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神殿へ

「思った以上にきつい道のりね」

無事に商業地域へと到着したリナはコリックに礼を言うとすぐに神殿へと行くことに決めた。昼食の時間ではあったが、のんびりしていると日没を迎えてしまいそうだったのでどこかに立ち寄ることもなくまっすぐに神殿へと続く道を目指す。

竜王国はハンクフという名前の山が中心にある国だ。その山の麓に竜の都が広がっていて、神殿は都の山側にある。

入ってきた検問所とは違う山側の検問所を抜けると神殿へと続くまっすぐな道を歩いていくことになるのだが、少し歩けばたどり着けるようなことをコリックが言っていたので、安易に考えていたのが間違いだった。

山に向かって歩いているため緩い上り坂になっている道は、思っていた以上に足に堪えてきていた。

「日ごろの運動不足もあるかしら」

足を止めてしまうと動けなくなりそうなので、少しずつでも前へ進むように歩いていく。

ギュンター国では侯爵令嬢として日々の移動は馬車だ。買い物をするにも馬車移動だし、逆に店が侯爵家へと来るので、自分の足で歩くのは建物の中と、庭の散策がほとんど。道をひたすらに歩くことがなかったことを今さらながら気づいてしまった。

すでに足が重さを感じている。

「帰り道が心配になって来たわ」

神殿までたどり着いても、再び街へ戻るだけの体力がリナにはあるのか、自分の体だが自信がない。

とはいえそれなりに歩いてきてしまったので、いまさら引き返すのもどうかと思ってしまう。

迷いながらも先に進む足を止めることはしなかった。

そうして歩き続けていると、やがて森の中の一本道が急に開けた。

木々がなくなると、その場所だけぽっかりと穴が開いたかのように広い空間になっている。

道はさらに続いていて、その先に白い建物が見えていた。

「あれが竜王神殿」

まだ距離はあったが、竜のいる場所ということで随分と大きな神殿のようだ。

「すごいわ。3階建てのようね」

近づいて行くとその大きさがさらに迫力を増していく。3階まであるように見える神殿は高さもあるが端から端までの距離も相当あるようだ。ギュンター国の王城には何度も足を運んだことがあるが、その城よりも大きいのではと思えた。城の敷地は広いが、いろいろな建物が建っているため、建物自体はそれほど大きくない。城自体も他国と比べると小さい造りだと聞いたことがあった。

それでも一国の城。大きな建物であることは間違いなかったが、目の前の神殿はギュンター城より大きい気がする。

大きさに驚いていても仕方がないので、神殿の入り口まで歩いていく。すると入り口の前で違和感を覚えた。

王城なら城を守るように城壁がそびえ立っているのだが、神殿の周囲は何も囲いがない。入り口にも城を守る兵士がいるはずなのに、この神殿には誰も立っていなかった。ギュンター国にも神を祀り聖女を崇める神殿はあるが、そこも入り口には必ず兵士が在中していた。

無人の神殿に、誰か住んでいるのか竜が本当に要るのか、少し不安になってしまう。

「入ってもいいのよね?」

案内役もいない神殿は静まり返っていた。

検問所を出る時に時間の注意は受けたが、神殿に関することは何も言われなかった。自由に出入りしても問題ないのだろう。

それでも不安を覚えつつ、リナは神殿へと一歩足を踏み入れた。

重厚感のある扉は閉まっていたが、押せば軽く開いてくれる。見た目ほどの重さを感じない扉に歓迎されていると自分に言い聞かせて中へと入ってみる。

「お邪魔します」

入ってすぐはホールになっているようで、正面にはさらに大きな扉があった。両側には長い通路が伸びていて、小さな部屋がいくつもあるのか等間隔に扉が並んでいるのが見えた。

吹き抜けになっているホールは天井が高くて開放感のある場所だった。

「これは珍しいお客様ですね」

天井を見上げてどこへ行ったらいいのだろうと考えていると、右側から急に声が聞こえてきた。

振り向けば、白のローブを身にまとった40歳くらいに見える男性がにこやかな表情をこちらに向けて歩いてくるところだった。ここの神官のようだ。

「あっ、すみません。誰もいなかったので勝手に入ってきてしまいました」

何か注意をされるのではと思って身構えると、男性は一瞬きょとんとした顔をした後、再び笑顔に戻った。

「構いませんよ。ここは門番がいないので日中は誰でも自由に出入りしていいのですよ。とは言っても、あまり人が来ることはないのですが」

最後には苦笑していた。

「今日はどのような用件で?」

「実は、竜を見てみたいと思ってここへ来たのです」

竜がいる神殿。好奇心に突き動かされてきてしまったが、竜は怖い存在というのがどこの国でも共通の認識なのだ。わざわざくる人間はそういない。

案の定、神官の男性は再びきょとんとした顔をしていた。

「これまた珍しい」

どう反応したらいいのかわからなかったようで、頬を掻いて彼は複雑な表情をしていた。

「あの、どこに行けば会えるのでしょうか?」

リナが質問すると、神官は明らかに困った顔をした。

「せっかくここまで来ていただいたのですが、ここに来ればいつでも竜王様を見られるわけではないのですよ」

「え?」

今度はリナがきょとんとする番だった。

「いない・・・」

「竜という生き物は翼を持っていますから、今頃は空の上にいるかと」

竜王国の頂点に立つ王竜。その竜の居留地がこの神殿だ。ここにいつもいて、何かあれば翼をもって駆けつけるのだと勝手に思っていたのだが、どうやらいつも空にいて、翼を休める時に戻ってくる場所がこの神殿だったようだ。

神官から王竜の説明を聞きながら、リナは自分の勉強不足に落胆してしまっていた。

ギュンター国にいた時に竜王国の王竜の話を聞いていたが、噂程度の事しか耳には入ってこなかった。戦争時代に現れた強くて勇ましい姿を想像していたが、自分の目でそれを確かめることができない。

明らかにがっかりしていると、神官は少しでもリナの気持ちを救い上げようとしたのだろう。王竜のことをさらに話してくれた。

「毎年の建国祭には竜王様も誰にでも見られるようにと神殿に留まってくれるのですよ。その時は好きなだけ見ていて大丈夫です」

「建国祭はいつですか?」

「・・・先月でしたね」

少しは希望が持てると思って質問すると、神官ははっとした後に気まずそうに呟いた。

明らかな墓穴を掘った。

「それでは来年まで見られないということですね」

「そ、そんなことはありません。王竜様が休みたい時には神殿に戻ってきますので」

「それはいつですか?」

「・・・・・」

リナの落胆を取り除こうとしてくれたのはわかるが、話せば話すほど神官は自分を追い込んでいるように思えた。

「申し訳ありません。いつとはお答えできなくて・・・」

どうやら降参したようだ。別に戦っていたわけではないが、なんとなく勝った気分になるリナだった。

これ以上神官を困らせても仕方がないので、一度街に戻ることにする。

「あの、王竜が神殿にいる時には知らせてもらうことはできますか?」

街に滞在していればなにかしらの方法で神殿に王竜がいることを知ることができるのか聞いてみた。

「いえ、そのようなことはしていません。ですから、王竜様が滞在中にタイミングよく来ていただくしかありません」

すべては運ということになる。

「そうですか。しばらくは竜の都にいるつもりですから、また来てみます」

どこかほかに目的の場所があるわけではなかった。ギュンター国を出て一番に行ってみたいと思ったのがここだった。見たことのない竜をこの目で見てから次のことを考えようと思っていたのだ。

侯爵家を出る時に最低限の荷物をカバンに詰め込んだが、今後のことを考えて金品も入れてきた。換金すればしばらくの生活には困らない。

時間はあるのだ。焦ることはないと自分に言い聞かせて神殿を出ようとしたその時、ホールの奥にある重厚感のある大きな扉の奥から音が聞こえた。

くぐもった音は鳥が羽を大きく動かした時に風を切るような音に近かったように思えた。

「あっ・・・」

神官にも音が聞こえたようで、彼は驚いた顔をして奥の扉を見つめた。

「なんという幸運」

そう呟くと目を輝かせて彼はリナを呼び止めた。

「王竜様が戻ってこられたようです」

「え?」

空の上にいるだろうと言っていた王竜が神殿に戻って来たらしい。先ほどの音がそれを知らせるものだったようだ。

「お嬢さんは運が良いようですね」

そう言うと神官は先ほどと違う晴れやかな笑顔を見せて、奥へと続く扉を示した。

「王竜様への謁見が叶いますよ」


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