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知らない許嫁

マルスがグリンズ王国へ戻ったという報告を聞いてから、リナの周囲は少しだけ警護が厳しくなった。

出かけるときはいつも通り護衛を付けているが、それ以外にも神殿内ではアスロができるだけ側にいることが多くなったのだ。

神殿で一緒に暮らしている使用人たちはリナの事情を知っている。

ギュンターの聖女であると知りながら、彼らはそのことを気にすることなく、竜騎士の妻であるリナ=フローネスとして接してくれていた。

それがリナにとってどれほど救いになっているか彼らはきっと知らないだろう。

彼らに恩を返したいと思っているリナは、ここへ来た時同様、刺繍を自分の仕事としている。

使用人たちの服を手直しするのは当たり前で、汚れが目立つ物や、破れている場所に刺繍をすることもしている。みんな裁縫に関することはリナに頼んでくれていた。

今日はアスロが新しく買った真っ白なエプロンに刺しゅうを施してほしいという要望で、裾に花の刺繍を刺していた。完成したときに相手が喜んでくれると、こちらもやった甲斐があったと嬉しくなるものだ。

アスロは一緒に部屋にいることが多くなり、その間に自分の仕事をできなくなってしまう。そのため部屋の掃除をしてもらうことにした。リナが刺繍をしてアスロが掃除をするという光景になる。だが、掃除をしてくれているが、やはりリナの手元が気になるのか、時々視線が向けられていることに気が付いていた。

「もうすぐ完成ですか?」

「そうね。他に何か刺してほしい模様があれば教えてほしいけれど」

「十分です。それに他の作業もあるのに、私のお願いばかりではみんなに恨まれてしまいます」

他にもリナのところには使用人たちの服の修繕依頼があった。ほとんどがほつれや破れを直してもう一度着られるようにしてほしいというものだ。アスロのように新しいものに刺繍を施してほしいという要望は稀だ。

いつもと違う要望だったため、こちらを優先してみたが、他の人たちの服も直さないとアスロが文句を言われてしまう。

「もうすぐ完成するから、出来上がったら身に着けてみて」

「もちろんです」

アスロが嬉しそうに返事をする。彼女の頭の上にある猫耳もピンと立って嬉しさを表現しているのがわかった。いつ見てもあのふさふさの耳は可愛いし、撫でてみたいと思う。アスロの見た目がリナよりも年下の少女にしか見えないのもその要因だろう。年上だと発覚したときはとても驚いたことを今でも思い出せる。

仕上げをしようと刺繍に集中しようとした時、扉を強くノックする音が聞こえた。

いつもより強い音にハッとして顔を上げると体が強張った。

「・・・誰」

静かなアスロの声が部屋に響く。

「スカイだ」

すぐに返ってきた声に、アスロが素早く部屋の扉を開けた。その隙間を音もなく獣人のスカイが滑り込んで入ってきた。人族よりも身体能力に長けた獣人族ということもあって身軽に動く。

「どうしたの?」

扉を音もなく閉めたアスロの問いに、スカイはリナを見てから口を開いた。

「神殿に変な客が来た」

「変な客?」

瞬きを数回してからリナは首を傾げてスカイの言葉を繰り返した。

「ロゼスト様が対応しているのですが、『ロイド様に会わせろ』の一点張りで話が進まない状態です」

「どうしてロイドに会いたいのか、その理由は言わないということ?」

「理由は・・・」

そこでスカイが口ごもった。なぜロイドに会いたいのか相手は言っているようだが、ここでそれを口にしたくないように思えた。

それでも聞かなければ話が進まない。それにリナのところに来たということは、何かリナにも関係があると考えていいはずだ。

じっとスカイを見つめて視線で先を促すと、彼は諦めたように口を開いた。

「ロイド様の許嫁で婚約者だから会わせろと言っています」

「・・・は?」

すぐに反応したのはアスロだった。

「許嫁で婚約者って、意味不明だけど」

ロイドに許嫁がいるなど聞いたことがない。ましてや彼はリナと結婚している。婚約者がいるはずがない。混乱していると、アスロがスカイに詰め寄った。

「その頭のおかしな相手は今どこにいるの。顔を拝んでおかないと、闇討ちできないわ」

なんだか物騒なことを言い出している。

「落ち着け。こちらも意味不明なことを言っていると思っている。ロゼスト様が詳しい話を聞くために対応しているが、ロイド様が不在ではおそらく何もできない。戻ってきてから対応するべきだ」

冷静にスカイが言うと、アスロは唇を尖らせて不満そうな顔をする。

「ロイド様はすでに結婚しているのに、今さら婚約者とかありえない」

「許嫁だと言っているが、そんな話は誰も聞いたことがない」

拗ねた態度を取るアスロに、スカイは頭を抱えたくなりそうに言い捨てた。

「相手の素性はわかるかしら?」

何が起こっているのかわからない状況ではあるが、とりあえず相手が誰なのか知る必要があるとリナは考えた。

「たしか、グリンズ王国の侯爵令嬢だと言っていました」

「グリンズの侯爵家・・・」

ロイドの出身国であるグリンズ王国。数日前にマルスが戻っていった先だ。ロイドが結婚していることを知らせるために帰っていったことを考えると、何か繋がりがあるのは確かだろう。

「嫌な予感しかしないわね」

呟きが聞こえたのか、獣人2人が渋い顔で互いを見合わせている。

「とりあえずロイド様が戻ってくるまで、リナ様は部屋にいてください。ロイド様の結婚相手と婚約者だと主張する令嬢が鉢合わせになるのは避けないといけません」

ロゼストがすぐに指示を出したのだろう。スカイは気づかれないようにリナのところへ来てくれた。スカイはギュンターの偵察を任されていたが、リナの護衛強化のため神殿に留まってくれている。最近のギュンターは聖女の決定後、顔を出さない聖女に混乱する国民は多かったらしいが、それも落ち着いてきている。偵察も頻繁にする必要がなくなっていた。

「このまま部屋にいるわ。ロイドが戻ってきたら知らせて。彼の指示に従うから」

ロイドの許嫁だと主張する謎の侯爵令嬢。直接顔を見てみたいと思わなくないが、下手に動いて見つかると厄介なことになる。ここへ来て騒いでいることを考えると、関わり合いにならないのが得策だ。

「厄介ごとが大きくならなければいいけれど」

そう呟きながら、リナは窓に視線を向けて空を見た。

何が起こっているのかはっきりしたことはわからないが、とりあえず夫が早く戻ってきてくれることを願うしかなかった。


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