のある鱗が一面の天井窓から差し込む光を反射して輝いている。青い瞳はまっすぐこちらに向けられて、敵意がなくただ静かにリナの存在を確かめているように思えた。

わずかに開いている口から見える鋭い牙は、すべての物を噛み砕くことができそうな鋭さを持っているのだが、それを怖いとは思わなかった。

その巨体にもリナは恐怖を抱くことはなかった。

それよりもキラキラと反射した鱗の美しさと、力強さを前面に押し出している気配に感動してしまっていた。

「これが王竜・・・」

各国が自分たちの力を誇示するために戦争を起こしていた時代、人々が争いを止めないことを嘆いた神が戦争を終わらせるために使いとして大陸に降ろした竜。

その力で戦争を終結させたのだと言われれば納得できる力強さがそこにあった。

「・・・綺麗で素敵ね」

それがリナの感想だった。

強大な力と姿に恐怖を感じるよりも、その美しさと逞しさに感動するほうが上回っていたのだ。

後ろでくすっと笑う声が聞こえて振り返ると神官が楽しそうに目を細めて笑っていた。

「そのような感想を漏らした方に会ったのは初めてです」

どこか嬉しそうに言う彼も、きっと王竜に恐怖心を感じていないのだろう。竜の神殿で神官をしているのだから、敬意を持ってこの場にいるはずだ。

「もう少し近づいてもいいでしょうか?」

「王竜様の許可は出ています。機嫌を損ねるようなことをすれば危険かもしれませんが、お嬢さんはしないでしょう」

王竜を見に来たという発言と、実物を見た感想と態度でリナが王竜に何かをするとは考えていないようだ。

もちろんその迫力をもっと間近で見てみたくて尋ねただけだ。

王竜に視線を戻せば、静かにこちらに視線を向けてきている。会話はできないが、その瞳が歓迎しているように思えた。

さらに近づいてみようと一歩を踏み出した時、王竜の首の辺りで影が動いた。

なんだろうと思って足を止めると、軽やかな身のこなしで王竜の背から人が1人降りてくる。

王竜の鱗の色に合わせたのか、深緑の服に竜をモチーフにしたと思える兜を被っていた。

立ち姿から男性であるのはわかった。緑色のグローブを外すと、予想外に色白の手が見える。

兜は口元が見えていたので、そこの肌も色白である。

竜の背から降りてきて、竜の兜を身に着けている人間。それだけで相手が誰なのかすぐにわかった。

「・・・竜騎士」

神の使いとして竜がルクテーゼ大陸に舞い降り戦争を終結させた後、もともと魔王が棲みついていたハンクフ山に降り立った。そこは魔王の国から竜が管理する国に変わった瞬間だった。だが竜は人々との意思の疎通ができないという難点があったのだが、それを解決したのが竜騎士と呼ばれる存在。

大陸で唯一王竜に認められた人間。王竜との意思を交わすことができ、それを人々に伝えることを許された存在だ。

王竜に認められた者は、認められた時点から死ぬまで王竜の竜騎士でなくてはならない。人々に竜の言葉を伝え、国同士が争いを起こさないように見張る役目も担う。戦いが起これば王竜とともに戦うことにもなる。

確か8年ほど前に新しい竜騎士が選ばれたことは噂で聞いていた。

王竜に認められるほどの人物なのだから、屈強で威厳に満ちた人だろうと勝手に思っていたのだが、目の前の竜騎士は細身で肌が見える部分から色白なのがわかる。

想像と違ったことに戸惑いが生まれていると、竜騎士は無言のまま兜を取った。

口元しか見えなかった顔がリナの前にさらされた。

その顔を見た瞬間、リナの中の感想は1つだけだった。

ものすごい美形だわ。

白い肌にふわりと揺れる銀髪。整った顔に王竜よりも濃い青い瞳がまっすぐにこちらを見ていた。

体つきから男性なのはわかるが、女性だと言われても納得してしまいそうな美しい顔立ちをしている。

「ロード様もご一緒でしたか」

後ろにいた神官が笑顔で声をかけてきた。

「ヒスイが急に神殿に戻ると言い出したからな」

落ち着いた声がリナの耳には心地よかった。

視線が神官から再びリナへと向けられ、しっかりと目が合った。そこでリナは自分がただ立っているだけで挨拶をしていないことに気が付いた。

「申し遅れました。私はリナ=ブラウ・・・リナと言います」

危うくギュンター国の侯爵家を名乗るところだった。もうあの場所とは決別したのでブラウテッド家を名乗れないのだが、癖がまだ抜けていない。

スカートを摘まんで軽く膝を曲げる貴族令嬢の挨拶をするのもまずいので、胸に手を当てて軽く頭を下げた。

確か竜王国での王竜に対する挨拶がこのはずだったのだ。

うろ覚えで心配だったが、伺うように視線を向けると、竜騎士もその後ろにいる王竜も特に不快そうにはしていなかった。

「このお嬢さんが竜王様を見てみたいということで訪ねて来たのですよ。あいにく竜王様はいないとお伝えしたのですが、戻ってこられたのは幸運です」

本来なら見られたはずのない王竜を見ることができた。幸運以外の何ものでもない。

「王竜を見てみたいとは、随分と変わった人だな」

見下しているというよりも、竜を見たいと好奇心でここまで来たことを不思議がっているように竜騎士が首を傾げた。

その仕草さえどこか色気を纏っているようで、美形というのはこれほどまでに行動一つが絵になるのかと思うリナだ。

「国を出たことがなくて、竜王国の王竜のことは噂で聞いていたのですが、今回国を離れる事情があったので、一度王竜をこの目で見てみないと思って来てみたのです」

どこの国に行かなければいけないという指定はなかった。どこでもいいのなら一度行ってみなかった竜王国へ行くと決めた。そして見たことのない大陸に1頭しかいない竜を見てみたいと思った。

自分よりもはるかに大きく、力強さと高貴さを纏った存在。光に反射して輝く鱗は宝石にさえ負けない輝きを放っているように思える。

王竜を見上げながらそんな感想を口にしていると、竜騎士と神官が少し驚いたように互いの顔を見合わせていた。

「ここまで王竜様に称賛の言葉を並べた方を私は見たことがありません」

「恐怖心はないのか?」

「迫力はありますけど、怖いということはありませんよ」

国同士の戦争を止めることができるほどの力を持っているのは知っているが、それを無闇に使うような存在ではないはずだ。怖がる理由がリナにはなかった。

「変わったお嬢さんだな」

先ほどと同じ感想をぽつりと零した竜騎士の言葉が耳に入ることなく、リナは思う存分静かにこちらの様子を見ている王竜を堪能していた。


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