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ヒスイの審査

手を握って歩き出したロイドについて行くと、彼はホールに足を向けた。そのまま王竜の間へと無言で歩いていく。

ロイドの背中しか見えないため、彼が今何を考えているのかわからないが、先ほどの様子から王竜に何かを言われたのは確かだろう。王竜は竜騎士と繋がっていてロイドの目を通してすべてを見ていたはずだ。

後ろを振り返ると、マリアナが勝利を確信しているかのようにすました顔でついてきていた。護衛の騎士たちも当然のような態度をしているが、一体どこからその自信が出てくるのか謎でしかない。

「ヒスイからの提案だ」

王竜の間の前まで来ると、扉を開きながらロイドが小声でリナに話しかけてきた。

「え?」

「竜騎士の妻になりたいというのなら、それなりの条件をクリアしてもらわないといけない」

それなりの条件とは一体何なのだろう。竜騎士ロイドの妻はリナだ。今まで条件など提示されたことがない。首を傾げると、彼はフッと笑みを見せた。

「リナは最初からクリアしているよ」

優しい声は耳に馴染んでリナの心に安心感が浸み込んでいく。よくわからないが、条件というのは存在しているようだが、リナはいつの間にかクリアしていたらしい。

扉を開けると、王竜はすでに台座に佇んでいた。

緑の鱗が光を浴びて綺麗に輝いている。ロイドが一緒に飛び立つ日も、そうではない日もほぼ毎日その姿を見ているが、いつ見ても荘厳で美しい。

何の迷いもなく王竜へと近づいて行くと、急に後ろで短い悲鳴が上がった。

どうしたのだろうと振り返ると、後を付いてきていたマリアナが開きかけの扉にしがみ付くようにして寄り掛かっていた。騎士たちがその周りを囲んでこちらを睨んでいる。

「お、王竜・・・」

マリアナが明らかに顔色を悪くして震える声を出した。

まさかと思ってリナは王竜を仰ぎ見た。

「ヒスイ様が怖いのかしら」

その呟きに反応するように、ロイドがくすっと笑った。

変なことを言ったつもりはなかったが、ロイドはどこか楽しそうにリナを見た。

「あれが本来初めて王竜と対面する人間の反応だ」

そう言われると、リナは初めてここへ来て王竜と出会った時のことを思い出した。特に怖いと思ったことはなく、その姿に美しさと勇ましさを感じて感動した覚えがあった。

あの時ロイドがリナの態度を不思議そうに見ていた気がする。

「竜騎士の妻になるからには、最低限ヒスイとまともに対面できなければいけない。怖がっていては妻など務まらない」

竜騎士と結婚すると当然神殿で暮らすことになる。そうなれば当たり前のように王竜と顔を合わせる機会があり、その時に怖がって動けなくなるようでは駄目だ。

好意的に受け入れられるくらいの度量がないと竜騎士の妻にはなれないのだ。

その点リナは、王竜を好奇心の赴くままに見つめ、好意的に受け入れていた。竜騎士と結婚するための条件を満たしていたのだ。その当時ロイドと結婚するつもりはなかったし、妻候補として神殿に来たわけでもなかったが、王竜の条件を勝手にクリアしてしまっていた。

マリアナは説明されても王竜に近づこうとしないだろう。扉にしがみ付いたまま一歩も前に進もうとしない。体が震えているようにも見える。どれだけ虚勢を張っていても、竜王国の頂点である王竜の前でまともに立てなければ竜騎士の妻は失格だ。

台座の上から王竜が首を伸ばしてきた。

「鼻先を撫でてやってくれ」

リナが王竜に触れるところを見せつけてほしいということらしい。

頷いて王竜の前に立ったリナは、大きな顔を近づけてきた王竜の鼻先をそっと撫でた。

鼻息がリナの髪を揺らすが、特に気にすることなく滅多に触れることのできない体の手触りを堪能してしまう。鱗でおおわれた体と違い、鼻先は柔らかく湿っている。わずかに産毛があるのか、思っているよりもザラザラとした感触があった。

「これでわかっただろう。誰が竜騎士の妻にふさわしいのか」

両手で鼻先を確かめるように触っていると、ロイドが扉から離れないマリアナに突きつけるように言っていた。大事な話をしているのに、王竜に夢中になってしまっていた。

「わかったのならグリンズにすぐに帰れ。王妃には二度と婚約者などと戯言を考えるなと伝えておけ」

突き放すような言い方だが、言い返す気力がないのか、マリアナは青い顔をしたままゆっくりと頷いた。

王竜ヒスイがそれほどまでに怖いのだろう。

周りを囲っていた騎士たちが支えるようにしてマリアナが王竜の間を出て行く。

日はまだ高い位置にあるので、街の検問所が閉まるまでには戻れるだろう。

誰にも見送られることなく、侯爵令嬢マリアナは静かに神殿を後にしていった。

残されたリナは、彼女を憐れむことはせず、逆に怖がられていた王竜を労うようにしばらくその鼻先を撫でることになった。


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